ちょきちょき毎日を

木村 まい

 昔、私がまだ専門学生のころは、広い公園などにはあたりまえのように鳩が生活をしていました。当時は、鳩に餌をやることに誰も何も言うことはありませんでしたし、なにしろ私は幼少期、鳩や鯉、カモなどにパンの耳をまいて楽しむ父親から育てられたので、野生の生き物に餌をやるということをあたりまえだと思っていたのです。

 私の通っていた学校の近くにも池のある広い公園があり、風景を楽しむための公園だったため遊具もなく、平日の午後などに行くとほとんど人がいず閑散としていました。

 もともと私は人に自分のうちを打ち明けることが苦手で、もっぱら他人の話しを聞く側ばかりしていたので、ただ「うんうん、そうかそうか」と聞いているだけなのにいつの間にか相手の言うことに同意したことになっていて、知らぬ間に人の揉め事に巻き込まれていることがいくつもありました。「川口さんは八方美人だ」と言われたこともありました。

 人とのかかわりが、とても面倒くさいと感じていたのです。


 学校の行き帰りを誘ってくれる友だちもあったのですが、私はたまにそれが億劫で適当なわけをつくっては回避していました。ありがたかったし、やっぱりひとりぼっちは寂しいので、ちゃんといっしょに通学していたときもあったのですが。


 私は学校の帰りなどひとりで公園へむかい、パンの耳をちぎって鳩にまいてやるのを楽しんでいました。


 誰もいない、私しかいない場所でひとり愉しむというのは、至極幸せなひとときでした。ちょうど秋口にさしかかり、風が涼やかになったことも、秋の葉がはらはら落ちてくるのも、すごくよかった。


 鳩はだんだん、私のことを憶えるようになりました。

 最初のころは、私が餌をやりはじめるとおそるおそる近づいてきて、やっと食べて、だんだん集まってきていたのが、しだいに怖がらずに近づいてくるようになり、しまいには私の来るのを知って、私が公園へ足を踏み入れると、もう、近づいてくるのです。

 それで、私が鳩に触ろうとするとバッと飛んでいなくなってしまうのですが、私も工夫をして、餌のまく範囲を遠くから少しずつ自分のほうへと近づけていきました。それから自分のコートのうえにも少しずつ散らすようにしました。

 とうとう鳩は、私の体になんにも臆することなく乗って、私の手からパンをついばむようになりました。

 私は鳩とのコミュニケーションに成功したんだと思いました。


 それから専門学校を卒業し、都内近郊に住み始めたころ。

私ははじめて上野美術館へ行ったのですが、鳩がものすごくたくさん居たのです。そりゃあびっくりするくらい。都内は人間も多いですが、鳩も実に多かった。

 それで、私は懐かしくなって、餌売り場へ行って餌を買ったんですが。

 いやいや、都内の鳩は獰猛でして、おそるおそるなんて近づいてきやしないですよ。もう、嵐のように一斉に我も我もと襲ってきて、私の体なんて餌をくくったただの枝だと思っているんじゃないか、それくらいの勢いで飛びついてくるんです。


 それでぼんやり「ふるさとは遠い」と思ったのでした。


 もう、鳩に餌をやる時代もおわりましたが、私は今でも空を飛ぶ鳥たちになんとはなしに声をかけたくなるんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょきちょき毎日を 木村 まい @MaiKawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ