番外編1 天才は魔法少女に憧れる

ご近所の佐藤さんが、佐藤では無かった頃の話。



 ウィーン! ウィーン!

 俺の自宅に警報が鳴り響く。


『3丁目で衝撃波を検知。振動パターンより7.62X25mmトカレフ弾によるもの断定。発砲事件です』


 目の前のモニターに『事件発生』と表示され、AIが状況を説明する。


「チンチラさん! 魔法少女の出番ね!」


 肩に乗せたチンチラという名の小動物型のロボットに話しかけている一人の少女がモニターに映し出される。

 幼馴染の里奈からの通信だ。

 何で発砲事件で魔法少女の出番なんだよ!

 それに何で俺はチンチラなんだよ!

 俺には佐藤拓海って立派な名前があるだろ?

 確かにチンチラの見た目は可愛いよ。

 でもな、名前が嫌なんだよ!

 思春期の男性にチンチラとか言うなよ!

 青春まっしぐらの17才にはキツイ冗談だ。

 フェレットとか、オコジョとか他にもいるだろ?


「魔法少女の出番かどうか分からないけど、射出準備は進めている」

「チョット! チンチラなんだから語尾にチンを付けてよね! それと射出ではなくて転移ね!」


 里奈がカタパルトに向かって走りながら、俺が語尾に『チン』を付けていない事を指摘する。

 彼女は俺に何を望んでいるのだ?

 反論しても聞いてくれないだろうから、いつも通り諦めて従った。


「準備できたチン……」


 俺のコマンドを受けてAIが射出準備を行う。


『1番カタパルト。魔法少女射出!』


 AIの声に合わせて里奈は我が家から射出されて行った。

 里奈はAIが射出って言っても怒らないんだな……

 解せないが俺にはまだ仕事が残っている。

 メカチンチラの視点をモニターに映すと、立てこもりをしている犯人と里奈が対峙している姿が映る。

 無事に犯行現場に送り届けられたようだな。

 犯人は一軒家の2階の窓から顔を出している。

 人質は20才前後の女性一人か。

 警察が説得に当たっているが、犯人は興奮して聞こうとしていない。

 危険な状況だな。


「その人を放しなさい!」

「なんだてめぇ!」


 人質を解放する様に話しかけた里奈に犯人が怒鳴り返す。

 さて、いつものヤツを送り届ける頃合いだな。


『2番カタパルト。グッズナンバー01、魔法少女服製造用高速3Dプリンター。通称、変身バンク君射出!』


 2番カタパルトから里奈専用の3Dプリンターが射出される。

 俺の送り出した3Dプリンターが犯行現場に届くと同時に、光を放ち里奈の姿を隠す。

 そして高速で魔法少女服を編み上げる。

 光が消えると、俺好みの白とピンク色を基調とした過剰なまでにフリルだらけの魔法少女服を纏った里奈が現れる。

 これが人類の英知の結晶!

 いや、里奈の願望の結晶……魔法少女だっ!!

 でも、何でわざわざ現場で変身するんだろうな?

 最初から着て行けば良かったのに。

 天才の考える事は分からない……そう、里奈は魔法少女ではないけど天才なんだ。

 だって、科学の力で魔法少女を再現しているのだから。

 どうやって開発したのか想像も出来ない、世界の科学力を超越した数々の魔法少女なりきりグッズ。

 資金供与した関係で、俺の自宅を基地に改造されたのは迷惑だったけどな。


「チンチラさん、犯人の動きを止めて」

「分かったチン」

「はぁ、チンチラって何だ?! おちょくってるのか?」


 当然そうなるよな……正しい反応だよ見知らぬ犯人。


『5番カタパルト。グッズナンバー04、重力制御装置。通称、天使の威光射出!』


 俺の射出した重力制御装置が現着して効果を発揮した。

 突如増加した重力に押さえつけられて、うめき声を上げる犯人。

 窓の淵に押さえつけられてるからキツイよな。


「天使の威光は悪人を跪かせるのよ! 今のうちに逃げて!」


 里奈の指示を受けて、人質の女性が逃げだした。

 ふぅ、これで一安心だな。

 魔法少女なのに、天使の威光なのは気にしない!

 彼女のネーミングセンスは誰にも理解出来ないのだから。


「チンチラさん、私のステッキを召喚して! 犯人を倒すわよ!」


 はっ? 何言ってるの?

 人質が解放されたんだから、後は警察に任せればいいだろ?

 これ以上は過剰だ、コッチが犯罪者になりかねない。

 俺が言う事を聞かないので、里奈が苛立ち始める。


「聞いてる? チンチラ拓海? 早く射出しなさいよ!!」


 イヤァァァァァァァァァァッ!

 俺の名前にチンチラ付けるなぁぁぁぁっ!

 思わずボタンを押してしまった……


『3番カタパルト。グッズナンバー02、戦術高エネルギー光増幅放射器。通称、魔法少女ステッキ……死滅の雷光射出!』


 あぁ! 悪魔の兵器、魔法少女ステッキが世に放たれてしまった……

 しかも死滅の雷光って言ったよAIのヤツ!

 里奈の手元に、花をモチーフにした可愛らしい魔法少女ステッキが届く。

 そして、魔法少女ステッキを天に掲げる。


「皆の力を貸して!」


 里奈の願いに呼応して、マイクロウェーブ皆の力が降り注ぐ。

 まさかフルチャージでアレを放つのか?!

 急ぎシールドシステムを送り込む。

 間に合ってくれ!


「成敗なのです! えいっ!」


 里奈の可愛らしい掛け声と共に、魔法少女ステッキから高出力のレーザーが放たれる。

 あぁ、悪魔の光が……

 放たれたレーザーの高熱で犯人の銃が消滅し、立てこもっていた一軒家の2階の半分が一瞬で消失した。

 犯人も大火傷だ……何とか間に合ったシールドシステムのお陰で辛うじて生きてはいるようだけど。

 流石に殺人になったら不味いだろうよ。

 里奈に黙って医療班を送り出す。

 彼女もやり過ぎたと感じたのだろう。

 そそくさと現場から逃げ出した。


「はぁ、何でこんな小物しかいないのよ。もっと凄い秘密結社とか出てこないのかなぁ」


 里奈は帰ってくるなり俺に愚痴を言った。

 俺は理由を知っている。

 里奈の夢を叶える為の資金を得る為に、俺が世界中の犯罪組織の口座から金を強奪したからだ。

 資金難で困っている犯罪組織が、わざわざ俺達が住む田舎町にまで来る事はないさ。

 さて、彼女の犠牲になった一軒家の弁償に行くとしますか。


 *


 20年後ーー


「最近、変な宇宙人がご近所さんに付きまとってるのよ。少し懲らしめてくるわね」

「魔法少女復活かな?」

「年齢的に魔法少女はキツイから魔女って事にしておくわ」


 魔女って設定は理解出来たけど、服のデザインが魔法少女のままだ。


「いってらっしゃい」

「いってくるわ」


 ソファーに腰掛けながら、出かける妻の後ろ姿を見て思う。

 まぁ、こういうのもアリだなーー

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