第24話 未解決問題

第24話 未解決問題




 ――――そして、



 光が。音が。重力が。

 踏みしめた地面の感触が。

 肌に触れる大気の温度が。


 失われたはずのすべてが。

 あらゆる感覚が、ありのままの存在を実感させる。

 世界のすべてが当然だかくあれかしと、かくものだと。


 何だこれは。

 どういうことだ?


 世界は滅びたはずだ。

 滅びていなければおかしい。

 あれで滅びていないなんて事はありえない。


 ことわりくつがえり、世界の時間がさかのぼったのか。

 過去から寸分違わず全く同じ形質を再現し、再び築き上げられたのか。


 つまり、戻った?

 戻っている?


 一点に凝集した空間の展開。法則の復元。時間遡行そこう。そして消失した物質の再構築と、再配置。



 いや、


 そんなはずはない。


 それらの言葉が意味するような事象では説明できない。


 見た目は同じ世界なのに、中身は全く別のものに置き換わっている。

 これは改変とか、改造の類のものだ。

 それとも、差し替えと表現するほうが近いだろうか。

 綺麗に切断された書類を並べ変え、寸分違わず同じ書式で継ぎ直されたような。


 何らかの奇跡が起きて破滅は無かった事になってしまったのだろうか。

 確認するすべが無くてもどかしい。

 あるべきものが歪み、あるべからざる姿が目前に広がっている。

 そんな違和感がぬぐえない。


 すべてが異物で構成されているような。


 なにしろ、そのすべての中で最たる異物こそなのだ。


 そして、

 大地や大気が間違いなく、変わりなくそこにあると理解できている。


 見上げれば、灰色の影が荒野の空を覆っている。

 空中回廊がそこにある。壊されていない。


 物質が存在して熱量に満ち溢れた大気。

 肉体の安定した維持が可能である環境。


 なんと凄まじい精度で完成された世界だろう。

 なんと絶妙な調和の上に存在する星だろう。

 なんと美しくも儚い大地なのだろう。


 この世界の規模、虚空間にまで視野を広げれば、それらが実に瑣末さまつなことかも分かる。


 だが、そのささやかな現実が如何なる偶然の下に成立しているか。

 知ろうともしていなかった。理解できていなかった。

 あの破滅を一目見れば、そして体感すればよく分かる。

 ひとたび破滅を迎え容れたなら、世界は二度と再現され得ない。


 ここは確かに死に満ち溢れた荒野かもしれない。

 だが、決して無と停滞だけの終末世界ではない。

 それだけが、それこそが、まさしく奇跡そのものだった。


 当然、世界の欠損は起きていない。

 すべての終わりが、消えた。




 ……だが、これは……




 これは、違う。


 消えてなどいない。

 無かった事にはなっていない。


 これは時差のようなものだ。

 その時は、

 差異は少なく、今にもだ。

 だが間違いなく、ことは分かる。

 で、破滅が始まるよりも少しだけ早くここに辿り着いたということだろうか。


 

 幻覚や白昼夢でも見たのか、|無かった。

 あれは、知覚や認識の異常なんて小さなもので再現できるはずもない。


 すでに地面はうごめき始めていた。


 皇帝さんだ。

 正確には皇帝さん混じりの死の荒野。

 存在を拡散させて、重量を増し、力を馴染ませる。

 時を重ねて積み上げた力は莫大だ。星の力の限界すらも超えている。

 間もなく世界の壁をも貫くような莫大な熱量を練り上げるだろう。


 おそらく、今はまだ初動の段階だ。

 だから確信を持って、それがある方向へと向き直る。


 光在らざる無色くろ


 やはり、というべきか。

 既視感を覚える光景。

 あれが全く同一の存在とは限らない。

 しかし全く同一の性質を持っていることは分かる。


 世界すべて破滅おわり始点はじまり


 それはあったかくあれかし


 やはり予測は正しかった。

 決して消えるはずなどなかったのだ。


 自分に都合の良い解釈を、期待していたわけでもない。

 世界が誰かの都合に合わせて創造されることなんて、ありえない。

 まだ今の時点では何も失われていない、というだけのことだ。

 ただほんの少し、猶予ゆうよが残っているだけ。


 世界の破滅は必然だ。

 絶望すべて終末これから始まる。

 終末ここから絶望おわりが訪れる。

 現実に奇跡なんてものが介する余地は無い。


 つまりはそれだけの、当たり前の話だ。


 このまま何もしなければ世界はすぐにでも破滅する。


 だが、しかし、それでも。

 今の自分に何が起きているのか、何となく分かった気がする。

 原因に直結している知識情報は無いが、心当たりはあった。

 逆に言えば、それ以外に似たような話を聞いた事が無い。



 予見。

 これに近い性質を持つ何かが働いているのではないのだろうか。



 どこからどこまでがだったのか分からない。

 正直な話、自分に分かるような区切りがあったとも思えない。

 いや、区切りなんてものは本当に無かったのかもしれない。


 あれは未来のひとつでもあるのだろう。


 未来とは現実から繋がる時間のことだ。

 ならば、未来視とは現実を感知する力でもある。

 時間が断絶するまでは、現実との違いなどあるはずもない。

 区別が付けられない事こそが正常だ。

 見分けの付くような差異など無い。


 現在これは未分化の現実のひとつで、

 未来あれも現実の可能性のひとつだ。





 予見は正確。

 かつて皇帝さんは、そう断言していた。

 話の内容を精査する限り、予見とは未来視を行う力だ。

 おそらく、予見は本人以外が扱う力には左右されない。

 そして何より『知識』から湧き上がる情報も、それを肯定している。


 ただ、懸念はある。

 自分が見た物と皇帝さんの情報リソースとが同じものだとは思えない。


 皇帝さんは未来視を正確だと言い切っていた。

 それならば絶対にそう言い切るだけの理由がある。

 皇帝さんが確実だと考え信じそうなものなんて、それほど多くない。

 おそらく皇帝さん自身の力か、それに類する力くらいだろう。

 代償と引き換えに人が扱うことのできる中でも最も強い力。

 人の手では決して曲げることができない力。


 つまり、予見とは、かつて誰かが持っていた星の力だ。


 知識によると、星の力はただ一人の担い手だけが得られる。

 過去から未来を通してただの一度しか同じ力は存在しない。

 つまり担い手に力の扱い方を教えられる者もまた存在しない。

 逆説的に、星の力の担い手は生まれつき使い方を知っている事になる。

 生まれつき自由自在に操ることができなければ、一生使えないままだ。

 後天的に星の力を獲得できないのも納得ではある。


 何にせよ自分の未来視モドキが予見とは似て非なるものという事は分かる。

 少なくとも、星の力のような絶対的なものからは程遠い。

 やはり特別な力に目覚めるのは他の人の役割というわけか。

 人が星の力なんて大層な名前を付けた人の力を自分が扱えるはずが無い。

 人ならざる自分が持つ力なんて、所詮は異物混入のまがい物だ。

 どうして紛い物で本物に近いことができるのかは説明も理解もできない。

 そもそも結び付けて考えることこそが間違いなのかもしれないけど。


 何にせよ自分の場合は自分の意思で破滅の光景をのぞき見たわけではない。

 むしろ自分の意思で使うことができそうな感覚すら無い。


 未来視の感覚を共有した?

 あるいは、共有させられていた?

 そもそも自分の未来視モドキは未来視の同類ですらないのか?

 現実味の高い未来の幻覚を、誰かが自分に見せていた?


 しかし、誰かが画策した事にしても、その意図がまるで分からない。

 あれは何なのか、自分にどうして欲しいのか、何をさせたいのか。

 その思惑に当たる部分が完全に抜け落ちているように思う。

 強要だったとして、動機も目的も分からない。必要性が感じられない。

 垂れ流しの知識を精査しても、しっくりと当てはまる回答が無い。

 どうにもこの知識、欠陥だらけである。完全とは程遠い。


 いや、この際、答え合わせなんて後回しにしてもいいのか。

 なぜ自分が未来を見たのか、今その理由が必要なわけではない。



 あの光景が本当に未来に起こる出来事だと仮定しよう。

 自分はそこに到るまでの時間、状況を体験して覚えている。

 なら、そこに到るまでの過程を変えれば、未来を変えられる?

 覗き込んだ未来を元に、破滅を無かった事にできるのでは?


 選ぶべき道を変えれば辿り着く場所も変わるのは道理だ。

 世界の可能性ひとつを代償にすれば、他の可能性を得る。


 でも星の力の予見には、そんなことができたのだろうか。

 少なくとも、皇帝さんに予見の内容を伝えた人物にはできなかったはず。


 ……それも何かが少し違う気がする。


 未来視をもとに未来を変えられるというのは普通に矛盾している。

 逆説的に、見たはずの未来視が正確では無かったということになる。

 皇帝さんは、緻密に策謀を張り巡らせるような人だ。

 確実性の無い情報に信頼を置くとは思えない。


 第一、最も致命的な問題がある。

 知覚の取捨選択は感覚器官ではなく脳で行われている。

 つまり、現実的に、必要な情報だけを抜き取るのは不可能なのだ。


 自分の見た未来あれは、現実だった。

 現在の実働する世界と寸分違わない感覚だった。

 一部分を抽出処理したような、言葉で語りつくせる情報群とは違う。

 無数に存在する未来に対する知覚は、その

 自分の垂れ流しの知識でさえ取捨選択できているとは言えないが、未来の情報を再現するという事は、単なる情報よりも遥かに過密で、過多である。

 記憶や情報処理に脳や神経系を使っていない自分だからこそ理解できる。

 これを人間が読み取るなら、脳や神経系だけでなく全身の細胞すべてを情報の読み取り専用のものに置き換えてもなお、全く足りないはずだ。規格が合わないというのもあるけど、これはたぶん規格以前の問題でもある。脳が処理しきれずに破裂するとかそういう段階ですらなく、基礎情報データベースの部分さえも物理的に構築不可能だ。そもそも世界の全物質の情報量を余すことなく処理するのに、物質依存の情報媒体では容量が足りるはずがない。もし予見の星の力が無数の可能性を示すものであれば、取り扱うのが人間である限りは何も起きない。いや、



 ということは、予見の星の力というのは実在していない?

 ならば皇帝さんが語った予見というのが真実ではなかった?

 肯定しても否定しても、何かしら矛盾がある気がする。


 ああ、違う。

 そもそも前提から違うのか。


 予見というのは未来予知のことではないのかもしれない。

 例えば、順番が逆なのだと考えればどうだろう。

 時間の流れを遡り、未来の情報を過去に差し戻すとか。

 差し戻した情報を読み取ることで、無数にある確率を収束させる。

 過去を固定化する力、つまりは未来から過去への伝言ゲームだな。

 単体では成立しないが、うまくかみ合えば未来予知のように使えるのではないか。

 未知かつ不確定の問題をわかりやすく収束させることを目的に使われるわけだ。


 これで構造は単純化される。

 力の要素が単純なものほど揺らぎは少なくなるだろう。

 情報を送る側にも受け取る側にも何らかの条件が付くだろうけど。

 他者を介する要素があれば、他の星の力も利用できる。

 伝言ゲームによる情報伝達の正確性も担保できるはずだ。

 何より、無数の未来からの情報をすべて精査しなくて済む。

 予見者に対して知りたい事を書き残せば、予見の精度が増す。

 受け取る側は知りたい未来をピンポイントで知ることができる。

 確定した問題に対し、解決策を用意するだけで済むわけだ。

 それも、必要な準備を余裕を持って行う事が出来る。

 時間的にも、物資的にも。


 まあ、実際には細かい部分で色々と違うかもしれないけど。

 でも知識と答え合わせした限りでは当たらずとも遠からずだと思う。



 確かに利便性がよく、有用な力だと思う。

 だがそれは、とても危険な力でもあるはずだ。

 予見の星の力が持つ致命的な欠陥も、今の自分には分かる。


 代償となるものが、あまりに大きすぎる。


 即ち、確定した未来


 未来が確定してしまえば、予見の担い手はそこから逃れられない。

 解決できない問題を抱えてしまった時点で状況が詰んでしまう。

 予見には問題を解決するための工程が組み込まれていないからだ。


 人は時間を一次元で一方通行の流れとしか見ていない。

 あるいは分岐という概念を添えて、木の枝状を考えるのがせいぜいだ。

 未来に関する膨大な情報は人間には把握しきれない。

 だがこういった概念は、それこそ未来を絞って可能性を狭めているのに等しい。


 可能性の幅が狭いと、本当に重要な局面でどうにもならなくなる。

 解決できない問題に直面した時点で手詰まりになってしまう。

 近似による可能性の減衰は単純化の弊害だ。


 予見の力が、担い手に破滅の断片でも見せたのかもしれない。

 あるいはそれを伝えられた皇帝さんが破滅を見出してしまったのか。

 そして案の定、自分では解決方法を見つけられなかったわけだ。

 目前に迫ったこの破滅は、逆説的に星の力に導かれたものという事になるな。


 試行回数を重ねてゆけばいつか必ず世界の破滅を引き当てる。

 自分達の未来をより良くしようとか担い手の意思すら関係ない。

 予見で叶えられる目的に対して、代償があまりに大きすぎると思う。

 喫緊で致命的な未来を避ける代償と考えれば妥当ではあるかもしれない。


 いや、切り捨てることができる未来世界の数という視点で考えるなら、費用対効果コストパフォーマンスは妥当どころか恐ろしく優秀な能力だと言い換える事もできるかな。星の力の性質上、分類で競合して比較できるような対象も存在しないだろうけど。


 でもなあ。

 予見を行うまで予測できない類の破滅なんて、人の身で予想できるわけもない。

 言葉通りの初見殺しだ。前例も無いから先人の知恵も役に立たない。

 これって物凄く性質たちの悪い罠なんじゃないだろうか。





 そうだよなあ。


 情報を整理して、改めて考える。


 やはり自分には破滅を避けられない事になるのではないだろうか。

 自分が見た未来視は、予見と本質的に別のものなのだと確信できた。


 破滅の未来の先は、完全な行き止まりなのだ。

 あらゆる展望可能性の絶えた、世界の終わり。

 すべての可能性がついえて失われてしまう。

 可能性が無いだけでなく、新たな物事の試行も許されていない。

 世界の終わりには、何かをする余地など無い。

 言葉の通り、何もできない。


 この世界に破滅そのものへの対抗策は存在しない。

 


 でもこの世界でできる事が何も無いわけでもない。

 


 星の力は人の手に余るほど強すぎる。

 担い手当人にも、改変や応用の余地がほとんど存在しない。

 皇帝さんの力だって応用が効いているのは代償のほうだ。


 星の力に定められた破滅は避けられない。

 人類にしてみれば、それはもう既定の事実と等しいだろう。


 しかし、逆に、自分にとっては意味が無い。

 世界の破滅はいつか訪れる必然の、ありふれた出来事だ。

 皇帝さんの手出しの有無に関わらず、何も影響しない。

 あらゆる存在は、いつか滅びる。


 どうせ必ず、すべては終わる。

 そんなことは常識だ。

 誰もが何となく分かっているはずのことだ。

 思考放棄といえばそれまでなんだけど。

 難解な解決法を考える必要なんてどこにもない。


 だから、手を出す必要なんて無い。

 そして、手を出すことに支障も無い。


 自分が持っているのは、力とも呼べない力だけ。

 人が手に入れてもどうしようもないほど弱いものだ。

 しかし、だからこそ自分には、できることがある。


 未来に自分が見出してしまった破滅も、きっと避けられない。

 だが曖昧な未来というものには、余地がある。

 直近の問題でなくすることだって容易い。



 だって、この問題破滅を解決するのは、なにもだろう?


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