第1話 これって産業スパイ?IT業界の闘い その3

 B社の新型コンピュータ資料をA社開発部に送ってから半年が経過し、季節は冬から夏に移っていた。アパレル企業のシステム稼働も安定し、次期システム検討が再開されることになった。

 A社のアドバンテージは現状システムを把握していること、情報システム部員と人間関係があること、、、それだけであった。提案機器のスペックは競合B社、C社に見劣りする。かつサポートするシステムエンジニアの技量にも問題があった。システムエンジニアを交代させようにも該当販売店は会社自体が組織として体制が弱かった。

このままではモデルユーザとしてコンピュータ情報誌にも載せてきた当アパレル会社を失うことになる。それは単に一つの顧客をを失うだけではなく、新型機種においてB社、C社の後塵を拝すことを公にすることを意味する。

 A社は会社として大胆な手を打った。ひとつは、次期システムの開発がスタートするまでに、B社、C社と同等のノンストップ機能を実装すること。次期システムの商談が半年間凍結されたことは、結果的にA社の新機種開発の猶予期間を得たことになっていた。二つ目は販売店を実績ある大手に切り替えることであった。勝つためには販売店を切るという非情な手段も容赦なく打った。

 こうして巻き返しを図ったA社は、B社、C社と闘える土俵に乗った。このアパレル企業の将来像を描き出し、現状システムの課題を明確化し、その解決のための新しい仕組み、それを実現するハードウェア、ネットワーク構成を提案書に描いた。ホストコンピュータだけではなく、全国の取引先数百社に設置する発注端末も独自仕様の特注品を製造することも約束した。機器構成と仕様、ソフトウェアの機能一覧、金額算出、連日深夜までの提案書作成が続いた。書いてはレビュー、書き直しの繰り返しが続いた。システム開発期間は約1年、金額も10億円に近づく規模に膨れ上がっていた。再び次期システムの提案書をアパレル企業に提出することができたのは年の瀬、当初の商談開始から一年半が経過していた。


 A社、B社そしてC社によるプレゼンはアパレル企業の情報システム管掌役員そしてアワジ部長に対して実施された。若手のヤスオはその場に立ち会っていない。「勇気と自信を持って行こう!」というシバタ部長とシステム担当の姿を祈る気持ちで見送った。

 仕事納めまであと数日となった年の暮れ、アパレル企業のアワジ部長からA社に採用の連絡が入った。B社、C社の提案機種と同等レベルの機能を約束しつつも、まだ姿形のない紙のみの提案で本当に勝てたのか?ヤスオは半信半疑であった。実は、裏では水面下で行われたA社の必死の工作があった。急成長のアパレル企業は株の店頭公開を計画していた。A社はそれを買い受けることを該当会社に約束した。そして、プレゼン当日の朝、A社の社長が直接アパレル会社の社長に挨拶の電話を入れていた。後の経団連会長候補にもなる大物社長からの直々の依頼を新興企業社長が無下にできるわけもない。世の中は、表舞台ではなく裏で動いていく。そういうことだった。敗れたB社の営業マンはそれを告げたアパレル企業のアワジ部長の前で涙したという。

 この経験はヤスオの人生観を根底から変え、そのことにより、その後のヤスオが進む方向に影響を与えることになった。それまで、消極的な性格で、負け犬根性が染み付いていたヤスオは、勝負に勝つということの重みと快感を肌で知った。タバタ部長がプレゼンの前に言ったように、勇気と自信を持って挑んでいくという積極的な精神を学んだ。

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