第11話 敵の狙い

 

 翌日。


 結局弑流しいなたちは、あのまま“ドール”の次の目標を絞り込めずにいた。


 区長の計画反対者はかなりの数おり、それを絞り込むのは至難の業だった。しかも、早くしなければ次の犠牲者が出てしまうのではないかという焦りもある。それがより一層仕事の精度を落としていた。


 シャルルとレノも例の動物惨殺事件の捜査を中断して手伝っているが、未だに特定の人物を絞り込めるには至っていない。新設一年目にしてようやく与えられた大きな任務がこのような重いものだなどと、誰が予想しただろうか。

 そんな、何処か殺伐とした空気の中、唐突に流れを変える人物が現れた。

 バンッ、と仕事部屋のドアが乱暴に開けられ、その奥には片足を上げたままの御影みかげが立っていた。上げた足をそのまま前に踏み出して部屋に入ってくる。

 その長い腕にはガブリエレが抱えられている。手が使えないため足で開けたのだろう。

 部屋にいた面々は、ノックもない乱暴な闖入ちんにゅうに驚いて声を上げたり手元の書類を落としたりした。


「び、びっくりさせないでくださいよぉ~。ただでさえみんな焦ってるんですから」


 シャルルが胸を押さえながら言っている間に、御影はガブリエレを地面に下ろした。下ろされた彼はしっかり立って、杖で自分の体を支える。そのまま呆れたようにため息を吐いた。


「まだそんな役にも立たない資料なんか読んでるんですか?」

「ええ、だってそうしないと次の目標が……――って、もしかして分かったんですか!?  “ドール”の次の目標が!」


 シャルルの大声が部屋に響く。ガブリエレは不快そうに口元を歪めた。


「当たり前じゃないですか。じゃないと来ませんよ、こんな所。そんなことで一々騒がないでください、やかましい」

「いつものことながらキッツいですね……。それで、一体何処なんですか?」

「はあ。何故分からないのかがぼくには分かりませんけど」


 悪態をつきつつも、聞かれたことにはきちんと答える。


「貴方たちですよ」

『…………えっ?』


 意味が分からなかったシャルルと、突然会話に巻き込まれた弑流たちの声がハモった。キョトンとする面々にガブリエレがイライラと杖で床を軽く叩く。


「貴方たちだと言っているんです。馬鹿ですか? 犯人の顔を見て、犯人に顔を見られたのですよね? だとしたら貴方たちを消しに来るに決まっているじゃないですか」

「た、確かに」

「それを何ですか? いつまでもいつまでもそんな資料ばかり見て。現場にいなかったぼくに回された資料がちゃんと点字に直されてさえいれば、こんな体たらくにはならなかったでしょうに」

「あ……すみません。直す時間がなくて……」

「そんなものを整理している時間があるなら出来るはずですけど。この犬に読ませるのも一苦労なんですから」


 犬呼ばわりされている御影は先程から暇そうに立っているだけで、侮辱を気にした様子もない。

 背の低いガブリエレと背の高いシャルルとでは親と子程の背丈の差があるというのに、今は何故かシャルルが小さく見える。


「で、何をするかはもう分かりますね?」

「…………。待ち伏せ、します?」

「聞かないでください。そうに決まっています」

「ええっと、じゃあ何処でどうやって……」

「そのくらい自分たちで考えてください。じゃ、ぼくは他の仕事がありますからこれで」


 ガブリエレはそこで会話を切り上げて、御影が彼を抱えあげて出ていった。嵐のように来て嵐のように去った。

 ひたすら怒られた上に置いていかれたシャルルは、しばしポカンとしながら閉まった扉を見つめていた。


「しゃ、シャルルさん、どうします……?」


 弑流が遠慮がちに声をかけ、シャルルもはっと我に返った。


「そうでした! 狙いが分かったんですから、計画立てないとですね」

「もしヴァレンタインさんの話が本当になるなら、他の区民は大丈夫ってことになるんでしょうか」

「そうですねぇ、俺たちだけを狙ってくれるならそうなります。リンさんもみおさんもいますし、前と違って万全な状態で誘い込むことが出来れば戦闘を優位に進められそうです」


 今までの傾向から考えて、“ドール”の獲物は一度につき一人だ。弑流たち全員を相手にするとなると、それだけでキャパオーバーのため、それ以外の区民は殺害対象にはされていないだろうと考えられる。ガブリエレは役に立たないと言ったが、こういう風に分析することが出来るのならば資料の整理も無駄ではないだろう。

 確定事項ではないがそれでもホッとする。

 不意に遭遇した前回と違い、こちらも相手もしっかり対策を立てた上での戦闘になる。数の上ではこちらが有利だが、油断は禁物だ。前回のように仙術せんじゅつで一発逆転される可能性もある。


「迎え撃つのに良い場所、って何処でしょうか?」

「うーん、そりゃあ見晴らしのいい場所ですけれど。そんなところに立ってて来てくれますかね……?」

「僕だったら行かないな」

「ですよね……」

「まあ、あいつが仙術使って全員丸焼きにしてくるかもしれないが」

「いやー、怖いこと言わないでくださいよ……。有り得るところが特に怖いですね」


 シャルルが自分の腕を抱いて身震いした。


「ねぇ、燐の仙術では対抗できないのかな?」

「無茶言うなよ、植物が炎に勝てるわけないだろ。ただでさえ僕は戦闘慣れしてなくて仙術も使いこなせないっていうのに」

「そうだよね……。澪さんのも炎には相性良くないみたいだし」


 式神に対抗出来るのは式神だが、仙術の相性を考えると二対一でも厳しいだろう。現に村ではあのような行いを許し、その上逃がしてしまった。二の舞を防ぐためには弑流たちがカバーしなければならない。正直、実戦経験の薄い調査部には荷が重い話だった。

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