2章 第2話『神知』
暮れなずむ放課後。
夕日が窓から渡り廊下に差し込んでくる。
夕日による明るさが担保された白一色の渡り廊下を俺は黒川紗耶香と一緒に歩いていた。意外にもこの学園は移動手段に徒歩を推奨していた。そのため、最新鋭のキックボードでの移動やちょっと高速のムービングウォークでの移動などはなかった。効率廚のむかつく天才にしては珍しかったから、理由を聞いたら『だって、皆僕よりもバカだもん。歩いて脳を活性するくらいはしてもらわなきゃ困るよね』だそうだった。
まじで、俺の幼馴染はむかつく奴だった。
そして、俺たちは歩いているだけだったが、歩くだけでも、多数の眼が俺と紗耶香に向けられる。
奴隷ゲームのルール上、俺と紗耶香の勝負は秘密裏に行われたものだったが、俺と紗耶香の勝負は学園中の興味を引くものであった。放課後に俺に話しかける姿--といっても、あれを話しかけるなどという生易しい言葉で包含していいのかは疑問だが--を残っていたクラスメイト達は全員目撃していた。
秘密にしておくにはどう考えても無理なものだった。
ことの顛末についても奴隷も使った島中のものを使った大きな勝負であり秘密にしておけるものではなかった。俺と紗耶香の勝負の勝敗について紗耶香の奴隷から聞いたものが何人かいたらしい。
そして、一人が事実を知れば、噂はたちまちと学校中に広がった。
畏怖と興味。
学園中の人たち全員が俺と紗耶香にその感情を持っていた。
片や、無敗で勝ち進み学園全体の風紀を占め続けてきた美しい金髪の生徒会長 『
片や、その少女を入学後すぐに初めての奴隷勝負で打ち負かした新入生。
学校という狭い世間で注目されるには十分すぎる理由だった。
そして、俺らが向かう先にはそれだけの話題をかっさらっている俺と紗耶香以上に注目されている光景が広がっていた。そちらが、俺たちの目的だ。
そして、その目的を薄々察している俺たちの周りの人々は近づくほどに俺と紗耶香に注目する。
恐怖心からか、凝視するような人たちはいないが、それでも俺たちのことをチラチラとみる視線は分かりやすいほどに感じられた。
注目が手に取るようにわかる。俺たちを見るために俺たちに追いつかないようにゆっくりと後ろを歩く人。俺と紗耶香の行く先が気になり、トイレに行くふりをして教室から出る人。歩きながらの方が勉強的に効率がいいからといいながらベンチの上での勉強を中断して腰を上げて立ち上がる人。
そんな人々の様々な視線が入り混じる。
その中でも特に気になる視線を後方に感じる。生徒ではないような視線。だが、俺は気付かないふりをする。
視線を先に移す。
俺と紗耶香の遠目には黒髪の少女がいた。他の生徒は、その少女を中心とした円を作って彼女に話しかけていた。
彼我の距離は200mほど。
先に述べたように俺たちに対しても注目は集まっており、周りには人が大勢いた。そのため、その距離にも関わらず黒髪の少女の周りの人たちはちらちらと俺たちに敵意のこもっているような視線を向けてきていた。
スプリーム4の生徒会長とそれを倒した俺がスプリーム4の一角である少女に近づくのを少女の取り巻きたちが警戒するのは無理からぬことだ。
ただし、中心にいる少女は気づいているだろうにこちらへと視線を向けることは一度もなかった。
中心にいる少女を改めてみる。
濡れ羽色の黒髪を持つ少女。その髪は、染めた後もない処女にしかない健康的な艶やかさを持っていた。
胸は、みかん、桃、メロンの中なら、メロンと表現したくなるような豊満ものだった。
鼻は高く、眼は一見すると優しそうに細められて周りの人々を見ていた。
余裕のある大人の雰囲気を醸し出す美女。
『あの子を奴隷にしたい。』まともな神経を持つ男ならば--良心などを考えなければ--そう思ってしまうのも仕方がないこと。そう思える少女だった。
だが、それは今の雉野雪野にとっては付属情報に過ぎない。
今、彼女が注目されている理由は、豊満なオッパイでも、清純な瞳でも、流麗に流れる艶やかな黒髪でもない。
彼女の圧倒的な奴隷勝負の数こそが彼女をより特徴付させる。
そして、その奴隷勝負の数は同時に下賤な隠された思いをも暴くには十分なものだった。そして、それだけでは彼女を表すには不十分な言葉となる。具体的な数字も知るべきだ。
彼女は奴隷勝負において1000戦無敗という成績を残していることである。これは、無敗がすごいということのみを意味しない。
それだけの勝負を受けてきたことそれ自体が常軌を逸しているのだ。
つまりは、ほとんどすべての受ける必要のない奴隷勝負を受け入れ、勝利を収めてきたことを意味する。
彼女にとって数多の雑兵などとの自分の貞操をかけた勝負などとるに足らないものなのだ。その勝負の数は、言外に『自分が絶対に負けるはずがない』という自信を物語っていた。
優しそうな表情とは裏腹に絶対の自信を持つ証拠であった。
それらのどれも耳目を集めるには十分なものだった。
彼女が注目される要素としては、十二分に過ぎるだろう。
それでも、学年最高位の人気をもつ理由はこれとは別にある。
全く持って、属性過多にもほどがある。
それは、彼女が、四六時中、コスプレイヤーもかくやという緋色の無垢な巫女装束を着ている点である。
本土で美女コスプレイヤーが人気を集めるように、一部で熱烈なファンが居るのが彼女である。
紅葉学園には制服があるものの、特例で制服以外が認められている場合があり、その特例の象徴的存在こそが目の前でおっとりと微笑む彼女なのである。
その美貌を観察するようにしばらく見つめていたら、横合いから怒ったような声がする。
無機質な中にとげを交えたような響きの声だ。
「あれが、神知 『雉野 雪野』よ。彼女は、絶大な人気を誇る生徒よ」
「一番最初の説明が能力ではなく、人気のこととはなぁ」
俺は、そう言って奴隷第一号となった金髪の少女をちらりと見る。
「なんですの。ホントのことを言っているんですから、いいじゃない。何も知らない新参者は黙っていなさいよ」
「ふーん。そう言えば、これは噂話程度に聞いた話なんだが、黒川沙耶香ってスプリーム4の中では唯一、熱狂的なファンがいないんだってなぁ」
俺は、奏君から聞いた情報で煽りをかます。
「それが何です!私は、学園の秩序を守る為に嫌われる役割も担っているんだからそれでいいんですわよ」
何かを我慢するように拳をぎゅっと握りながら、済ました顔で俺に反発する。
だが、俺が煽ったとは言え理由をつけて強く否定する姿は、自分の人気というものを少なからず気にしていることを示すには十分なものだった。
ゲームをしていない時の沙耶香の感情は分かりやす過ぎるのである。
「生徒会長よりも人気だからって嫉妬すんなよ。お前も十分可愛いぜ」
主人の俺は奴隷の少女の心をケアするべく、からかい混じりに視線を向ける。
「な、な、な、何を言っているのよ!あんた!私の美貌が見目麗しくて芸能人よりもきめ細やかな肌と、東洋人離れした顔立ちを持っている美女だなんてあんたなんかに言われても嬉しくなんてないんですからねっ!」
さて、どこからツッコミを入れようか。
「テンプレツンデレ乙。それよりも、能力の説明をしてくれ」
自分から煽っておいてなんだが、なんか面倒くさくなったので一言で済まして本題に入る。
「つ、ツンデレって、何を言っているのかしら?私があんたみたいに下賤の民に靡いてデレる訳ないでしょ!」
金髪を振り回してつんのめったように俺に顔を近づける。
俺は、その桜色に紅潮した頬を雑に持って、俺の方から雉野雪野と呼ばれた少女の方へ向ける。
「ああ、もう面倒くせーなぁ。それよりも、あいつの情報を教えろっての」
俺は、唇付近につけた奴隷スイッチを押しながら黒川沙耶香に喋りかける。
「あんっ」
甘ったるい吐息を抑える声。脳幹・偏桃体に埋め込まれたプラグインが、一瞬の猶予もなく作動した結果だ。
紗耶香は必死になって自らの意思とは反する声を抑えようとした。が、返ってそれが何とも言えない艶やかさを表現してしまっていた。
上気した桜色の頬。快感が強すぎるのか、うっすらと涙によって濡れてしまっている目。声を我慢する意固地な紗耶香の性格を表す引き結ばれた唇。それが、公共の場で表現された。
しばらくして、口を膨らませてこちらを見やるが反論はしない。ただ、頬を桜色に染めている。これが奴隷制度の威力。
「救済に関する特別装置」通称『奴隷スイッチ』
この装置はスイッチを押し、スイッチを介して主人の声を奴隷の耳に通すことによって、奴隷は否応なく主人の命令を聞くことになる。(ちなみに空気イヤホンと同様に普段は透明なものとなっている。)
この装置は、逆らおうとする意思を出そうとすると奴隷に対して抗い難い快感を与える。
その快感によって奴隷の意思に関わらず奴隷の心を制する。そのため、人気が高い。ぶっちゃけた話、合法エロという奴だ。
正直な話、奴隷制度という言葉に忌避感はあったがこんな面倒な相手(話が脱線する相手)ばかりならば、あらゆる場面でこの便利な装置を使おうと思う。
話をする際にもある程度有効に使えるし、忌避感は薄くなる。
やがて、その奴隷制度の強制力は沙耶香の形のいい唇を開かせる。
「神知という言葉の通り彼女は、神のように未来を知ることができますわ。一度この島に未曾有の地震が来た時も、彼女が神知で知らせてくれたおかげで、我が校の生徒にはケガ一つありませんでしたのよ。他校の生徒は、ケガをした人もいるみたいですけど」
「他校には知らせなかったのかよ。お前、案外心が狭いのなぁ。人命が関わっている時くらいは、他校の生徒にも教えてやれよ!」
「私は教えて差し上げましたが、まるで意に介さない様子でしたわ。何でも、そう言ったことを予知する異能者はうちにもいるが、そんな報告は受けていないとかなんとか言ってましたわよ」
なるほど、その時までは神知のことを知るものは多くいなかったということか。そこまでの予知能力なら他校にも噂になっているはずだ。神知のことを知っている他校の生徒はいてもわずかといったところか。
「じゃあ、神知は今じゃ他校の生徒にも知れ渡っているというわけか」
「ええ、そうですわよ。他校の生徒では予知をできなかったほどの未来を見通した実績により瞬く間に島内でも予知者としての地位が確立されましたわ。他校の生徒が目をおくほどの人物。そして、それほどの予知能力故の無敗ですわよ。白星しか重ねないものだから、「新雪の巫女」と呼ぶ人もいますわね。その呼び名には他にも由来がありまして。…いえ、由来はどうでもいいわね」
硬質な言葉を重ねる中に、一瞬の柔らかい間があった。話の中で恥ずかし気に口を引き結ぶ瞬間が僅かにあった。
ふ~ん。普段は堂々としている沙耶香が、口にするのをためらうダブルミーニングねぇ。
少し考えて、俺は口を開く。
「つまりは、手垢のつかない処女と言う意味も新雪と言う言葉には含まれているってことか?上手い表現だな」
俺が自分の推測を口にすると、思っていたよりも初心な反応が隣から聞こえてきた。
「ばっ、バカっ、下ネタで私を辱めようって言ったってそうはいかないんだから」
「お前、ホントにテンプレだな。話の腰を折って悪かった、続けてくれ」
砕けた言葉に動揺を詰め込んでしまった少女は、俺のことを睨み付けながら話を続ける。
「本当に神のように未来を知ることができますの。麻雀なんかをやっていても振り込みはしないのはもちろんのこと、明らかに確率の悪いはずの待ち牌を待って当ててしまうことも日常茶飯事ですのよ…」
金髪の生徒会長は、途中で言葉を切って新雪の巫女から俺に視線を向け直した。
「…って何よ、何か言いたいなら、だらしない顔で訴えるんじゃなくてはっきり言いなさい」
どうやら俺は相当、微妙な顔をしていたらしい。
俺はその表情を自覚していた。なので罰の悪い表情で沙耶香の質問に答える。
「…巫女さんなのに、麻雀をやるのか?」
賭け事をやる巫女さんが新雪の巫女とか呼ばれているの?言っちゃ悪いが処女兼巫女さんと、賭け事で使うイメージの麻雀って組み合わせってどうなっているの?
「ゲームは、新雪の巫女じゃなくてジーニが決めているんだから仕方がないでしょ。それに、彼女は、奴隷ゲーム以外の普通の勝負も基本的には断らないんだから必然的に様々なルールのゲームをする機会が多くなります。中には『麻雀をやっている巫女とか、マンガの世界じゃん!最高!』とか言っている物好きもいるらしいですわよ」
俺の心を読んだように紗耶香は述べる。
「それよりも、これからゲームが始まるわ、見ておきなさい」
奴隷にも関わらず尊大な態度で華奢な指を『新雪の巫女』の方に向ける。
指し示した指先には、新雪の巫女だけでなく短髪の男がいつの間にか巫女の前に立っていた。
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