第3話 Think tankでsink out 踏まれ沈む その2

 不遇の2年間を過ごしたあと、ヤスオにも光明がさし始める。新規開拓の訪問のなかで、ある住宅資材メーカーの情報システム部長と懇意になったのである。水回りメーカー出身のヤスオにはその会社の状況がよく把握でき、その部長の信頼を得ることができたようだ。そして、その会社の次期システムの基本構想コンサルティングを受注した。飛び込み訪問から始まり、約1年間関係を築いた成果である。情報システムは企業の頭脳であり神経であり、簡単には入替えはできない、したがって、情報システムの商談の世界では、新規開拓は非常に困難であり、この受注は快挙といえた。

 基本構想コンサルティングの後には、実際のシステム構築が待ち受けていて会社規模から10億円程度の商談になると想定された。早速、社内にプロジェクト体制が作られ、同社へのヒアリングと工場見学により課題抽出を行い、次期システムの構想をまとめあげた。ヤスオは営業の立場であったが、経営コンサルティングの知識があったので、基本構想書の序章、経営課題からシステム課題を導くところを自ら作成した。

 E社に入社以来、初めて前向きな建設的な作業に就くことができ、また過去に勉強したコンサルティングのスキルを発揮する場もでき、土日も含めて作業に没頭した。

充実した時間を過ごし、次の商談にも希望が膨らんだが、撤退という形であっさり消滅した。E社は住宅資材メーカーのような業態への実績が全く無く、実際のシステム構築を請け負う力はないことが分析を進めるなかで明らかになった。しかし、プロジェクトリーダはそれを撤退理由とせずに、対象顧客の情報システム部長の発言が変わり信用できない、その部長に振り回されている営業のヤスオは営業失格である、と顧客とヤスオに撤退の理由を負わせた。E社のような閉鎖的な企業においては保身のためには他人に泥を被せることがあるのだ。

 ヤスオが20代のとき在籍したA社とE社は、同じIT業界といっても全く業務スタイルとアプローチが異なっていた。メーカーのA社は商品が顧客に支持されなければ成立しない。顧客志向、市場志向の文化があり、顧客の声を代弁する営業が力を握っていた。一方、銀行子会社のE社は産業界の頂点に君臨する銀行文化が強く、顧客を向くよりは社内の上を見る価値観であった。営業マンの役割は自社の論理を顧客に強いることであった。若いときに顧客志向のA社の文化で育ったヤスオには、顧客を見下ろすE社の仕事のやり方は肌が合わなかった。

 パッケージソフトウェア2件の撤退、そして当案件の撤退が続き、もはやヤスオにはE社での居場所は無くなった。さらに追い打ちを掛ける残酷な処遇が待っていた。

降格と給与ダウンである。世の中は年功序列から実力主義へ大きく切り替わろうとしていた。◯◯総合研究所の看板を掲げるE社は時代の先端を走らなければならない。E社人事部は突如として厳格な実力主義を導入した。優秀な人材:並の人材:駄目人材これが2:6:2の割合で正規分布するというモデルに基づき、各部門で2割の人材に低い評価をつけることが要求されたのだ。プロパー社員は優良顧客を抱え余裕で予算をクリアする一方、新規開拓が割り当てられたヤスオは予算達成はおぼつかない。中途入社で立場の弱いヤスオはまさに低評価となり、ランクも降格となった。さらに痛手であったのは、中途入社の際、いきなり高ランクを与えるわけにはいかないので、30代前半のランクで30代後半の年収水準を確保するために、調整給与という嵩上げが適用されていたのだが、ランクダウンにより、それが撤廃され、実質的に2ランクのダウンとなった。一気に30代前半のころの給与水準に引き下げられるという憂き目をみた。評価が低いためボーナスも大幅カットとなり、年収レベルで数百万が一瞬に下がった。地道に新規開拓の役割を担ってきた社員に対して乱暴な処遇であった。

 その一方、親会社であるメガバンクからは”支配人”、”推進役”等の肩書の高齢社員が天下り、生産的な仕事はないまま高給を受け取るという構図があり、ピラミッド社会、格差社会を身にしみて実感した。


 これから先、子どもたちが高校へと進学するであろう矢先に大きなダメージだった。転職にリスクはつきもので、それを承知であえてE社に挑んだのであるが、仕事で目が出ず、パワハラで精神を挫かれ、収入も激減し、想定以上に苦痛を経験した。自分が力不足であるならやむを得ないが、新規開拓という達成困難なノルマの結果の処遇には、都合よく踏み台にされたという被害者意識しかもてなかった。叩かれ、踏まれただけのE社にはもはやとどまる気持ちはなくなっていた。

 その時、E社の子会社Eサービス社にて新規事業が始まり、人材を求めているというニュースが耳に入った。銀行傘下のクレジットカード会社F社の事務運用を請け負う事業である。F社は業容拡大しており、そのために事務運用を外部委託しようとしたのである。ヤスオはそこに新天地も求めることにした。Eサービス社への出向を志願し、受理された。


 

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