2章 第3話『ストーカー』

これこそが俺らの目的だ。スプリーム4の一人に勝負を挑むという噂が入ったために急遽俺と紗耶香は教室から出て足を運んだんだ。

どんなゲームをするのかはしっかりと自分の眼で見ておきたい。


短髪の男と巫女に改めて視線を向ける。

男は、漆黒のマントに黒いサングラスをかけていた。

そして、そのマントを被った--周りは受け入れているようだが痛すぎると感じるのは俺だけなのだろうか--男は巫女装束の少女に向かって口を開く。


「我は天王院岩鄭だ。天王の血筋をひくものなり。貴殿の清純なる血と身体を我の供物として献上するがよい、ワハハハハハ」


タガが外れた笑い人形のように高らかに彼は笑った。


「この学園はあんな奴しかいないのか?頭痛が痛くなってくるぜ」

流石に、嘆きたくなり隣の紗耶香に話を振る。

「それ、誤用ですわ」

「わざとだ。そのくらいてめぇらの頭がおかしいんだよ。…というか、マジでこの学校、あんな奴しかいないのか?」


まあ、生徒会長からして沙耶香だからなぁ。

そう思ってジト目で沙耶香の目を見つめる。


「どうしてあなたが私を残念そうに見てくるのかは…聞かない方がいいわね。一応言っておくけど私はかなりまともな方ですわよ」

「古来より、自己申告でまともと言う奴は大抵まともじゃないという鉄の掟があるんだが、知っているか?」


そう言うと、何故か沙耶香は金髪の髪を自らの耳にそっとかけながら、俺の耳にピンク色の瑞々しい唇を近づける。

俺の心を惑わすように。それに対して特に何の準備もしていなかった俺は顔をふんわりと赤く染めてしまう。


「あら?あなたも中々の変態じゃない。だって、私が近づいただけで、ドキドキしているんだもの」


沙耶香は形のいい耳を片手で包んで俺の心音を聞こうと耳を澄ませるようなポーズをして、俺に流し目を向けてくる。そして、ほんのり笑って初めて1本俺からとったことを誇るような表情をする。

『美人に近づいたら大抵の男はそうなるんだよ。』

もういっそのこと、沙耶香といるときは常に詐欺師モードでいた方がいいのではないか?そうすりゃドキドキしないし。

それが頭に過った瞬間




「バトル開始」


無機質な機械音が辺りに響く。


「そういや、バトルは秘密裏に行われるもんじゃねぇのかよ」

確か、MPを払わないと誰と誰が対戦したかは分からないみたいなルールがあったような気がする。

「ふんっ。これだから、愚民は、そんなことも知らないのね。可哀想に。ま、優しい私が説明してあげるわ。感謝するのね」


そう言ってうちの生徒会長様は青色のセーラー服にかかっていた金髪を清水のように綺麗に横に流してお嬢様ムーブをする。


「まずは、バトルには2つの種類があるの。あなたが言っていたのはその一つのみに適応されるものよ。もう一つの方には、適応されないの」

「もう一つってのは?」

「あら~、あらあら?そんなことも知らないなんて愚民は可哀想すぎるわねぇ。あきれる低レベルの学だわ。愚民だから、低学なのか。低学だから愚民なのか。哲学的問題ね」

「おて」


むかついたので『おて』をさせる。奴隷制度はこんなところでも活躍するらしい。

沙耶香は一瞬ムッとしながらも従順なハチ公のように見事にお手をさせられる。


「何よ、もうっ!?ムカつきますわね」

「いいからそのムカつく説明をやめて、とっとと説明しろよ、奴隷様」

「ああ、もううっさいですわ。分かりましたわ。ってどこまで話したかしら?あなたが変なことさせるから忘れちゃったじゃないですかっ」


八つ当たり気味に小さな拳で俺の腕を犬がじゃれるようにちょこんと叩く。


「もう一つのバトルがどうとかって話だ」

「ああ、そうでしたわね。もう一つのバトルはMPの方をかけるんですわよ。かけるMPの量は双方の合意に基づいて成立します」

「じゃあ、雪野は断ってもよかったのか?」

「ええ、そうとも言えますわね。ただし、断れない時もあるのです」


「うん?奴隷勝負以外でって意味か?」


「ええ」

そんなルールがあったのか、俺はルールに熟知する生徒会長に内心で感心していた。

俺もこの島のルールに関してはまだまだド素人だ。

俺を利用としているサイもルール作成に携わったっていうし、ルールに俺に有利な穴がある可能性もある。

そういったルールは使えるかもしれない。


「どんなルールだ?」

使えるルールなのか、試しに聞いてみた。



「500万MPを払えば、対戦相手のMP上限まで強制的に勝負を仕掛けられるというルールですわ。まあ、そんなバカなことする人は見たことありませんけどね」

「何がバカなことなんだ?」


別にあってもおかしくない。強制的にMPを回収できるいい機会だろう。


「まず、第一に500万MPを払ってもリスクが大きすぎますわ。これに加えて、賭けのMPも払わなければなりません。単純に考えて500万MPと言うリスクだけがその対戦においてデメリットになってしまいますわ。第二にそんなことをするくらいなら素直に別の対戦相手に申し込むってのもありますわね。この学園は大して能力が高くないのに、自分の能力に自負を持った自信過剰な人が多いわ。そのため、大勝負でなければ、大抵の場合は乗ってくれますわ」

自分のことを棚に上げる沙耶香はいっそ清々しいほどに『自信過剰な人』を見下していた。その発言に思わず俺は歓声をあげた。

「ふむ、学園のトップたる生徒会長からして、能力も大して知らない相手に勝負を仕掛けて、結局奴隷になっちまうんだからな」

「あ、あれは不可抗力よ。まさか、この私が入念に準備していたのに負けるなんて思わないではないですもの」


純白の頬が、みるみるうちに桃色に染まっていく。

しかし、これは、照れというよりも悔しさからきているものに見えた。

腐っても、いや、奴隷化してもとでもいうべきか。奴隷化してもなお、スプリング4としてのプライドは捨てていないようだ。


「ごめんなさい。初対面の人をいきなり騙すような詐欺師みたいな女とは仲良くなれないです」

それはそれとして面白いから、悔しさとかには気づかないふりをする。

「私を振るみたいな言い方やめてくれるかしら!あなたみたいなろくでなしなんか、一生好きにならないですわよ!」


大きな瞳には、水晶のように大きな涙をためている。流石に可哀想になって話をもとに戻してやる。

実際問題、俺に好意があるというよりも一つ一つの答えに真面目に答えているだけなのだろう。


「でも、例えば、雪野みたいなMP一杯持っている奴と勝負するんなら、よくないか?例えば、500万MPで強制勝負を仕掛けて、300万MPのかけを成立させるみたいな」

「バカねぇ。そこまでMP貯める忍耐ある奴はもう少し我慢して200万MP貯めて奴隷勝負をしかけるわよ。そうすれば、雪野の財産は自分のものになるんだから」

「なるほどねぇ。しかも、あんな艶めかしい肢体を持った奴を奴隷化できるって付属条件も付くんだからそりゃあそうするに決まっているか」

一般的な男子校生なら、そうするに決まっている。俺だってあの男の夢のつまった二つの双丘に挟まれたい気持ちは少しはあるしな。

『…そんなに胸がいいのかしら』ぼそりと隣から消え入るような鈴の音の声がするがツッコミ疲れたので無視する。


沙耶香とバカな会話をしていると、『Winner 雉野 雪野』という無機質な機械音と「ば、バカなぁぁぁぁぁ!!!僕の漆黒の剣『バーン・ファイアー・アイス・サンダー・バースト』が通じないなんてぇぇぇぇぇ」という甲高いバカな声がする。

いや、火か氷か、雷かどれか一つにしろよ。あと、ずっと見ていたけどお前、剣なんて一つも使っていないじゃねぇか。


「圧勝でしたわね」

「ああ」

バカな会話をして、くだらないツッコミを心の中で入れていたのは、あまりにも完璧なプレイングを雪野がしていて見所すらなかったからだ。


今やっていたのは変則ポーカー。まずは、それぞれが二枚を山札から引いて、その後、先手後手に別れて対戦する。

流れとしては、

1.先手が山札の中から裏面にしたまま一枚を選び、裏面のまま場にそのカードを出す。

2.自分の手札として一枚手札をひく。(このカードは表にしてもよければ、裏のままにしてもよい。自分にのみ見せるのも可能とする)

3.後手が同じことを繰り返す

4.1~3の行為をもう一度する。(場には4枚のカードが出る)

5.先手が場にある4枚のトランプから好きなものを3つ裏面のまま選ぶ。(それと、自分の手札をあわせる)

6.後手が4と同じ行為をする。(この時、場にある4枚のカードは同じトランプを選んでもよい)

といった流れで行われる。最終的な勝敗はポーカーと同じように決まる。

一見運の要素が強そうなゲームである。

だが、この雉野雪野と言う女はそんなゲームで最低でもフラッシュを出し、それだけでなくロイヤルストレートフラッシュ一回、ストレートフラッシュ一回という役を決めて10回にわたる(運の要素を極力排すためにゲームの時間と天秤にジーニが決めた回数)勝負を一度も負けることなく完勝を果たしたのである。

すべての役の出る確率を踏まえて計算したところ、一億分の一の確率を当然の神の導きのように、いともあっさりと引いたようだ。


「イカサマか?」

俺は震え声が出ないように声のトーンを一定に抑えて隣の沙耶香に聞く。

「これだけの衆目の中よ?単なる能力じゃありませんの?」

その疑問には俺は答えない。

いや、答えることができない。


なぜなら、俺の見たところ能力発動の気配がないからだ。

アメリカでも能力者レベルの異能持ちに、詐欺を働いたことはある。天然の異能もちだ。

だが、そういう奴らは能力を使った時に徴候が出るものだ。黒川沙耶香が能力を使う時に風を巻き起こしたり、エメラルドの瞳が黄金に変わったりするのもそれだ。


もちろん、これは黒川沙耶香の性格が思いの外、真っ直ぐなことにも起因する。

性格と、能力発動の前兆は比例する関係にあるのが俺の経験則だ。



「お前、こんな奴に勝ったことあるのか?」

俺は、奏君から聞いたことのある情報を隣の紗耶香に投げかける。

何を隠そう、奴隷勝負以外で負けたことのある唯一の勝負が黒川紗耶香なのだ。かけるポイントも少なかった上に、ポイントで黙秘権を買ったのか知らないが(先ほどまで全てが秘密の勝負と思っていたため理由は聞いていない)知る人ぞ知る勝負だった。もっとも、知っていても雉野雪野のファンにはそのことを認めたくがないために知らないふりをしている人も結構いるとは奏君の談だ。


「いえ、私が対戦した去年はここまで強くはなかったわ。今回の勝負なら、最低フラッシュくらいはできていたかもしれないけれど、ストレートフラッシュやロイヤルストレートフラッシュも出ないような成績だったはずよ」

隣の沙耶香は動揺を隠す気もないのか小学生みたいに素の感情を、そのまま顔面に張り付けている。

そして、

「あなた、ホントにあの『新雪の巫女』に勝てますの?」

ぽつりと沙耶香は呟く。

俺はその声に対して真剣に考える。

俺のイカサマの入る余地、未だに謎な雪野の異能、目の前でみた雪野のプレイングスキル。


すべての要素を脳の中で高速に組み立てていく。

いつも通りに、人差し指・中指・薬指の三本の指を額にのせる。

そして、俺はいつもと同じ結論に至る。

少しの自分への嘘を乗せて。


「俺が負けることは万が一にも有り得ない。雪野は強い。だが、負ける気はしないね」


そこに俺の動揺はなかった。俺にとってそれは純然たる事実にほかならなかったからだ。


「あんた、普段は草食動物みたいになよなよしているのに、こういう時だけはずるいわよね」


沙耶香は、呆れたような半眼で俺を見る。


「ご主人様に惚れたか?犬みたいに尻尾を振って抱きついてくれても構わないぜ」

「誰が抱きつくものですか!ばか!」


沙耶香の馬鹿でかい声を騒がしいと思ったのか、勝負の終わった雪野は怪しく黒真珠の瞳を細めて、こちらを見つめていた。


雉野と天彦を見つめる視線が一つ。歴代最高傑作とたちの中で評判の高かった生徒会長を倒した新入生ニュービー

その二人を見つめる背広の男。ショートヘアに額を見せるアップバングの髪型を決めた20代と見られる爽やかなイケメン。

その男は、政治家のような精悍な胡散臭い爽やかな笑みを浮かべていた。

「さてさて、どっちが勝ちますかね」

学園という庭の中で子どもを見守る教師のような傲慢さでただただ面白がるように呟く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る