第22話 破滅の到来
第22話 破滅の到来
現実的ではないほどに均一。
光沢も
ただ、ひたすらに陰影がない平坦な黒。
いや、これはむしろ陰影しかない。
これは言わば、完全に純粋な無色なのだ。
その色ゆえに立体の球にも平面の円にも見える。
穴とか影の類だったとしても不思議ではない。
……いや、不思議だろう。意味不明だ。
それは重力に従うことなく宙に浮いていた。
そもそも穴や影であれば空中に生じるはずがない。
質量を持つ存在ではないのか。重力が働いていない?
だがそれでは光を完全に
納得や理解の及ぶ言葉では説明が付かない。
まったくもって意味不明だ。わけが分からない。
常識では計り知れないことが起きていることは間違いない。
全く動いている様子は無い。変化もしていない。
しかし、目を離してもいないのに見失ってしまう。
もっとも、どこへ行ったかと探す必要まではなかった。
見えなくなったと思った元の場所で見つけることができた。
犬耳のように、知覚の隙を突いているのだろうか?
だがこちらの知覚を能動的に妨害している様子はない。
魔物に放つ矢の軌道が逸れるように、認識が曲げられているのか?
いや、見失う前後で認識の
単純に目に見えないほど高速で動いている?
違う。
なぜか連続して認識することが出来ないのだ。
時間的に連続していないとでも言うのだろうか。
世界の時間をぶつ切りにして、無理矢理つなぎ合わせている?
いったい、どうやって?
他に何かがあるわけでも無いが、もどかしさを感じる。
どのような偶然の上にもそのような現象が起きるはずがない。
だが何をどうやってもそのような現象を起こせるとは思えない。
あれはいったい何なのか。
どういった現象が起きているのか。
その存在を形容する言葉すらも思い浮かばない。
あえて例えるならば――
光源が無く、かつ外界から遮断された密閉空間。
あるいは、どんな光も引き寄せて離さない非実在物質。
あるいは、空間の連続性を取り除いた理想断絶平面。
あるいは、あらゆる波動を静止させる反重力存在。
あるいは、宇宙の拡大到達領域の外側。
いずれも成立し得ない。在り得ない。
在り得ないはずのものが示す、
この世界に属さない存在であることを示す、非実在の色彩。
見えているだけで実在しないということなのかもしれない。
いっそ幻覚の類だと思ったほうがまだ納得できる。
目立った動きが無いのは、
何らかの特殊な魔物が見せる幻覚だと考えるには大人しすぎる。
だが世界の内側の存在と断定するには異様すぎるというものだ。
荒れ狂う砂嵐の中では、正体を推察するのも難しい。
そんな謎の存在だが、様子を見ていてもなぜか危機感を覚えない。
こんな場面で出てきたそれが、
強いことが脅威ではないなんて、それではまるで――
――――まるで、自分の一部みたいじゃないか?
それは、どこで聞いたのか。あるいはどこで見た文章か。
あまりに脈絡も無く浮かび上がった言葉の出自は、果たして。
切り離された自身の一部は、つなぎ合わせたなら元に戻るのか。
その際、違う形に加工されていても、まだ自分の身体の一部と呼べるのか。
どこからが取り返しの付く部分で、どこまでが取り返しの付かない部分なのか。
どこまでが自分で、どこからが自分ではないのか。
――――もし、あれが■■なら?
いや、それはないだろう。そんなはずはない。
ああ、そうか。
だからこそ、
衝撃。
身体が持ち上げられた。
まとまりかけた思索が霧散する。
地面に足をとられた。立ち上がる前に体勢を崩す。
すでに足元は凹凸が激しくなっていた。
切り抜き、押し出されたような幾何学的な凸型。
どんどん伸びる、大きな柱のような形だ。
伸びる柱は速度を増し、地面から切り離される。
そして正体不明の黒い何かに向かって飛んだ。
衝突を待たないうちに、周囲に影が差す。
見回せば、荒野のあちこちが同じような状況だった。
灰色の柱がずらりと屹立していた。
数え切れないほど沢山の柱が形成されているのだ。
それらは、僅かな間隔で、絶え間なく、射出されてゆく。
無数の灰色の射出体が、謎の存在へと殺到する。
射出体と言っても、要するに巨大な四角柱だ。
互いの間隔が狭いのか、
ちらちらと光を発して見えたのは、内在する熱量のためか。
静電気による帯電、あるいは摩擦熱だけでも莫大だろう。
含有している可燃物が自然発火しても不思議ではない。
直後、凄まじい破裂音が大気を
ふわり、と身体が浮く。抵抗すら出来ない。
ただ風に吹かれた紙切れのように、軽く吹き飛ばされる。
吹き飛ばされながら気付いた。
これは圧縮された空気が隙間から漏れ出た、
つまりは単なる余波に過ぎない。
もはや音というより空気の爆発とも呼べる強力なものだったけど。
転がりながらの浮遊感。
射出体が続々と上空に打ち上げられているのが見える。
怒涛の攻勢が始まって、地面が目減りしたのだろう。
これが理性の
などと格好を付けようとしたら地面へと叩き付けられてバウンドした。
おかしな方向に身体が折れ曲がる。人間なら即死だったな。
遅れて、地面が大きく沈み込んだのだと気付く。
自分は飛んでいたのではなく、落ちていたのだ。
そして今度は、地面が大きく持ち上がった。
灰色の波だ。
波は幾重にも重なり、増幅し合い、さらに大きくなる。
密度が高いのか、沈んで溺れたり巻き込まれる事は無かった。
巻き込まれはしなかったものの、外側へ
止まらない。止まることなく転がってゆく。
まるで終わりが見えない。
ひときわ強い爆風に吹き飛ばされて全身を強く打ちつける前に、
巨大な波涛がすべての中心へと覆いかぶさって――――
唐突に、ひびが入ったのが分かった。
それが器に過ぎなかったのだとはじめて理解できる。
割れる。
亀裂から、
逆転。
そして、
それから先の出来事は、恐らく人が
振動を伝って音を呑み、
天空へ広がって雲を呑み、
大気に染み入って光を呑み、
光が消えたことによって生じた闇をも呑み、
どこまでも広がってゆく。
どこまでも広がってゆくかと思いきや、
それはある程度の規模で唐突に消え、
そして、色無き色に蝕まれた。
ほんの気を逸らしていたら見逃してしまいそうな大きさ。
星の大きさどころか、人ひとりの目から見ても小さなものだろう。
だが、
直後に、世界が
世界の軋む、破滅の音色。
それは、
大き過ぎたのだ。音というには、規模が大き過ぎた。
遠くで聴いていた者に、その本質が振動だと理解させないほどに。
近すぎて聴きとれない自分が、その本質を理解してしまったほどに。
自分にとってそれは、音としか表現のしようが無いものだった。
末期を
法則作用の許容範囲超過による存在基幹の発狂。
死に際する恐怖の叫び。世界そのものが発した断末魔の声。
あるいは、破滅に
世界の恒常性。
失われてできた隙間が埋まろうとする働き。
欠けていない部分が、欠けた部分に殺到する。
言葉にすれば、たったそれだけの事だった。
おそらく、それは世界そのものの性質のようなものだ。
ただ、押し寄せる質量が、規模が大き過ぎた。
それは世界のすべてにほぼ等しかったのだろう。
世界から欠落して失われた部分を除いた、すべての質量。
ここでいう世界とは、人の住まう大地だけを指す言葉ではない。
天を越え、虚空のまた彼方、数多の星すら届かない、世界の果てまで。
空間が繋いでいる、
当然、世界のあらゆる存在は質量を伴っている。
全域に比して距離こそ僅かだが、それによって生じた熱量は膨大だった。
最初の最小時間単位で大地は蒸発し、揮発した。
拡散するはずの粒子が、なおも世界の欠損部へと吸引される。
そして次の最小時間単位で抜け出せなくなる。
衝突と同時に熱量までもが根こそぎ奪われるからだ。
こうなれば、もう止まらない。
あらゆる物質の崩壊がはじまった。
余波だけで虚空間全域が青白く焼け、素粒子まで分解した。
発生した青白い光すら歪み、引き寄せられ、やはり
世界を構成する恒常性が、欠損を補填しようと働く。
補填のために、新たに世界から何かが失われる。
それでも欠損した世界の補填には満たない。
この現状を示すのにぴったりな言葉がある。
領域が急激に圧縮されたために、その形と意味すらも消滅する。
万物万象は外側から内側へと光をも超える速度で殺到した。
何かを隔て覆い隠していた境界面が歪曲し、凝縮してゆく。
渦巻くように
物理存在を構成するあらゆる要素が失われて、
発生した熱量を以って重複集積され、
収縮倍率はついに無限大にまで達し、
ただ一点へと向かい、
そして
世界のすべてが失われた。
その後は何も起きなかった。
正確に言うならば、何も起こり得なかった。
あるいは、何も起こすことができなかった。
なぜなら、何も無くなってしまったのだから。
そこには物質も熱量も無かったからだ。
消滅であり、終着点であり、永遠の停滞。
世界を世界たらしめる法則の破綻と崩壊。
納得する。
これは確かに、破滅だ。
そうであると理解できてしまう。
星の力がどうとかいう問題ですらない。
普通に時間の流れに沿ってゆくだけでは辿り着けない概念の顕現。
本来なら永遠の時間の果てに到達するような世界の終末の形なのだろう。
ここに到っては何かをどうにかするという行為が全く成立しない。
とても人の手には負えない。星の力を持ってきても同じことだろう。
星の力の暴走ですら些細なことに過ぎなかったと良く分かる。
あの皇帝さんがここに到ることを恐れたわけだ。
この状況を避けるために用意周到に備えるわけだ。
いくら備えても足りないと思ってしまうわけだ。
そして皇帝さんが納得するまで備えた結果、今に到ると。
要するに、備えどころか何もかも足りなかったということなのか。
それとも根本的な部分から何かを履き違えていたのか。
いや、おそらく、この問題は。
最初から、皇帝さんの手が届き得ない領域にあったのだ。
こうなってしまっては、どうにもならない。
もはやどうにかなることもない。
つまり、この世界はどうしようもなく失われてしまった。
非物質的な、世界の物質を根源としないリソース。
そして、それをもとにどれだけ壊れても再生成され続ける自分。
壊れて再生成され、粉々になって再生成され、蒸発して再生成され、
拡散しては再生成され、消滅しては再生成され、
それはさながら輪廻転生という言葉に象徴される概念を想起させた。
しかし、その表現は本質的な部分で理解を違えるだろう。
孤独な終末。
この破滅に救済だなんてものは無い。
いや、実態は想像しうるものとは全く別のものだった。
終末にしても救いが無く、地獄と呼ぶにも無機質だ。
そして虚無と表現するにはあまりに不足している。
不変ではないのに、ここからは絶対に、何も生まれてはこない。
無制限に延々と行われる、とても小さな
なにぶん肉体を肉体たらしめていた世界が無い。
部位が再生し終わるよりも崩れ落ちるほうが速い。
わずかな間でさえ形という形を留めて置けなかった。
骨格も維持できないために、内容物を保持して置けない。
臓腑や脳も例外では無く、再生が完了することはない。
むしろ、自分の今の形状すら曖昧で、把握できなかった。
そのはずなのに、なぜ思考能力が残っているのか。
激しい痛みが続き、そこから逃れられない。
自分の精神が肉体に由来しないのも良し悪しだと思う。
断続的な息苦しさもあるが、それを表現する方法も相手も無い。
本来、これらの感覚は物理的に存在していないはずのものだ。
神経系統も、それに触れる世界も、何一つ残っていないのだから。
果たしてこれらの感覚は、何を介して感じ取っているのだろうか。
それとも、すべて自分の中だけにしかない幻覚のようなものか。
分からない。何も、分からない。
やがてあらゆる不快感と苦痛が溶け合い、混ざり合う。
遮断するべき外界と、その内側にある自己との境界は無い。
それらを区別するような意味すらも無くなっていた。
永遠に続く停滞した時間の中で、なぜこうなってしまったのか、どうすればよかったのかという事だけを、ただひたすらに考えていた。
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