第1話 これって産業スパイ?IT業界の闘い その2
A社のシステム部門の営業に出向したヤスオは、高層オフィスのフロアいっぱいに拡がる大所帯を見て、足が震える気持ちで挨拶を行った。第一印象は事業部長が怖そう、社員はみんな賢そう、そして女子が華やかということだった。
高校が男子校、大学が理系、最初の職場が男所帯だったヤスオにとって、各チームごとに配置されたアシスタントの女子は、まばゆい存在だった。バブルが始まった平成初期、ワンレングスにボディコンの女子社員の姿は目を引いた。
担当した顧客は新興のアパレル企業。アパレル業は時代の流れに乗ると、一気に大化けする。その企業は中年女性をターゲットにした体型をカバーするデザインがヒットし急成長していた。データ量が増えればシステムを拡張する必要がある。着任早々に次期システムの提案プロジェクトがスタートした。競合は国産B社、そして外資C社である。B社は因縁の関係であった。当アパレル企業は創業時はB社のオフィスコンピュータを使用していた。しかし、会社成長に伴う3年前のシステムバージョンアップの際、A社のやり手営業マンのカミムラ氏の功績でA社にリプレースとなった経緯がある。A社はコンピュータ業界誌に当企業をモデルケースとして載せるなど、重要ユーザとして位置付けていた。ヤスオはカミムラ氏のサポート役に就いた。
現状のA社が構築したシステムは安定性に欠けていた。処理が追いつかないだけではなく、全国の得意先向け構築した発注ネットワークにてトラブルが頻発していた。B社は安定性が売りのノンストップコンピュータを開発し、虎視眈々とユーザ奪還を目指していた。また外資のC社は圧倒的な実績で信頼性をアピールしていた。A社はモデルユーザを護り維持できるのか、厳しい状況に思われた。
担当営業のカミムラ氏は顧客との人間関係構築に優れ、キーマンを接待攻勢でがんじがらめにしており、次期商談も悲観はしていなかった。しかし、システムエンジニア出身のヤスオは当企業をサポートするA社販売店のシステムエンジニアの技量と人間性に問題があり、顧客の信頼を失っていることに気付いた。そして、会社に戻り、レポートを作成すると上司のタバタ部長に直接報告を上げた。サポート体制が弱く、次期システムの商談は危ういと。
本来であれば、直属の主任、課長に報告するべきところ、組織のルールを知らない無知なヤスオは部長に直訴してしまった。しかし、タバタ部長はヤスオの報告に耳を傾け、体制のテコ入れに乗り出した。カミムラ氏の調子の良いところに、一抹の不信を感じていたのだろう。
こうして、部長が陣頭指揮を執るという重要プロジェクトに格上げされ、かつ販売店体制も強化させるというミッションがスタートした。一年半続くぬかるみのプロジェクトの始まりであった。
システムトラブルが続くなかの次期システム検討は困難であると、当アパレル会社情報システム部は次期システム商談の一時凍結を各社へ言い渡す。一方、A社にはペナルティとして担当者以外出入り禁止を通達した。A社の部長や課長等の役職者が出入りできないなか、ヤスオとカミムラ氏は訪問を許され、情報システム部員に接触しては、次期システムにおける競合他社の動向を聞き出した。
すると、B社、C社とも新型機器を利用した安全性の高いノンストップのシステムを提案していることがわかった。国産ライバルのB社はデモンストレーションでコンピュータを稼働させ、データを書き換えながらながら、ハードディスクを交換するというマジックのような芸当を見せたという。アパレル会社の情報システム部は機器が安定性に優れ、サポートも親身なB社の採用に大きく傾いていた。
この情報はA社の東京の開発部門に報告されたが、A社の機器はノンストップ運用という機能に関し、全く手が打てていなかった。ここで寝業師のカミムラ氏はその地下能力を発揮する。B社のショールーム見学帰りのアパレル企業情報システムのアワジ部長を待ち伏せし、まだ夕暮れ時のネオン街に強引に連れ出す。美女揃いの高級クラブでアワジ部長がほろ酔い気分になっていると、カミムラ氏はヤスオにA3数十ページの資料を手渡し、これを大至急コピーしろと低い声で命じた。資料のタイトルをみると「◯◯アパレル株式会社御中 ご提案機器仕様 B電機株式会社」とある。なんとカミムラ氏、店に預けられたアワジ部長のコートとカバンからB社の資料を抜き出していたのだ。
これって産業スパイだよね。でも、ヤスオには抵抗する勇気も正義感もなかった。汗をかいた手で資料を握りしめ、コピー屋に向けて走り出した。
翌日、コピーされた20枚ほどのB社資料はA社開発本部に届けられた。「覇権を争うライバル企業にマシンスペックで劣るわけにいかない、同等仕様の機器を10ヶ月でリリースしろ」とA社役員から開発本部に厳命が下った。
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