第29話 真相
第29話 真相
やあ、はじめまして。
「ナ、なんンッッッ!?」
ああ、どうかそのまま。お構いなく。
名乗るほどのものではないので、自分の事はお気になさらず。
本当に気にするほどのことではありませんので。
「――――ッ、」
うんうん、確かにそうだね。違いない。
それでもあいさつは大事だから。
いや、すぐ済ませるので本当にお気遣いなく。
でも、ね。
この感触。
「ッ、フぁ?」
そして、この反応である。
……お分かりいただけただろうか?
どうやら相手はよほど強かったのだろう。
まあ、それはそうなんだけど。
最初から
突然のことで準備も何も出来ていないのも致し方ない。
だがこの反応は予想通りで、そして期待はずれのものだった。
何にせよ若干の想定外ではある。
想定していたよりも対応が温かったという意味で。
今から自分をどうにかしようとしても、少々遅きに過ぎる。
容易に事が進みすぎて先方の罠を疑いたくなってしまう。
疑い深いだの臆病だのと笑いたくば笑ってくれていい。
なにせこちらはまだ相手と比べて
相応の浅い経験しか積んでいないのだ。
「これゲッ、はグァッ」
誰かを潜ませたり、何かを隠す空間は無いのは分かってる。
気配なんて読めないから、気配を誤魔化していても意味が無い。
この集落は完全に無人だった。
機能性を重視したものに、臨機応変に対処する余裕なんてあるはずもない。
そう、備えあれば憂いなしってやつだ。
これ用法あってるのかな?
野生の獣の方がまだ瞬間的な判断能力に優れている。
痛みで危険を感じた瞬間、いやそれ以前に知恵を働かせて機敏に動くだろうし。
やっぱり、知能なんて高度な神経回路に類するものは維持が難しいのか。
いや神経系に該当する器官が存在しないのが問題かもしれない。
少しばかり意味のありそうな雑音は気になるけど。
気になる事といえば、部屋の中を満たす淀んだ空気。
鉄錆? 血の臭い?
いや、そこまで真新しいものは無いかな。
そういった印象すら塗りつぶす、酷く強烈な腐乱臭。
それが、
かつて人間
無造作に散らばった残骸が見える。
そのほとんどが、原形を留めていない。
まだ辛うじて形が判別できるものも混ざっている程度だ。
時間が経ちすぎて、物質的には跡形も無いものが圧倒的に多い。
どれほどの規模で、何が行われていたというのか。
……想像に難くはないんだけど。
むしろ何もかもが非常にシンプルで分かりやすい状況とも言える。
まああえて一言で言うなら、
手遅れだ。
いや知ってた。案の定だよ。
どうしようもなく、手の
間に合っていないことに関しては、本当に申し訳なく思う。
でも、こんな風になるまで気が付かなかった原因が原因だからね。
帝国所属の人間が誰ひとり気付いていなかった時点でお察しである。
何を犠牲にしようと、失われたものは取り戻せない。
どう
もう、本当に、どうにも救われないよね。
まあ救いなんて最初から無いんだけど。
何ならあらゆる世界が等しく救われないからなあ。
どんな世界でも放っておけば絶対に、跡形も無く滅びてしまう程度には。
だけど、これで心配はいらなくなった。
懸念事項が無くなったということでもあるのだから。
後は確信を持って、信念を貫き通せばいい。
貫き通すために、柄を強く握り締めて
「ぐガッ?」
実際、人類だって馬鹿じゃない。無力でもない。
猫耳さんみたいな規格外に強い人じゃなくたって関係ない。
彼らは知識を積み重ね、築き上げた文明には歴史と力が備わる。
こういった魔物が
そのうち、必ず、人類にも普通に対抗できるようになる。
ぶっちゃけ猫耳さんがいなくてもギリギリ勝利を拾う事は可能だろう。
現時点で猫耳さんが生存しているのだから、この戦いは
今の自分が今の猫耳さんをここまで誘導するのは至難の
いや確かに、放置するのが一番簡単で、手間だって最も少なくはある。
でも今だけは、その楽が出来る簡単な方法を許容できない。
だって、仕方が無いだろう。
諦めるしかないだろう。
もう自分は見つけてしまったのだから。
こんな事で浪費するわけにはいかない。
未来への希望を。価値を。可能性を。
だから、そ《・》
ああ、そういう意味では最短距離の最速攻略を試してもいいんだけど。
むしろ時間を切り貼りする特性上、余裕はいくらでも作れることだし。
時は金なりという言葉もあるけど、時間短縮には代償が付随する。
手間や行程を省く場合にも同様で、こちらは安全性や確実性が犠牲になる。
注意を怠れば、それだけ事故の危険性というものが増大するのだ。
思いもよらない抜け穴やら逃げ道やらが用意されていたら目も当てられない。
自分の特性上、戦略とか未来予想とかそういうのは苦手分野なのである。
だからまあ、落ち着いていこうか。
急がば回れとか言う格言があるくらいだから。
気をつけて、じっくりと、確実に取り組むことこそが肝要だ。
R《リアル》T《タイム》A《アタック》なんて、忙しいときにやる事じゃないしね。
「ッな、にを……貴様ぐッ、誰ゲむッ?!」
いちいち人の言葉に似た音を発して止まないのが耳に
耳に障るので、音が聞こえる部位を
こいつの
決して逃さないように、周囲に気をつけながら反応を注意深く観察する。
この辺は
もちろん騎士団長さんは周囲の洞察が足りなかったから反面教師的な意味でね。
安心、安全、確実に。失敗は許さない。受け容れられない。
ここまで徹底しても、まだ何らかの奥の手を使ってくる可能性を考えて対処しよう。
なにしろ、
帝国の始祖たる
皇太子である
そんなことができる人間は……
能力的にも、立場的にも、精神的にも。
そんなことができたのは、滅びた帝国における最高地位、
「なぜ触れられッ、こんな事、ありえ、ッぐオォォァ!?」
帝国の
猫耳さんを
かつ
いや、
この様子だと事の起こりはもっと早い段階、人間なら何世代か前だろう。
周囲の人間の
長い年月を費やして、もしかすると帝都の人間も引き入れていたかもしれない。
策謀の類で道具のように服従させられただけならまだマシな扱い方だろう。
実際は、歪みを作る触媒として
控えめに見積もっても、皇帝さんの血族の生存は絶望的だ。
皇帝さん――
先程まで集落の人間の残骸から
退位してなお帝国のために働いていた皇帝さんとかいうとんでもない仕事熱心な人の血を引いていながら、何をどう間違ったのやら。
この集落の中に、いくらでも物証があった。
それにしたって
強い力があれば世界は思うがまま、なんて勘違いは思春期の妄想だけで十分だ。
生きたまま人間を食らえば
人が魚を食べても鱗は生えないし、野菜を食べても葉緑素は組成できない。
知能さえあれば、出来ないことは出来ないって分かるはずなのにね。
ああ、魔物に人類相応の知恵なんて求めても仕方が無いのか。
……いやまあ正直に言えば、動機なんてどうでもいいんだけど。
どうでもいいから、どうでもいいことを考えながら剣を変形させる。
お星さま、マカロニ、ニーソックス、寿司、シマウマ、窓、ドラゴン!
「ッま、待て! フ、ぐボッ、待ッ、ギ、貴様ァッ!!」
あーあ、『ン』になっちゃったよ。
ボッチしりとりは終わるのが早すぎて困る。
突発的に思いついたからやってみたけどすぐに終わってしまった。
ついでに、
結論から言えば成功であり、しかし失敗だった。
変形はできるものの、どうしても攻撃性能が足りない。
どれだけ複雑な変形をしても絶妙に丸みを帯びているのが笑いを誘う。
やはり物理的な破壊力は得られないらしい。
新たに付け加えられたこの性質は、どうやっても解除できそうになかった。
色々と配慮されて製造される子供向けの
剣という一文字にすら名前負けしてる。何故だ。解せぬ。
いやむしろ記憶の無い間に攻撃性とか危険性とかそういった類の概念を切り取ってしまっている結果なのかもしれない。世界のどこかにこの剣の凶悪な攻撃的側面だけが転がっている可能性もあるわけか。超ヤバイね。自分の一部だけあって信用性の無さにだけは信頼が置けるな。
色々と問題はありそうだけどまあ、いいか。諦めは肝心だ。
そろそろ本題に移ろう。
今回の本題は、世界断片の一部を
ただ、盗られた事を認識していなかったから問題が大きくなってしまった。
人類の枠を飛び出した剣聖にまで通用していたほどの歪みだ。
おそらく人類の視点では何がどう歪んでいたのかも理解できなかっただろう。
自分だって『記憶』を取り戻さなければ確信は持てなかった。
生への執着か、それとも別の何かがあったのかは分からない。
自分としては人類の可能性の広がりを喜びたいところだけれども。
今回はそういうわけにもいかなくなってしまった。
こいつはあろうことか、断片を取り込んでしまっていたのだ。
そもそも人類が世界を取り込むだなんて事はありえない。
たとえ断片の、さらにその欠片だろうと、
肉体の許容量というより、まずその規格から違う。
共通項を探すとか、何を拡張するとか、そういう問題ではない。
紙に描いたコップでは、ポリタンクから注いだ水を
だが現に形だけとはいえ、こいつは世界断片を取り込んでしまっている。
明らかな矛盾だ。
取り込むためには、存在の本質を変換しなければならない。
偶然が積み重なっただけで実現できる容易な話では無い。
容量や構造強度をどれだけ
まず、最初の段階で世界の条理に背かなければならない。
画用紙から紙コップに作り変えるくらいの変化が必要だ。
そこまで変質してしまえば、流石に人間のままではいられない。
先の例え話で言うならば、水彩画として紙コップを提出するようなものだ。
元が規格の画用紙だったとしても選考外だろう。評価対象にすらならない。
大きさや形を変えるのだから明確な
接着剤で固めて防水加工した紙コップに絵を描く隙間なんて無い。
ましてや塗料も弾いて水彩画を施す余地すら無い。
存在の根底が人間の本質とは相容れない別モノになっている。
色々と複雑に手を加え過ぎて、もはや原形を留めていない感じ。
ちなみに手法にも問題があって、人類としての可能性も失われているかな。
変質し過ぎて生物ですら無い。
こいつの場合は、もう完全に魔物である。
魔術の原形である
それはこの世界にとっての純粋な不純物の挙動を生み出す。
物理法則の隙を突く魔術とは方向性だけ同じで、原点が全く異なる。
魔術をどれだけ発展させても決して魔法にはならない。
だからこそ何らかの
距離を無視して認識を歪めていたのも宿した法則の一端だろう。
たぶん当人の支払い能力を大幅に超えるくらいの。
手段と目的が逆転しているけど、魔物というのはそういう存在だ。
あらゆる生物を巻き込んで最終的には自滅が確定している迷惑存在なのである。
こいつの場合は代償が足りず、自滅が追いついていなかっただけだ。
この歪みによって達成された実績は剣聖に近しい。
大量殺人鬼と英雄が紙一重とかそういう意味だけど。
剣聖モドキ。そこから名付けるなら魔聖だろうか。
いや、そんな名前じゃ何だか大袈裟過ぎるよう気もする。
魔術や魔法に精通も傾倒もしているわけではないわけだし。
生物の道を外れただけだから、ただの外道でいいかも。
「やめッ、待、ぐぶガッ、助、け、やめヴェッ!」
鳴き声を上げる外道。
助けを求める言葉に聞こえない事も無い。
悲痛な叫びに生きた感情をも見出す人もいるかもしれない。
でも残念。
こいつは自分と同じ側の存在で、人間じゃないんだ。
どれだけ人間の言葉に似ていても、耳を傾けるだけ時間の無駄だ。
見当違いも
まあ、自分にとっては冗談にもならないけど。困惑するしかないよね。
生きてもいないのに
人類の言葉を喋るのは人類だけだ。
あくまでボイスレコーダー的な機能に過ぎない。
いやボイスレコーダーはこの世界に無いから蓄音機……もまだ無いな?
とにかく媒体に記録された音が機械的に再生されるのと何も変わらない。
まあ録音しているのがこの世界の中とは限らないんだけど。
無駄に逃れようと足掻く動きが
生物的な反応にも似ていないこともないが、見間違えるには稚拙すぎる。
実際には神経系が存在していないのは明確だ。不自然さを隠せていない。
体内を精査したかったけど、この分だと剣先で触診することも難しいかな。
そもそも骨格とか筋肉とかそういう分類構造すら一貫性が無いからね。
形状に引き摺られて
それも個体差に収まる範疇だし深く考えても意味は無いかな。
個体差なんて考察するだけ時間の無駄だからなあ。
どれだけ似ていようとも、魔物の性質と生物の生態は全くの別物である。
魔物には
ああ、そういう意味では、やっぱり違うんだよね。
自分では
ん?
そういや
いつ、どうやって、現時点で皇帝じゃないことを知ったんだっけ?
自分が話に聞いていたなら、忘れることはできないはずだ。
戻ってきた『記憶』が含む情報の中にあったものでも無いな。
滅びて無い世界の情報が『知識』から垂れ流されて来ることもない。
やはりどちらも完全ではないから変な影響が出ているのかな。
まあいいか。
とにかく、人が築き上げた帝国は、人が統治するものだ。
それを聞いて、自分が納得していたこともある。
人ならざるものとなった外道は、もはや人の国の統治者ではない。
帝国は
今の外道に所属なんてものは無い。
その名に、家名も国名も付随させる必要はないだろう。
だから、こいつの名前はただの、
……ええと……?
ぐりぐりと剣モドキの先端を回し、傷口を広げながら考える。
「ぅォあぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!」
あー、そうだ。
そうだよ、考えても思い出せるはずがない。
聞いていないし、調べてもいない。興味も無かったしね。
誰も人間だった頃の名を言葉にしていなかった。
東征討伐隊に参加して無い人に関して、説明を受けていない。
同行してないから話題に挙がらなくても気にならなかったのか。
ほとんどの人物が名を知らなかった可能性すらある。
ああ、要はそのくらい前から
存在そのものを最初から今まで完璧に隠匿していた。
道理で、討伐隊の目的やら何やらが曖昧で不自然になるわけだ。
それにしても、黒幕はただみんなの認識を歪めていただけとか、なんとも締まりが悪い終わり方なんじゃないだろうか。
人の生き方を歪める為には知恵すら必要ないってのは何なんだろう。
色々と考えものだな。
あとストーリー展開中に黒幕が一度も顔を出さないのも反則だと思う。
現実っていうのはそういったものかもしれないけど。
そういう意味でも一応、確認しておいたほうがいいか。
これが知識欲というものだろうか。
いや、どうにも違うような気がするな。
どうせ何もかも自己満足みたいなものから始まったことだ。
もはやこれは色々な意味で蛇足に過ぎないだろう。
世界の
ねえねえ、お宅のお名前、何ていうの?
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