第12話 作戦会議
「とにかく、これからは無闇に一人で外出しない方が良いですね。いつ狙われるか分かりませんし、一人じゃきっと対抗出来ませんから」
日中人の目があるところで仕掛けてくるとは考えにくいが、用心に越したことはない。
相手は一撃必殺を得意としている。人の目に映らない隙を突いて一瞬で殺されることだって有り得るのだ。
少なくとも連絡する時間を確保するだけの余裕は欲しい。
“ドール”への対策を考えている内に、区長への調査結果が届けられた。簡潔に言うと、結果は“シロ”だった。
彼の家は至って普通で、地下室やら隠し扉やらも全くなく、証拠となりそうなものも何もなかった。
本人を調べるための身体検査でも引っかからなかった。念の為区長の目撃情報なども収集して照合したが、
こうなると、区長に反対派の区民と、区長を支援している中で過激な思想を持っているものについても調べなければならない。
よって、
「何とかして待ち伏せて、捕まえるしか――」
報告書を読み終えたシャルルが言いかけた時、仕事部屋の扉がノックされた。今日は来客が多い。
「はい、どちら様ですか?」
一番下っ端として弑流が開けに行く。そこに居たのは、まだ若く見える男だった。爽やかな好青年風の男は、にこやかに礼をした。
「突然すみません。ここは調査部の部署で合っておりますでしょうか?」
「はい! 間違いありませんが……」
どなたでしょうか、と聞こうとしてそれが見覚えのある人間だということに気付く。
「あっ、えっ、区長さん!?」
部屋にいる人の視線が弑流の背中に集まった。対する区長は頷きながら神妙な顔付きになる。
「ええ。私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ございません。計画についてはもっと上手く、慎重に進めていくつもりだったのですが、まさかこんなことになるなんて……」
「い、いえ……あの、良ければ中へ」
頭を下げられた
区長が入ってきたことで部屋は急に慌ただしくなった。シャルルが椅子を持ってきて、彼に座るように促す。区長が礼を言って座る間に、居心地悪そうにそわそわしていた
区長も会釈を返して彼の背中を見送る。そんな区長に、
「おや、君が淹れてくれたのかな? どうも親切にありがとう。こんなに若い署員さんもいるんだね」
静かに微笑んでカップを受け取り、一口飲んだ。美味しい、と呟く。一息ついたところでシャルルが切り出した。
「こちらにはどういったご用件で?」
「ああ、私の計画への賛同者か反対者か存じませんが、随分ご迷惑をおかけしたようですのでお詫びに参りました。取り調べも終わったことですし、ついでにと思いまして」
「それは……わざわざありがとうございます」
「いえ。少しでもお力になれたらと思い、私が知っている限りでご参考になるかもしれない方々の名簿を提供させていただきました。その他にもお手伝いできることがありましたら何なりとお申し付けください」
やたら腰の低い区長に本当に申し訳なさそうにされて、弑流たちは狼狽えながら礼を言うことしか出来なかった。ただ一人、レノだけが全てを無視して通常業務を行っていた。
「あの、もしもの話なのですが、区長さんが犯人だったり、犯人の指示役だったりした場合、ターゲットに攻撃を仕掛けるとしたら何処にしますか?」
せっかくの区長の提案に誰も何も聞かないので、弑流が何とか絞り出した質問をする。区長は少し驚いた顔をした後、悩むような仕草をした。
「そうですね……。私が犯人だった場合、私はこの中央区を知り尽くしていますから、犯行を行うなら中央区内にしますね。そして、なるべく人目に付かない場所で攻撃を仕掛けるか、もしくはそういった場所に誘い込みます」
「なるほど……」
「地の利を生かせる場所が良いですから、よく知っている場所とか、事前に下調べした場所が好ましいですね。……参考になりましたでしょうか?」
「はい! ありがとうございます」
「いえいえ。危険な相手だと聞きましたから、くれぐれも気をつけて、油断なさらないように。……お茶、美味しかったよ。ありがとう」
区長は話を終えると、燐に向かって礼を言って立ち上がり、全員に会釈して出て行った。普段画面の向こうでしか見たことのない人間が目の前にやってきて頭を下げるなど、恐らく今後滅多にないだろう。
「……で? 対策どうすんの」
呆けている弑流とシャルルにレノが素っ気なく聞く。その間も目はパソコンの画面を見、手はキーボードを叩いていた。燐は何事もなかったかのようにお茶のカップを片付けている。
「あ、ああ、そうだった!」
「お前、来客がある度に忘れるの何とかしなよ」
「でも忘れてもレノが教えてくれるんでしょ?」
「…………。だって、教えないと何にも出来ないじゃん。僕、人を纏めるのとか得意じゃないし」
「ふふふ、適材適所って奴が出来てるってことで良いことじゃない」
「ふん、どうだか」
ぷいとそっぽを向くレノに苦笑しながら、シャルルは続ける。
「……じゃあ、とにかく待ち伏せするってことは決定で良いかな。後は何処でどう対処するか、ですけど……。何か意見ありますか?」
「場所はやっぱり中央区内が望ましいんですよね?」
「そうですね。その方が向こうも仕掛けて来やすいので」
「でしたら、区長さんの意見も参考にさせてもらって、“ドール”をどこかに誘い込むっていうのはどうでしょう?」
「えーっと、具体的には?」
「ちょっと危険ですけど、二人一組くらいで別々に行動して、狙われたらその場所まで誘導するとか。特定の場所で全員が待ち伏せしていても、先程話したように上手くいかない可能性が高いですし」
「うーん……なるほど。アリですね。一撃でやられたらたまらないので、式神の燐さんと澪さんに誘導役をやって貰いましょう。で、その二人に誰かもう一人ずつ同行して貰いますか」
シャルルはメモを取り出して、そこにさらさらと簡単な図を書いていく。真ん中に四角を描き、その左右に丸を描いた。丸の中にはそれぞれ「燐」と「澪」と書く。
「燐さんはそれで問題ないですか?」
「ああ。別に大丈夫だ」
「ありがとうございます。澪さんにも後で許可を取りますけど、とりあえずこのまま話を進めますね。……ペアを組むのは誰にします? 弑流さんは拳銃携帯の許可がないのと、まだ局員になって一年も経ってませんから、ペアは駄目ですね。指定の場所で待つ組に入れます」
メモの四角の中に、「弑流」と書き足す。
「残りは俺とレノ、部長と聖さんですけど」
「あれ、ガブリエレさん……は無理ですけど、御影さんは?」
「ああ、あの人、ガブリエレさんの言うことしか聞かないんです。普段散々こき使われてるように見えますけれど、何やら思い入れでもあるのかもしれません。目の見えないガブリエレさんを戦場に連れて行く訳にはいきませんから、彼も必然的に連れて行けないんですよ」
「そ、そうなんですか……」
調査部に入る前から分かっていたことではあるが、やはり署員の扱いが難儀そうである。
「あ、それで思い出しましたけど、澪さんも聖さんがペアじゃないと承諾してくれないかもですね。じゃあ、ここのペアはこの二人にして、と」
「澪」と書かれた丸の横に、丸を描き足して「聖」と書く。
「ううーん……じゃ、レノは燐ちゃんに付いて貰おうかな」
「…………はっ!? 何で僕?」
「だって部長、運動音痴だし。俺は図体デカいから機敏な反応出来ないでしょう? 適任なのはレノしかいないな~と思って」
「嫌なんだけど。一人ならともかく、式神と一緒に式神を相手にするなんて」
「
「いつ現し身取られるか分からないのが嫌なんだけど」
「そんなこと言われても……。あんな惨劇を二度と起こさないようにするためなんだから多少は我慢してよ~。皆の命の危険も掛かってるんだから」
「…………。分かったよ」
レノは深いため息を吐きつつ、承諾した。シャルルも満足そうに図に描き足す。
「さて、待ち伏せ場所は何処にしますか? 俺たちとしても、一般人に式神をあまり見せたくないですし、人目に付きにくい場所が良いかと思いますが」
「……ある程度広くて燃えにくいところで良いんじゃないの。相手は火を使ってくるんだし」
「一般的な相性が有効なら、水場の近くとかも良いのではないでしょうか?」
「レノの意見も弑流さんの意見も悪くないですね。となると、水場があって、燃えにくい素材で、ある程度広くて人目に付きにくい場所ってことになりますが……。そんな都合の良いところありますかね?」
シャルルが全員を見渡すが、誰も返事をしなかった。燃えにくい素材、という事ならば木造よりも石造りやコンクリート製が該当するので、そのような建築が多い中央区であれば何処でも当てはまりそうだが、それ以外も兼ねるとなると、なかなか難しい。
結局誰も答えない内に聖と澪が戻ってきたため、結論を出す前に説明することになった。レノは部長室までリチャードに報告に行った。
彼らが説明を聞き終わり、二人がペアになるという作戦も承諾した後に、聖が遠慮がちに口を開いた。
「あの、工事現場……はいかがでしょうか?」
「工事現場?」
「はい。区長の計画によって、建設途中のビルや建物はたくさんあります。骨組みだけで、足場が組んであるものも。そういったものは中が広く、かつ人目に付かないかと。水場は、最悪消防部の車両とかで何とか出来るかも、ですし」
「おお! 良いかもしれませんね! ありがとうございます、聖さん。とりあえずそれで部長に判断を聞いてみましょう。俺、レノに言ってきます」
シャルルは願ってもない提案に嬉々として答えながら、部屋の外に出て行った。
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