第13話 傍観者
第13話 傍観者
帝国に栄光あれ。
聞き覚えのある独特な
それは自らの願望を、より大きな目的へと繋ぐ誓言。
それは自らの生命を、より大きな存在へと託す宣言。
おそらく帝国の人たちの指針であり、確固たる信条であるのだろう。
それは未来へと続くものを掲げてゆくためのものだ。
まるで、前途ある者達の言葉であるかのようにさえも聞こえる。
でも、こんな時に。
こんな状況で。
そんなの、まるで遺言みたいじゃないか。
……いや、まるでも何も、やっぱりそういうことなんだろうなあ。
半ば確信を抱きつつ、声がした皇帝さんたちの方を
案の定というか何というか、騎士さんたちのうち三人が、短刀を自らの
三人の騎士さんたちが倒れた後、皇帝さんが何かの合図のように片手を軽く挙げる。
皇帝さんの背後にある棺から銀色に輝く粉末状の何かが漏れ出し、拡散して、三人の
そうか、なるほどね。
棺に入れられているのは、人の死体や倒してきた魔物の核を焼いて混ぜてできた
そういったものを使う能力だから
ああ、この能力名って
死灰に包まれた
血と肉が混ざり合って赤黒くなったそれはもはや、原形も、面影もない。
目に見えない力によって
全体的に
最終的に出来上がったのは、赤黒く、大きな槍。
三人分の死体を使って作られた、三本の槍だった。
皇帝さんが掲げ開いていた片手を、魔物に向けて振り下ろす。
それを合図に、三本の槍が連続して魔物に向かって真っ直ぐに飛んでゆく。
それまで弓矢で行われていた散発的な攻撃はまるで通用していなかったが、赤黒い槍は僅かな時間差を置きつつも、いとも容易く魔物に突き刺さった。
一本目は、折りたたまれた翼のような部位に深く突き刺さり、粉々に爆散させた。
二本目は、腕のように振り回していた部位で炸裂し、何本かまとめて引き千切った。
三本目は胴体の中心へと向かったが、しかし途中で不自然に
これは幾度か軌道を変えた後に胴体の末端に刺さり、破裂して大きな風穴を開けた。
猫耳さんが皇帝さんの戦力を高く見積もっていた理由もよく分かる。
一撃の対価として騎士さん一人を消費するようだが、性能は弓矢の比ではない。
人間一人がどれだけ弓を射続けようとも、あれだけの戦果は望めないだろう。
命中精度にも速度にも優れ、飛び道具が効かないはずの魔物にも効いている。
特筆すべきは物理的な破壊力だ。他に比類するものが無いほど凄まじい。
大賢者さんでさえ傷を付けられなかった相手に大きな損傷を与えているのだ。
対生物なら必殺どころか集団だろうとまるごと
……相手が生物だったならば。
だが、今の相手は魔物である。
どれだけ図体が大きい魔物であっても、急所はひとつ。心肺臓器や脳などに相当するような、明快かつ破壊すれば確実に撃破に到るといった弱点が、たった一ヶ所しかない。
魔物は体内に血も神経も通ってはいないし、通っている必要さえも無い。ショックによる気絶、出血による継続的なダメージの蓄積や身体能力の低下など、生物相手であったなら付随効果が期待できる要素が一切存在しないのだ。
身体部位が欠損しても戦力が低下しないことさえありえる。
つまり、現状のように。
動きが鈍るような
猫耳さんが魔物の中核部分を砕いたり、細切れにした際に起きたような、再生しきれずに自壊するとかそういう反応も、その兆候さえも、今のところ見られない。皇帝さんの攻撃による破壊の範囲は大きいが、それだけでしかなかった。あの巨大な魔物にとっては軽微な損傷に過ぎないということだ。状況は好転していない気がする。
特に、腕のように振り回している部位が厄介だ。まだ似たような形の部位があと何本か無傷のまま残っている。黒い槍を受けて破損した分だけ手数が減るかと思いきや、それを補って有り余るほど攻撃速度が上がっている。
魔物の動きが激しくなったのは、怒って凶暴化したとかいう理由ではないはずだ。
これまで色々な魔物を観察していたため、魔物に関してよく分かったことがある。魔物はほぼ全くと言っていいほど生物的な性質を備えていないのだ。どれほど生物的に精巧な造詣であろうとも、中身は生物とは別物である。
だからこれは、ただ単に質量が減って軽量化したとか、可動範囲が競合している部位が減って構造が単純化したためだとか、そういう物理性質に従った機械的な反応に過ぎない。
成果だけ見ると、あまり
猫耳さんの攻撃は、手数が多くなった魔物の攻撃に阻まれている。
皇帝さんの追撃は必要なコストが高過ぎて、魔物を削りきるには足りない。
手札が消費された分だけ、状況が悪くなっているようにも感じられる。
いったいどうすればいいのか。
何かもっと有効な対抗手段は無いのか。
そう考えていたときに、天地がひっくり返る。
足を
何だ、と口に出す前に全身が高く持ち上がる。
周囲の場面が切り替わるように、ぐるりと思わぬ方向に一回転した。
視点が一気に高くなり、ふいに身体の向きが反転する。
向きが変わったせいで、先程まで立っていた場所を見ることができた。
その姿を見つけて、思わず感心してしまった。
よくもあの状態から動けたものだと。
いやむしろどうやって動いたのかも謎だ。
血を垂れ流し、骨やら内臓やらが飛び出している。
損傷が激しく、身体の何割かが明らかに機能していなかった。
恐るべき
何かを
死後硬直の直前まで動くかよ。最期までバケモノだったな大賢者さん。
ちなみに投げられた何かとは、他でもない自分である。
つまり、
空を飛んでいた。
いやまあ、これは遅かれ早かれ何かあるなという予感はしていたけど。
ヤバイ血染め岩の剣が超ヤバイ的な思わせぶりな
そんな
うん、正直、思い当たる節はある。自分で振り返ってみてもそう思うからね。
討伐隊の面々が倒れてゆく一方で、何もしていない自分。
きっと納得できなかったはずだ。なぜ奴だけが、と。
きっともどかしさを感じたはずだ。お前も動けよ、と。
誰もがそう思っていたはずだ。今まで誰も言ってこなかったけど。
使えるものは使いたい。それは正論だ。
大賢者さんがそう思ったとしても不思議ではない。
思ったから使ったという、それだけの話だろう。その考え方は理解できる。
しかしこの剣、直接触れば人が死んでしまうような
自身の手では決して悲願を果たせない。さぞ
だが今、そんな武器をなぜか平気な顔して持っている奴がいる。自分だ。
間接的にでも掴んで、仮にでも使う方法がある。人剣一体かな。
それならば、今を置いて他に使うべき時は無いかもしれない。いや、無い。
大賢者さんもそう考えてこの来るべき時まで待っていたのだろうか。
考えて……大賢者さんが、考えて……考え、て?
いや絶対そんな様子ではなかったよね?
きっとアレは何も考えていなかった感じだよね?
ていうかさ、人を槍みたいに投げる? 投げないよね?
なんて、そんな事を投げやりに確認しながら、魔物を目掛けて飛んでゆく。
いやこの場合、飛ばされてゆくと表現するべきだろうか。
いまだにほぼ直線に近い軌道を保っている。剛速球である。球では無いけど。
こうなればせめて与えられたというか押し付けられたというかそういう自分の役割くらいは果たそうと、剣を脇で
これから起こるであろう手に汗握る大スペクタクルに剣モドキを握った汗で手が滑らないように強張るというか手に汗かいていないんだけどつい力が入り過ぎてしまう。
何がアレかっていうともう後ろ向きというのがポイント高い。これが絶叫系のアトラクションならスリル満点で大人気間違いなしだ。でも残念だけどここ遊園地じゃないから精神的にも後ろ向きになりそうだった。あとついでに安全面への配慮が絶望的に足りなくて減点まである。遊園地という名称を思い浮かべたあたりで関連事項なのか絶叫マシーンについての知識が頭の中に垂れ流されてきたけど、そういう機械って拷問機具としての性能高いんじゃないかなって感想しかない。なぜ娯楽施設に分類されるのか意味不明で理解不能である。共感はちょっとできそうにないな。
まあ剣モドキが自分に刺さっても刺さらなくても、どちらにせよ位置エネルギー的な問題で大変な事にはなりそうなんだけど、まあその辺は考えても意味は無くてなるようにしかならないし、頑張ってもならないようにならないかもしれないなという言葉を飲み込んだ放物線ピークの見当すら付かないような序盤、まだ運動エネルギーがかなり乗っているであろう段階で後ろ向きのまま何かにぶつかった。
何処にぶつかったのかは見えないから全然わからないけど、たぶんあの馬鹿みたいにでっかい魔物のどこかだね。わかる。他にぶつかるもの無いし。猫耳さんたちの戦闘で想像していたような硬質な感触は無かった。むしろ何かがぐにゃりと溶けるような感触と共に衝撃が分散される。大賢者さんの投擲による運動エネルギーの大半が持っていかれるのを感じた。黒いものが視界の隅に映る。大きな魔物さん、こんにちは。握った剣の先端が少し硬いものを突き破ったような感触のあと、黒いものが視界から急速に離れてゆく。大きな魔物さん、さようなら。
あと、剣先が当たった
空が回る。風が回る。大地が回る。世界が回っている。これだけすべてが回っていると、地動説というのが科学文明が発達するまで受け入れられにくいのも良く分かる。今の心境、感覚的には天動説を推進したい。むしろ世界が自分を中心に回っているようにも思える。ここはいっそ自己中心説でも提唱するべきだろうか。世界は自分を中心にして回っているのだ。対抗して反証すると自動説とかになるんだろうか。自分は動いていた。まあ動いているんだけど。ふと今気が付いたけど、剣一本を携えて空を飛んで強大な魔物に一人で突っ込む人の気持ちなんて、誰にも分かりはしないんじゃないかな。あ、いや違うな、それならすでに猫耳さんという偉大な先駆者がいた。誰から強制されるということもなしに自発的に魔物に突っ込んでゆくあたり流石は猫耳さんだ。やはり猫耳さんは
そして何かに触れた瞬間、意識すらも灰色に塗りつぶされて
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