第28話 配慮

第28話 配慮



『あら?』


 やがて。



 歩き続けていると、周囲の環境に変化が見られた。


 力強く根付いた、生命の兆し。

 乾いた大地の中に散見される植物だ。


 もっとも、その種類はごく限られたものに過ぎない。

 仙人掌サボテンに似た植物も見かけた。

 これらの植物が人類に何と呼ばれているかは知らない。

 自分の知識にもない種類のものだが、その性質に大きな違いは無いだろう。



 この近辺は気温差が在るときに雨が降る可能性がある。

 地底湖が出来ている場所だってあるかもしれない。

 その水が地表ににじみ出る場所もあるかもしれない。

 色々と想像を掻き立てられる。


 それらの想像を裏付けるように、いくらか人工物も見え始めた。

 石を積んで粘土で隙間を埋めただけのような簡素な建物だ。

 住民はまだ見かけていないが、おそらく人類の生活拠点だろう。

 となると、近くに水場があってもおかしくない。


 死の荒野とそれほど変わりの無い、厳しい環境だというのに。

 水分や栄養を一定量摂取し続けなければ生きてゆけないのに。

 それでもここで生きている。生活している。

 建築技術しかり、魔術しかり。

 人類には、自然の力に対抗する文明の力があるのだ。


 強大な魔物がいないだけでここまで違うのかとも思う。

 人がいかにたくましいものか、つくづく思い知らされる。


 まだ、人類が自らの手で破滅を退けたわけではない。

 むしろ剣聖によって破滅を呼び込まれた世界はあまりに多い。

 剣聖の土台をこの世に生み出した人類に責任が無いと言えば嘘だろう。

 人類が人類であるための枠を超えてしまう一線を見極めきれない、あるいは一線を越えないように踏みとどまる事が出来ないのは、もはや人類の宿業カルマとも呼ぶべきものなのかもしれない。


 しかし、そうして呼び込まれた数多あまたの破滅の中から、閉ざされた未来への可能性を切りひらいたのもまた人類だ。


 道が開かれたのは偶然かもしれない。

 だが自分ひとりきりの滅びた世界からは、想像もできない新たな未来だ。

 過去の自分が人類に希望を見出したというのなら、それは必然とも言える。

 まあ、その辺過去の自分の記憶は戻っていないから推測なんだけど。


 少なくとも、自分の力だけではあの破滅の連鎖を避けられなかったのは間違いない。

 先延ばしにするという手段さえ、自分には存在しなかったのだから。




 世界の終末は自分にとって最大の懸念事項である。

 それは今後も変わることは無いだろう。

 いつか必ず世界は滅びる。

 これに対して自分は決して滅びない。滅びることができない。


 彼我の別離は必然で、避けることの出来ない問題だ。


 でも人類には破滅に対抗できる可能性がある。

 もう今はそう信じている。疑ってなどいない。

 希望は決して失われてなどいないのだ。


 だから、もう、決めた。

 人類には、あの破滅を超えてもらう。

 何としてでも。


 その持てる可能性を、残さず、すべて、絞りつくしてでも。


『いってらっしゃいませ。お気をつけて』


 ……これから踏み出すのは、そのための第一歩に過ぎない。




◇ ◇ ◇




 視界に入るものに気が付く。


 点々と建てられた、簡素な石造りの家屋。


 寂れた土地だ。

 人類文明の中心点から離れた田舎。

 地理的には帝都郊外と呼ぶにも距離がある。

 とはいえ、大霊廟と比べれば、よっぽど帝都に近いはずだ。

 辺境という言葉でひとくくりにできるほど離れた場所でもない。


 当前かもしれないが、かつて見た最外郭拠点とは随分と様相が異なる。

 何よりも違うのは、隔壁や防護柵のようなものが無いことだろう。

 それだけで、魔物と対峙する機会が少なかったという事が分かる。


 魔物は、生命の存在力オドかれて集まる。

 人が多くつどう場所に魔物の襲撃が多いのは必然だ。


 いや魔物の発生そのものが少ない地域ということもあるだろう。

 あるいは、そうなるように少人数に調整されていた可能性もあるのか。

 皇帝さんの計画がこの場所に関わっているなら十分にありえる話だ。

 かつてはここも帝国の威光に守られていたのかもしれない。


 集落を歩くと、所々にある比較的新しい家屋が目を引く。

 建築から数年も経ていないように見受けられる。

 良く見れば、古い家屋とは建築様式も異なっている。


 おそらく、帝都から逃れた人々が住まうために建てたものだ。


 避難民の集落。


 ここを実際に探し出すのは、実はそれほど苦労しなかった。

 場所を特定できたのは、以前に情報を入手していたからだ。

 猫耳さんの解説のおかげである。


 あ、いやごめん嘘をついた。

 ちょっと、いや、かなり無理筋な嘘だ。


 確かに猫耳さんも断片的には関係する内容を喋っていた。

 だけど、猫耳さん本人が情報源になるなんて事はありえないだろう。

 猫耳さんの話はしっかり聞いて理解を深めるほどに趣旨が変容するのだ。

 会話の最初にあった要点が、終わる頃には異次元の彼方に飛んでいる。

 猫耳さんに物を尋ねるのは無謀とか危険に類する行為なのである。


 では、何時。

 どのようにして。

 誰から情報を入手したのか。

 と、そういう話になるわけだけど。


 実は、とある故人から情報を得ていたりする。

 討伐隊との旅が終わった後のことだ。


 ……補足しておくなら、口封じをしたから故人になったとかそういう話ではない。


 故人という表現も何か微妙に違うかもしれないけど。

 人としての話なら、すでに故人だったと言うのが適切か。

 生きたまま人類の枠をはみ出して、世界の枠に衝突死。

 こういう表現だと、なんだか交通事故みたいだよね。自損事故。

 実際、アレの実態は高速道路で発生する玉突き事故にも似ている。

 色々なものを巻き込んで規模を拡大する台風と大きな違いは無いだろう。


 普通、ミキサーにかけて細切れミンチにしたものを生きているとは言わない。例えそれがどれだけ新鮮で、生きている細胞が残っていたとしても。ましてや、他の肉を足し合わせてねて混ぜ合わせた状態なら尚更なおさらだ。

 だから、外見上どれだけ生きているように見えても、実質的にはただの細切れミンチである。

 これは物理的とか精神的とかそういう分類の話に限らない。

 存在情報構造における根幹部分が合い挽き肉みたいな状態になっていたら、それはやはり生きているとは言えないと思う。魔物ではない生きていないことが、生物である生きていることとイコールで結ぶことはできないのと同じだ。ややこしい話である。


 アレは自分と出会うより前からそういう状態だった。

 つまり出会った時は既に人間として死んでいたのだ。


 ちなみにその故人というのは皇帝さんのこと……ではない。

 皇帝さんは、確かに強力な星の力を持っていた。

 だが星の力が失われればそれだけで死ぬ、ごく平凡な人間でもある。

 おそらく討伐隊の中では最も弱くて、そして最も常識的な人間だったはずだ。

 生きていくためには誰だって、何かを犠牲にする必要があるものだ。

 長く生き過ぎたために、犠牲になるものが多過ぎたのだろう。

 一極化するとこうなるという良い見本ではある。いや悪い見本かな。

 強すぎる力の弊害という奴なのかもしれない。

 何やら倦怠感らしき雰囲気を醸し出していたのも今なら理解は出来る。

 共感は出来ないけど。


 大賢者さんのこと、でもない。

 大賢者さんは、人類にしてはなかなかいい線まで行っていたと思う。

 平時には異質な考えも、時代によっては必要とされることもある。

 だから戦いの中で倫理観が崩れ、犠牲を問わなくなるのも仕方が無い。

 だが、の認識だったとも言える。

 おそらく線引きや区分け、領分の見極めに優れていたのでは無いだろうか。

 結局は人類として備えた観念を崩すことは最後まで一度もなかった。

 人類の領域を踏み外すことは一度も無かったのだ。

 それらを鑑みるに、本質はあくまで研究者だったのだろう。

 実際、保有する存在力オド以外に飛びぬけた資質も無かったし。

 見た目のわりに、ずいぶんと常識的な存在だったと今なら分かる。

 やはり共感は出来ないけど。


 もちろん、猫耳さんのことでもない。

 猫耳さんは、まず挙動が常識離れしていた。

 なんと存在力オドの総量以外は数世代分先の剣聖にも匹敵していた。

 そして……やはり、人類の範疇に留まっていた。

 何か別の新しい人類派生種みたいなものになっていたわけでもない。

 強烈な能力を無理矢理に継ぎ足されていたなんてこともない。

 猫耳や尻尾まで生えているのに普通に人間なのだ。意味不明である。

 だからこそ恐ろしいとも、期待が持てるとも言えるのだけど。

 人間離れした力と常識離れした技術を備えた、常識的な人間だった。


 まあ、ついでに言うなら猫耳さんは現時点では存命である。

 故人がどうこうという話からは除外してもよかったかな。


 ていうか、

 剣聖ターミガンを継承していなかったのであれば、

 剣聖継承者アイビスを名乗っていたから、そもそも何も問題は無い。


 ここまで語った時点で答えは言ってしまったようなものだろう。


 でも、まあ実のところ。

 誰からどうやって情報を抽出したかなんて、そんな細かい話はあまり重要ではない。

 ここでは人類にとって極めて重大なめんどうくさい事態が起きているのだから、それ以外のことはだいたい些細ささいなことだろう。

 重要な面倒くさいことは優先して早めに終わらせておくに限るのだ。


 そんなことを考えながら、農夫らしき現地民に道を確認した。



『ああ、それならここからまっすぐ西へ向かって――』


 聞きたい内容を一通り確かめた後、礼を言って別れる。

 余所者なのに地理的な情報を取得できてしまってもいいのだろうか。

 純真というか何というか、判断に迷う。困惑するしかない。

 疑っているわけではないが、あまりに無防備だと思う。

 念のため、他でも情報を得る必要があるだろう。

 近くの民家に入って同じ事を確認した。


『なんだ、御偉おえらいさまの客か。ここからも見えるとは思うが――』


 情報の礼を言って民家を後にする。

 案の定、齟齬そごも無い。得られた情報に関して整合性は取れている。

 小さい集落だと、相手が誰であれ協力し合うのが常識なのかな。

 他の民家にも入って同じことを確認したが、やはり警戒もされない。

 誰に確認しても、わりとまともな返答が返ってくる事に違和感すら感じる。

 どうにも慣れない。討伐隊の面々に毒されすぎかな?


『もちろん知っておるよ。今、あそこには――』


 最後の一軒でも確認を終える。

 もう情報の裏付けとしては十分どころか過分ですらあった。

 故意に偽りの情報を流布していた、という様子も無さそうだ。

 手短に特徴を挙げて確かめるだけでは、不審に思われもしない。

 人が少ないと強盗や空き巣の類も発生しないのだろうか。

 辺境でこそ醸成される独特の空気か、あるいは人口の少なさ故か。

 単に資源不足のために犯罪稼業では生計が成り立たないのかもしれないけど。


 何はともあれ、違和感はあっても不自然な点は無かった。

 色々と疑い過ぎ、深く考え過ぎだったかな。


 いや、それでも、用意は周到にするに越したことは無い。

 民家を巡っていた意味も無かったわけでもないことだし。

 そもそも自分がこんな場所を訪れたのも理由が理由である。

 オブラートに包まず言えば、空き巣や墓荒らしに近い。


 警戒されないのであれば手間も無いわけで、結果は上々と言える。

 これで、当初の予測に間違いは無いことが理解できた。


 不自然な地域を手当たり次第に探した甲斐があった。

 もう目的を忘れるわけにはいかない。見失うわけにはいかない。

 確認の漏れも無い。ここまでは完璧だ。

 それならいっそ完全試合というやつを目標にしてみようか。


 得られた情報に従うと、自然と足は集落の中心部へと向かう。


 人口のわりに土地が広すぎる。

 実際に歩いていると、どうしてもそう感じてしまう。

 これも人口密度を下げて魔物の襲撃を避けるための工夫か。

 ご近所付き合いするのが大変になる気がするけど。

 まあ、色々な意味で本末転倒なんだけどね。


 周囲と比べても明らかに大きい建造物が見えた。




◇ ◇




 その外壁は白色で、清潔感すら感じさせる。


 だが建造物全体の威容は隠せない。

 外部からの侵入を阻むように金属の格子こうしが窓に埋め込まれている。

 十分な強度を持つガラスを生産する技術が無いだけかもしれないが、あれでは換気くらいにしか使えないのではないだろうか。


 軍事的な医療施設、あるいはその役割を兼ねた特殊な祭儀場、そうでなければ威圧を目的とした堅固な城砦か、といった装いである。


 だが、

 医療を発展させる資源や技術的な下地は無い。

 祭儀場にしては、集落の規模に対して大袈裟すぎる。

 城砦を築くような戦略的価値のある地形も見られない。


 時代が、社会情勢が、環境が、その存在を許容できる状況ではない。


 いずれにせよ、戦いの前線でもない地にあっては場違いも甚だしい。

 身分の高い人間が一時的に身を隠すために必要を駆られた故の選定かもしれないが。


 単に、外敵を防ぐための防壁なのか。


 ……いや、逆なのかな。


 |ようにするための構造。


 

 



 いやはや、まさか、ね。

 まさか、ここまで簡単に見つかるとは思わなかったぞ。

 もうちょっと巧妙に隠されていてもよかったのではないだろうか。

 この付近を通っていれば知識や記憶を参照しなくても分かっただろう。

 ここには、そういった要素があった。いや、そういう要素しかなかった。



 がたい。困惑すら覚える。

 表現できる言葉が思い当たらず、何とも言い表せない。

 劇的ドラマチックな完結とはほど遠いものだ。

 現実というのはそういったものなのかもしれないけど。



 据え付けられている両開きの扉は、重厚な金属で出来ていた。

 鍵に似た構造も見えたが、蝶番ちょうつがいが見当たらない。

 開かない扉。出入り口の模造品。なるほど。用途を理解した。

 これは重石だ。ただのフタなのだろう。


 重石を動かすのは早々に諦めて、遠巻きに窓を探して数える。

 物音への対策も兼ねているし、退路に関するでもある。

 小細工ではあるけども、警戒するに越したことは無いだろう。

 完璧に物事を進めるなら、準備は怠るべきではない。



 簡単な準備を済ませたあとは侵入経路を選定するだけだ。

 ほどなく、少し高い場所に格子の隙間が大きい窓を見つけた。


 あからさまに入って下さいと言わんばかりの隙間だ。

 二階というには半端な位置だし、簡単には後戻りは出来ないだろう。

 そこから滑り込むように侵入する。




 着地。


 建物の中は薄暗い。

 日が差さず、室内灯の類も無い。

 ぼんやりと見えるだけだが、大まかな構造は把握できる。


 屋内の空気はじとりと湿気ており、どこか涼しさも感じられる。

 気密構造ではないため外気との差はあまり無いかもしれないけど。

 まあ、直射日光が遮られるだけでも体感の違いは大きい。


 家具の類は少なかった。

 食器の類だろうか、石片が床に散らばっていた。

 だが、ここまで来たなら流石に目を瞑っても分かる。

 そもそも、物音を立てている部屋が一つしか無い。

 音の反響で建物のおおよその内部構造は把握できた。

 というよりも、構造が単純で、部屋数もそれほど多くない。

 一つ一つの部屋が大きいのだ。


 そして、案の定。

 一番大きな部屋の中に目的の姿を発見した。


 光の届かない場所にあって、それでもなお認識できる影。

 人相と体格が、入手した情報と一致していることが確認できた。


 猫耳さんの歩法を意識して、忍び足で近寄り、



 その人影の体躯の中心を目掛けて、

 剣を突き立てた。



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