第11話 規格外
第11話 規格外
今の思わせぶりな間はいったい何だったんだ。
頭の上を探ろうと伸ばしかけていた手を下ろす。
とりあえず自分に猫耳が生えたわけではないようだ。
「討伐隊……最大戦力は、アルカンドラの
もしゃもしゃと口を動かしながら喋りはじめる猫耳さん。
すでに発言の唐突さにも慣れたものである。驚いたけど。
聞き覚えのある皇帝さんの名前に、初耳の単語が付け足されている。
でも口の中に物を入れて喋るから思慮深げな表情が説得力を伴わない。
「だから大半は……戦力外で、最初から死灰の
詰め込みながら口を開いても食べカスをこぼさない。器用な喋り方だ。
でも悲しいかな、だからといって聞き取りやすくなるわけではない。
そしてやはりシハイのオウケンという単語の説明は無かった。
いやそこは分かれよと。いや分からせろよと言いたい。
「今、帝国近衛兵で生きてるのはハロン、ジェイ、ストーク……」
騎士さんたちへと目を向けながら名前を挙げてゆく猫耳さん。
出発前に名乗っていたのを全部覚えているのか。流石は猫耳さんである。
当然、並べられた固有名詞は自分にも聞き覚えのある名前だ。
実は肩書きが騎士じゃなくて帝国近衛兵だったという驚愕の事実が判明である。
まあ呼び方うんぬんは自分の中で勝手に決めてたことだし今さらだけど。
これまでの呼び方を変えるのも
「……カイト、ロビン、カナリー」
騎士さんたちは出発前に名乗り口上があったから覚えている。
なにぶん『○○の所で指示を仰げ』みたいな間接的な指示があるといけないなと思って全員のフルネームまるごと暗記した身である。まあ実際には間接どころか誰からも指示を受ける機会が無かったから、今のところ何の役にも立ってないかな。
そんなわけで、自分の記憶が正しければ間違えようが無い。
記憶喪失の自分が言っても説得力は無いかもしれないけど。
いつも少し先行して歩いている騎士さんの名前がカナリーで、やたらと刃物を研いでた騎士さんがカイト。あとロビンという人はここまでの間にあまり目立ってない、ちょっと地味な騎士さんだ。まあ強いて言うなら剣の扱いはかなり上手かったのかな、という程度である。ていうか顔に
まあファーストネームの被りは無かったから覚え間違いは無いはずだ。
正直に言うと騎士さんたちって、猫耳さんと比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。技術的な問題だけでなく、身体能力に於いても同様だ。単純な腕力の強さだけに限定しても、大賢者さん以外ではまず勝負にすらならないだろう。というよりむしろ猫耳さんの規格準拠が色々と異次元レベルなので、比較対象には相応しくないような気もする。猫耳さん以外の人の印象すべてが霞んで見えてしまうのは何かやばい病気の兆候なのではないだろうか。
ああ、心の中でも名前で呼んだ事はないから、そういう意味ではこうして騎士さん達の名前を聞いているとちょっと新鮮な感じはするんだけど。
……え、いや、でも、アレ?
ちょっと待った、
「それ以外だと、ホバーホークも健在」
ああ、うん。だよね。
騎士団長さんもちゃんと含まれてるか。さっきもこっち睨んでたし。
でも
だから少々気になる。
忘れているというわけではないはずだ。
聞き間違え、覚え間違え、あるいは自分の見間違えというわけでもなさそうだし。
名前を呼ばれていない人がいる。主に顔色悪い人だけど、そうでない人もいるな。
他の騎士さん達よりも数段くらいは機敏に動いて魔物を退治している。
あれが健在ではないって、いったいどういう意味なの?
何かの
「大賢者が皇帝の手駒に加わっても――あの程度なら、どうにでもなるニャ」
猫耳さんは
大賢者さんが加わるも何も、元から皇帝さんの手駒だと思うんだけど。
こうして改めて見ると、猫耳さんの
猫耳さんが備えているのは、柔軟性を損なわない程度に引き締められた筋肉。
女性特有の雰囲気を醸し出すような描写表現を要さない中性的な細身の体型。
性格に関してはむしろ
猫耳さんは
いや、そんなことより、どうにでもなるってどういう意味なの。どうするの。
気になって仕方が無い。聞いても無駄だろうから聞かないけど。
「だけど、何かは分からない……思い出せないだけかもしれない」
喋りながらも食べる。食べながらも喋る。
基本的に猫耳さんはマイペースだ。超スピード的な意味で。
同じ事を二度も喋らないだろうから、聞き逃すわけにもいかない。
今は食べる勢いとは裏腹に、喋る声はボソボソとした呟きに近い。
自信が無さそうで、猫耳さんらしくないと思ったが、別の意図に気が付いた。
周囲には聞こえないように、声を抑えているのだろう。
「でも何となく、臭う。ありえないのに。でも、間違いなく」
干し肉の袋をひっくりかえして、残った破片を口の中に放り込む猫耳さん。
物理的に臭うとかいう意味ではないだろう。そういう意味じゃないよね?
いや、確かに、騎士さんたちって近付くと汗臭かったりするけど。
大賢者さんもちょっと体臭キツいような気もするけど。
でも何となくなのか間違いないのか、そこはハッキリしてほしい。
というよりも、いったいコレどういう趣旨の話なの。
もしかして誰かの陰口だったりするのだろうか。
「誰かが、凄く危険な何かを隠してる、かもしれない」
口の周りにくっついた食べかすを舐め取りながら、猫耳さんは呟く。
はっきりしていない事を意味深に言われても対処できない。
まあはっきりした問題点の対処もできるとは言えないけど。困る。
でも猫耳さんに危険な何かって言われても、ちょっと想像が付かない。
それは猫耳さんの空想の中にしかない架空の存在ではないのだろうか。
猫耳さんにとって危険なものなんて本当に実在するんだろうか。
もしそんなものが実在するなら、実在した時点で色々と手遅れな気がする。
全力で逃げるにしても、隠れて逃げるにしても、成功のビジョンが
事前に対策を立てるにしても無理があると思う。
「それもたぶん、アイビスじゃ斬れないような――――」
猫耳さんはそこで言葉を切った。
目を僅かに細め、視線が鋭くなる。
いつになく真剣な眼差しだ。
それは希望を抱いた目とも、何かに絶望した目とも違う。
いつのまにか目が合っていた。正面から見詰め合う格好である。
ていうか斬るのか。
場合によっては同行者を斬る事まで想定してるのか、この猫耳さん。
そんなこと考えていられる環境でも状況でもない気がするんだけど。
いや、厳しい環境だからこそ
「――――今は、まだ」
一言だけぼそりと付け加えたあと、猫耳さんは目を逸らせた。
え、何。今の見つめ合った時間にはいったい何の意味があったんだ。
あれ、ていうか今の会話『ニャ』はどこいった?
猫耳さん、最後に語尾を付け忘れていたような気がする。
語尾について尋ねようとしたら、猫耳さんはすでに遠くを疾走していた。
肉を食べて元気が戻ったのだろうか。獲物を見つけた時の走り方だ。
……ここからだと魔物なんて全然見えないけど。
そんな
ふと気が付く。
いつの間にか風が止んでいた。
そういうことじゃない。何かが違う。
何か変だ。どこかがおかしい。
辺りを見回しても特筆するようなことも無く、違和感も感じない。
これは……しかし、
どこを見ても異変は見当たらない。今、起きているわけではない?
もうすでに何かが起きている、ということだろうか?
ああ、足りないものがある?
つまり、ここにはあるべき『何か』が無い?
いや、それとも居るべき『誰か』?
瞬きひとつの間、音が消えた。
直後に、爆音。
振動。あるいは、衝撃。
背後から大量の粉塵が叩きつけられ、視界が遮られる。
遅れて、大小さまざまな岩の破片が雨のように降ってくる。
地面が大きく揺さぶられ、避けるどころか立っているのも困難だ。
規模こそ違うけど、前にも似たような事あったなあなどと感慨に
振り向く。
粉塵が晴れると、いつからそこにいたのか。
何をどうやっても視界に入るような、巨大な存在。
見る。
いや、
かなり離れているはずなのに、視界に収まりきらない。
遠近感が狂う。全容がまったく把握できないほど大きい。
近接距離では、何かがいることさえ理解できないのではないだろうか。
それらを言葉にすると、まるで巨大な人間のようにも聞こえるだろう。
だがそれも
確かに、それらは人間のそれにも似ている。そう見えなくもない。
しかしこれは、明らかに人間ではない。どう見ても覆ることは無い。
なぜなら、
それぞれの
位置関係も変だし、各々の大小関係も
全体で見れば、明確に違う。それは
そう確信してしまうくらいの異様。異質。異形。
つまりは、魔物だ。
人間に似たパーツを備えた魔物は初めて見る。聞いたこともない。
だが何よりまず、その魔物は
立ち
それよりも高い位置まで細長い胴体が伸びている。
いや決して細くは無いが、縦横の比率から言えば細長いのだ。
伸びているというか、むしろ
塔のようなと表現するのも、まだ
現実的な物質で構成された生物なら、とっくに自重で潰れている。
もしこの魔物が倒れ込めば、逃げ場はどこにも無い。
すべてが等しく押し潰され、地面に
全力で遠くに離れても逃げ切ることなんてできない。
彼我の距離など無いものと考えたほうがいいかもしれない。
胴体から伸びた手? 足? そういった何かが、魔物の胴体を支えていた。
長く伸びた魔物の支点、その下に散らばる、何かの破片。
赤黒い
ふいに気が付く。
魔物の近くには、多数の肉塊。
元の形から大半が欠落して、全く動かなくなった何か。
端からピンク色がこぼれていたり、白い色がはみ出して見えるものもある。
それは、
現実感が無い。
いったい何人が下敷きになったのか。数えるのも大変そうだ。
あと、ひとつだけ言うべきことがあるというならば。
その中から、見つけてしまったというべきか。
見当たらなかった何か。もしくは、誰か。
それは珍しい、
ああ、なんだ、そんなとこにいたのか。
道理で、探しても見つからないわけだ。
大賢者さん、
……半分くらい潰されてしまっているけれど。
みんなの視線が、自然とそこに集まっていた。
何が起きたのか察した者から、言葉にならない悲鳴が上がる。
半ば引きつったような
怒号を上げて突撃する人もいたが、魔物の身じろぎだけで弾き飛ばされた。
距離が近かった小隊は、それだけでほぼ全滅に近い状態に陥った。
直撃を免れても、
ここでは重度の傷病を治療する手立ては無い。致命傷と何も変わらない。
介錯がなければ苦しんで死ぬだけだが、それを行う余裕すらない。
運よく無事だった者も、もはや足が
というより、ほとんどの人が茫然自失として魔物の動作に反応できていない。
依存し、頼り
絶望から立ち止まって
まあ、無理も無い。分からないわけじゃない。
それほど大賢者さんが圧倒的な強さだった。強過ぎたのだ。
わかりやすい力の象徴が、より勝る力によってわかりやすく打ち破られた。
明確にして衝撃的な
そしてこの状況を見ている自分は理解せざるを得ない。
大多数の者が、この魔物と戦うより前に、戦力足り得ないということを。
つまり周囲の人間は、自分の身を守る役に立ちそうにないということを。
魔物を視界の隅に入れつつ、周囲の様子を窺う。
何かいい方法はないかと考えながらも観察と移動を続ける。
胴体と顔を寄せ集めてできたような不恰好な肩から、異常に長い手と足が互いに絡み合うように何本も生えている。そこに長い指が編み込まれる形で並び、不均等な位置に目玉が付いて、それらがまるで生きているかのように
生物であれば弱点となりそうな感覚器を大量に並べるメリットなんて無い。構造的には明らかな欠陥だ。だが見た目通りの弱点なんてあるはずがない。魔物であるがゆえに、感覚器に見えても感覚器などではありえないし、ましてや神経や血管など通ってもいないだろう。いかにも魔物らしく
ふと細かい部位の観察を止めて、魔物の全容を眺める。
首の無い鳥を大雑把に描いて引き延ばすと、こんな形状になるのではないだろうか。
もしかすると、見えない上空のほうには鳥のような頭もあるのかもしれない。
手足が絡み合ったようなあれは、翼なのだろうか。
あの翼のような何かを使って飛んで来たと。
鳥の
あんな、空気を捉えられないものが翼? 翼を使って飛んで来た?
いや、まさか。そんなことはありえないだろう。
生物の翼は、生存競争による選別淘汰を繰り返して生まれた形状だ。
あんな洗練した様子もない出来損ないの翼で、空を飛べるわけがない。
あれは単に、飛べないから落ちて来ただけだ。
それに、あんなデカブツが空を飛んでいたら目立たないはずがない。
遠くからだって誰かが見つけているはずだ。
じゃあ
視界に入るような場所に魔物はいなかった。
それも、猫耳さんでさえ察知できないような遠距離のはず。
あとは落下角度を考えれば、どこから来たのかなんて答えは簡単だ。
いや、あるいは、それよりも
なんでそんな場所にいるんだよ。
どうしてそんな場所から落ちて、自重で潰れないんだ。
魔物も削る灰色の嵐の中、どうやって巨体を維持できているんだ。
衝撃の規模を考えると見た目よりずっと軽いだろうが、それだけじゃない。
高高度からの落下衝撃にも耐えるほど頑丈なのは間違いない。
いや、そんなバケモノに、どう対処すればいいって言うんだ。
こちらが考えている間にも、魔物は
翼らしき部位が
それが胴体上部と一体化して、
デフォルメされた蛇の頭部のようにも見える。
同時に、表面から突き出た部位が内側へと雑に折り畳まれて格納されてゆく。
収まりきらなかった
極端な収縮によるものか、魔物の表面が光の反射率を増す。
魔物の全身が凝縮して変色し、黒光りすらしているようにも見える。
全高が、とうとう最初のおおよそ三分の一を下回った。
わずかに
あ、ああ、何、これ。やばい。
なんでいちいち人のモノに似せた造形になるんだ。
ていうかコレ、何か色々な意味でヤバイやつだ。
超ヤバイ。
記憶は無い。
だから全く同じものを見てはいないはずだ。
だが知っている。知識の中にあるものによく似ていた。
その挙動は言わずもがな。理解できないはずなどなかった。
翼が無いから、空を飛べるはずがない。
では、
限界まで
金属製のスプリングシャフト。
つまり、縮んだバネだ――――似てるどころじゃない、そのものだ!
「離れろォ! アイツ、跳ねるぞッッッ!!!」
自分が気がついたときには、誰かが叫んでいた。
声が聞こえた方向を確認する暇はない。考える余裕も無い。
いや、言われなくても気付いたよ。気付いたんだけど……こんなの、
轟音。
こんなの、どうしようも無いんじゃないか?
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