第十三話 『勝利』

「やってくれましたわね」

 久々の極上の獲物に金髪の少女は思わず笑みを零した。


「申し訳ございません。黒川沙耶香様」

 先程まで威勢よく、香川天彦を相手どっていた黒髪の少女が金髪の少女に平謝りをする。


「仕方がありませんわよ。千明。相手の力量を見誤った私の落ち度ですわ」

 ちょうど、名前が入れ替わった形で金髪の少女は黒髪の少女の名前を呼ぶ。


「いえ、そのようなことはございません。私の失態、いかようの罰も受けさせていただきます」


「聞こえていませんでしたの?

 あれは、私のミスです。わたくし、同じことを二回も言うのは面倒で嫌なのですが」


「重ね重ね、申し訳ありません。では、また、いかような指示でも出していただければと思います」


 黒髪の少女は震える。

 金髪の少女の孤高を象徴する鋭い眼差しに。


 ”触れることのできないアンタッチャブル女王・プリンセス”。

 その名に相応しい金髪の少女がそこにはいた。


 黒髪の少女だけでなく、彼女のもとに集まった全ての人が震えを禁じ得ない。

 中には奴隷勝負で負けた男性もいた。

 その男性は顔を青ざめ、自身のトラウマを思い出している。


 気付けば、彼女の周りには音がなく、風も止んでいた。

 彼女が本気を出す時にのみ巻き起こるこの超常現象。


 そして、ライトグリーンから金色に変化する瞳。


 それらが、彼女の周囲の者の羨望と畏怖の対象になるのだった。


 *


 はあ、はあ。


「あぶねー」


 俺は、息を切らしていた。

 極度の緊張から手が震える。



 だが、助かった。



 これで、俺の奥の手も使える。



 俺の勝ちだ。



 黒髪の少女は、黒川紗耶香ではのだ。

 金髪の少女、チアキと呼ばれた少女こそが、のだ。

 俺は、敗北寸前でそのことに気付けた。

 スマホのカウントが金髪の少女と握手している最中にカウントダウンが減っているのを見て、俺は、疑念を確信に変えた。


 疑念に至る最初の違和感は、ゲーム説明の最中だった。

 ジーニは、目の前の俺のことを香川天彦と指し示していたのに対して、黒髪の少女のことを黒川沙耶香と呼ぶことがなかった。


 それを不思議に思っていた。


 そして、本物の黒川沙耶香の『そんな、男性は許しませんよ。素直に本島へお帰り頂いております』というセリフの威圧感。


 極めつけは、追い込まれた時の黒髪の少女の焦りだ。


 あれは、本物の黒川紗耶香が来る前に、俺を撃ってしまうことを恐れていたのだ。

 俺を撃ってしまえば、『黒川紗耶香』に勝利判定が出るはずなのだ。

 黒川紗耶香を勝者とするジーニの声が聞こえるはずだったのだ。


 勝利判定は、『指スマ』でだって行われてきた。

 詐欺師として働いた一週間で、勝利判定のジーニの声は覚えていた。


『『指スマ』は、香川天彦の勝ちとします』 

 その声を俺は、覚えていたはずだった。


 にもかかわらず、それらの声は今回、一切、聞こえなかった。


 そのことは、単にゲームが終わっていないことを意味していた。


「っていうか、俺も久々に酷いミスをしちまったな」


 黒川紗耶香の勝利宣言を聞いていないなど、凡ミスすぎる。

 確かに、奴隷勝負でも、ジーニが勝利宣言をするかは知らなかった。


 それでも、俺がなまっているのは明らかだ。


 俺の人の感情への嗅覚が鈍くなっている。

 これでは、これから先、サイの手伝いをするには不足だ。

 もっと、血生臭い戦場が俺には要る。

 欲望の渦が巻き起こる陰謀の中に身をやつさなければならない。


 目をつむり、自己暗示をかける。


 そして、十数秒の後、一つ呼吸をついて、ゆっくりと言葉を発する。


「俺の勝ちだ」


 俺は、あり得る全ての可能性を考え、それによって、自身の勝ちを確信から事実へと昇華させる。


 密閉された空間の中で、俺の勝利宣言がただ消えていく。


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