番外編2 剛腕より、なお強きもの

ご近所の鈴木さんが、鈴木さんでは無かった頃の話。



あゆむ、おかわりっ!!」


 ぶっきらぼうに突き出された皿を受け取り、特製スパイスで味付けしたサラダチキンを乗せる。

 おかわりするって予想していたから慌てなかったけど、今日は何人分食べるつもりなのだろう……

 最近、徐々に食べる量が増えているような気がするんだよね。


「今日は何人前食べるの? もう4人前食べてるけど……」

「あと2人前くらいかな。今日も最高だよ! さっきのサラダチキン新しい味付けだったよね? いつも味を工夫してくれて嬉しいよ。あゆむの料理が世界一だ!!」


 目の前の彼女ーー獅音しおんさんが叫ぶ。

 彼女は僕ーー鈴木あゆむより2才年上の近所のお姉さんだ。

 1年前に不良に絡まれている僕を助けてくれたんだ。

 それでね、お礼に料理を作ってあげたら、毎日食事しに来るようになったんだ。

 僕の料理が気に入ったんだって。

 それが僕にとって、唯一自慢出来る事なんだ。

 獅音しおんさんは僕と違って逞しくてカッコイイんだよ。

 いつも食後に武勇伝を聞かせてくれるんだ。

 ブレーキが利かなくなって暴走するトラックを素手で止めたり、地震で倒れそうになったビルを立て直したりしたんだって。

 僕を助けてくれた時も、絡んできた男性をお手玉の様に軽々と投げてたんだよ!

 人間を超越した怪力!!

 僕は彼女の強さに憧れてるんだけど、彼女は筋力しか自慢出来る事がないから、ヒーローをやってるって謙遜するんだ。

 料理しか取り柄がない僕より凄いと思うんだけどね……


 *


 翌日の夕食時も獅音しおんさんが来てくれた。

 いつも美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。

 でも、食べ過ぎは良くないよね。

 彼女の健康の為にハッキリ伝えなきゃ……


「そんなに沢山食べ続けたら太るよ。今はヒーロー活動で運動してるから平気かもしれないけど……」

「そういうのは太った後に考えるわ。下手な考え休むに似たりって言うんだろ?」

「真剣に考えてよ。太ったら嫌われるかもしれないよ」

「誰にだい? あゆむに嫌われるのか?」

「それは無いっ!」


 即座に否定した僕を見て、獅音しおんが嬉しそうに笑う。

 彼女を嫌うなんて考えられない。

 だって、僕の憧れなんだから!

 でも、僕が彼女が食べ過ぎない様に、シッカリ説得しないといけない。

 

 「でも、ほらっ、け、結婚とか苦労しそうだよ」


 僕は少し恥ずかしいけど結婚の話題を振ってみた。

 彼女だって結婚の話題だったら真剣に考えてくれるよね?


「なに他人事みたいに言ってるんだい。そういうのはあゆむが責任取るんだよ」

「どうして僕が?」

「なんだい? 私じゃ嫌なのかい? 私は一生あゆむの料理食べて生きていこうって決めてるのに」


 彼女が腕を僕の首に絡ませ抱き寄せる。

 そういう言い方……ずるいよな。

 どうやら僕は彼女の強大な筋力より、なお『強き力』で既に拘束されていたようだ……


 *


 20年後ーー


「珍しいね。そんな恰好して何処に行くの?」

「ご近所の莉子ちゃんが困ってるの。だから、久しぶりに軽く運動してくるわよ」


 獅音しおんが現役時代のヒーロースーツに身を包み玄関に向かう。

 太って体型は崩れたけど、凛々しい横顔は現役時代のあの日のままだね。

 太った事も20年間の幸せの結果だと思えば愛おしくも思えてくる。


「いってらっしゃい」

「夕食はステーキね!」


 いってらっしゃいの返事が「夕食はステーキ」か……

 でも獅音しおんらしいな。

 さて僕も腕を振るうとしますか。

 彼女を20年以上飽きさせないくらい、料理の腕には自信があるんだーー

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