第10話 捜査
局長室に呼び出されてから数日後。
調査部の面々は通常業務を行いつつ、“ドール”の
情報管理部から回してもらったこれまでの捜査資料に目を通し、“ドール”の行動範囲を絞って次の出現場所を洗い出してみる。
「…………」
その過程で、あの村は区長が計画していた電波塔の建設予定地になっており、何度も交渉されていた立ち退きをずっと断っていたことが分かった。
もしあの惨劇の理由がそれならば理不尽極まりない。ただ住んでいただけで殺されたなんてそんな話、あってたまるだろうか。
「弑流さん、大丈夫ですか?」
余程深刻な顔をしていたのだろう、シャルルが心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ……はい。大丈夫です。ちょっとこれが目に入って」
手元の資料を見せる。シャルルが受け取って、その目が文字を追う。
「ああ、なるほど……。邪魔なのに退いてくれないから潰された、と。それかそう見せかけるために利用されたか。どちらにしても気持ちのいい話じゃないですね」
「ですよね。……どうして罪のない彼らが殺されなければならなかったんでしょうか」
ぽつっと呟いた言葉に、上からリチャードの声が降ってくる。
「うん、それを明らかにするためにも、彼らの無念を晴らすためにも捜査頑張らないとね」
いつの間にか仕事部屋に来ていたらしい。それを見上げたシャルルが、
「あ、部長。どうしたんですか?」
「今、件の区長が事情聴取を受けているんだ。許可が得られれば家宅捜索もする予定だそうだよ。そんな進展があった、と伝えようと思ってね」
リチャードによると、重要参考人である区長を徹底的に調べるらしい。それでも“ドール”の指示役だと断定できなければ、他の可能性を考えて区長に反感を持っていそうな人物を調べるということだ。
「こうやって捜査を進めていけば、指示役に関してはそれなりに絞り込めるだろう。問題は、その間に次の犯行が行われてしまうことだね。次に狙われそうな場所とか、何か見当はついたかな?」
これまでの捜査資料に目を通した結果、“ドール”の犯行現場は全て中央区内だった。区長の計画に反対していたのがほとんど中央区民だったためそうなるのも頷けるが、他区民で反対している人も少なくはない。だと言うのに、他区では犯行が行われていないのだ。被害者の中にはデモのために他区から中央区に来て、そのまま殺されてしまった人もいるので、中央区民だけを狙っているわけでもなさそうだ。
このことから、少なくとも中央区内を拠点としているのではないかという仮説が立てられる。従って、次に狙われる人も中央区内にいる誰かということになる。弑流がそう話すと、
「なるほどね。中央区内にいる人で、狙われそうな人を当たれば良いわけだ。……かなりの人数いるだろうから、絞り込むのは難しいかもしれないな」
「あの式神、自分の意思があまりなさそうでしたし、性格的に狙いそうな相手とかも分かりそうにないです」
あの場で面と向かって話をしても、一言も発さなかったし表情も変えなかった。もし彼本人の目的が分かれば絶対に先回りして止めるのに、と自分の無力さを嘆く。
「そう。
「別に。同じ種族だからって考えが読めるわけじゃない。……まあ、僕を閉じ込めていたあの男よりも、余程碌でもないのに捕まってるなって思うくらいだ」
燐は手元の書類を整理しながら簡潔に答えた。今回の件で強く心のダメージを負っている弑流に比べて、彼女は特にそうでもなさそうだ。
「ふむ。すぐに特定するのは無理だろうけれど、少しでも“ドール”の標的を絞ることが出来れば被害も減らせるし、捕えられる確率も上がる。折角任されたのだし、頑張ろうね」
リチャードは激励の言葉を残して部長室に戻って行った。彼には彼のやることがあるのだろう。
普段は業務の途中で退室することが多い京極親子も、今回ばかりは二人でせっせと仕事をしている。結局この部屋にはいないが、ガブリエレと御影も図書室で仕事をしているとのことだ。初めて任された大きな仕事で内容も内容だけに、全員のやる気も上がっているのかもしれない。
リチャードが出ていってからはしんとしている部屋で、弑流が燐にそっと話しかけた。
「ねえ、燐は今回のこと、何も思わないの……?」
「…………。あんたが優しいやつなんだな、とは思う」
「えっ、どうして?」
「だって、死んだやつの名前も知らないんだろ? 名前も知らないやつのことなんか、僕はいちいち気にしていられない。前にも言ったがそんな立派な精神は
「…………」
「そんな顔するなよ。僕だって、僕が冷たいやつだと分かってる。……けど、あんたも他人のことばかり考えるのはやめた方がいい。人間なんてごまんといるんだ、それが死ぬ度に心を痛めていたら、その内それに押し潰されるぞ」
燐の言うことは冷たいように思えるが、犠牲者への感想に関しては
「…………。じゃあ、あの男や指示役の方は?」
「やったなら、やられる覚悟もあるんだろうな、と。僕は“ドール”よりも、高みで見物してるやつの方が気に食わないが」
「そう。俺は、どっちもやっぱり許せない」
「それならそれでも別にいいんじゃないか? 無理して許す必要はないし、今のところ許される要素もないからな」
「うん……、そうだね」
しばらく手を止めていた二人は再び作業を再開する。その後は業務終了時刻まで口を開くことはなかった。
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