第十四話 『親指』

「どういうことですの?」

 黒川沙耶香は、左手の親指を噛む。


 4年以上の歳月を共にしてきた月野という少女。その少女からの報告が、彼女を苛立たせていた。

 


「もう一度申し上げます。黒川様のタブレットにより確認した位置に香川天彦は存在しません」

 信頼のおけるはずの彼女からの報告が繰り返される。


「それは、事実なの?」

 金色こんじきの瞳が鋭く月野を睨む。


「はい。事実です」


 そう言って、月野は黒川にタブレットを返す。


 見慣れているはずの月野ですら、彼女の瞳を見ることはできない。

 彼女の金色の瞳を見ることができるのは、対等となれる者だけだ。


 生徒では、スプリーム4くらいだろうか。


「そう。分かったわ」


 短く、黒川が呟く。

 その言葉に周囲の人間は緊張の糸を張り巡らせる。

 左手の親指を噛む動作。

 生徒会長のこの動作は、彼女のゲームへの集中を示すものだった。


 スプリーム4との対戦以外で、ゲーム中にこの動作を見たものはいなかった。

 生意気な新人ニュービーがそこまでの強敵である。そのことを周囲の人間も理解した。

 

 地図の場所にいない香川天彦が何をやったのかは分からない。

 まさか、このまま、黒川紗耶香が負けるのではないか。中にはそう思うものもいた。


 仲間たちの無理解の中、彼女は、左手の親指をもう一度だけ噛み、伝令を告げる。


「彼は、地上ではなく、地下にいます。

 確かに、彼の発想は素晴らしいでしょう。

 地図は3次元構造では見られない。このゲームの特性を十二分に活かしたものです。


 敵ながらあっぱれです。

 

 しかし、まだ、一時間以上も時間があります。地下へ続く道を一つ一つ丁寧に潰していきましょう。

 そうして、みなで包囲網を狭めていけば彼に逃げ出す場所はありません。

 彼は、何処へも逃げられない地下へ行くことで、自ら墓穴を掘ったのです」


 彼女の伝令により、周囲の者は地図が示す位置にいない香川天彦の理由を推察する。


 香川天彦が見つけられない理由を既に彼女は、見抜いていた。

 これで、黒川沙耶香の勝利は揺るがない。

 周囲にいる全てのものがそう思った。




 *


 俺の耳から単天通りのコンビニに仕掛けた盗聴器の音が入ってくる。

 それに加えて、逃げる時に黒川紗耶香の部下に付けた、発信機の情報もあった。


 時刻は、17:15。

 あと、45分逃げ切れば俺の勝ちとなる。


 俺は、移動を開始する。


「黒川沙耶香様。香川天彦が移動し始めました」


「了解したわ。月野。

 皆には、地上へ逃がしてしまうことだけは気を付けるように言ってちょうだい」


「はい、分かっております。地上へと通じる全ての入り口は把握しております。ただし、なにぶん地下には罠が多いと聞きます。もしかしたら、我々の包囲網が破られる可能性もあります」


「大丈夫。その点は抜かりはないわ。MPで、地下の罠を一時間だけ解除しておいたから」


 MPはこの学園では使える。

 それを逆手に取った戦略を黒川沙耶香は編み出していく。


(この天空島に5年以上いる人と、来たばかりという点が差を分けましたわね。

 大方、一時間くらいなら地下の罠で逃げ切れると思ったのでしょうけど。こうやってMPを使って肝心の罠を解除することもできますのよ。

 歯応えがある相手でしたけど、最後はあっけないものですね)


「では、月野、我々も勝利のために移動しますわよ」


「承知しました」


 月野と、黒川は二人並んで歩いていく。

 包囲網ができる中心点へと。


 いよいよ、『鬼ごっこ』は最終盤を迎えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る