第4回

 響紀は一瞬、奈央の言葉の意味するところを量り兼ね、ただ呆然とその端整な顔立ちを見つめることしかできなかった。


 奈央も響紀と同じように、怪訝そうな顔でこちらを見ている。


 今、こいつは、なんて言った?


 両親を亡くした『女の子』が一人で住んでいる?

 いつも喪服を着ている『女の子』?


 それは明らかな間違いだった。何故なら、あの廃屋には例の喪服を着た大人の女性が独りで暮らしているはずなのだから。響紀がまだ高校生だった頃から彼女はあの廃屋のような家に独りで住んでいるのだ。少なくとも、響紀の記憶ではそのはずだった。


 こいつはいったい、いつの話をしているのだろうか?


「いやいや、違うだろ」

 響紀は、なに言ってんだ、と反論した。

「あそこに住んでんのは喪服を着た大人の女だ。お前みたいな子供じゃない」


「そっちこそ何言ってんの?」と奈央も訝しむように、「私と同い年の子でしょ? 子供なんかじゃないわ」


「はぁ?」

「なに?」


 まるで意味が解らなかった。


 奈央が誰の話をしているのか一瞬理解できず、けれど確かにあの女性の事を言っているのは間違いなかった。


 響紀からすれば奈央など子供である。一方で奈央からすれば自分の歳は子供ではないという意識らしい。いずれにせよ、響紀も奈央も同じ女性の事を話しているのは確かなようだ。しかし、それにしても何かが引っかかる。響紀はしばらくの間怪訝な顔を奈央に向けていた。


 奈央はそんな響紀に対して深い溜息と蔑んだような視線を向けながら、

「……なら、きっとその女の人は結婚してて、私が見たのはその娘か何かじゃない?」


「そう……なのか?」


「そうそう。じゃないと話が合わないでしょ? じゃあ、私はもう寝るから。おやすみ」


「あ、ああ……おやすみ」


 そう返した響紀は首を傾げたまま、二階へ去っていく奈央の後ろ姿を見送った。


 ――いや、そうは言っても、やはりおかしい。響紀は再び居間に寝転びながら首を横に振った。どんなに計算しても年齢が合わない。今、俺は二十六歳だ。俺が十七歳だった頃、あの女性も十七歳だったはずだ。その娘が今、奈央と同じ十七歳だとしたら、彼女は九歳あたりでその娘を産んだことになる。それはおかしい。流石に現実的とは思えない。


 ならば、やはり奈央の話が間違っていることになる。きっとあの若々しい見た目から、彼女の事を同い年と勘違いしているのだ。そうとしか思えない。


 思いながらも、しかし響紀は何かが心の中で騒めいている感覚に、一抹の不安を覚えるのだった。

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