第六話『奏君』
サイから教えてもらった勝利条件には、正確に言えば補足がいる。
その学年度でトップの成績を誇る――つまりは、先生と政治家の連中に相対する――クラスの同意も団体戦には必要なのだが、これは、基本的には問題ないと言われている。
なぜならトップ4の生徒たちと違って彼らにはリスクがないからである。
トップ4が日本国を跨ぐことを許されなくなるのに対して、政治家たちと相対するクラスはデメリットが一切ないどころかメリットしかないのである。
もしも、トップ4が勝ってしまえばお零れにあずかれるし、仮に勝てなくても自分の能力を政治家連中にアピールするチャンスでもある。
それに、奴隷制度を絶対たらしめる、脳幹・扁桃体などに埋められた感情を制御する電磁波発生装置『プラグイン』は絶対なものだ。これによって、全ての奴隷は主人からの命令を抗いがたい快感をみなし従順に主人の命令を聞く従僕となるのだが、これを国のトップ相手にできればどうなるかを想像するのは難くない。
世界を思い通りにできるようになるといっても決して言い過ぎとは言えないだろう。
*
“ぜーっぜーっ、ぜってーサイを殺してやる。そして、俺も死んでやる“
先日と同じようにアラビスカ通りからやってきた俺は登校初日に疲れはててしまっていた。
「えっと、香川君だっけ?君、まさか、アラビスカ通りからやってきたの?」
サイへの呪詛を吐きながら休んでいると、少し控え目なアルトの音階を奏でる声が聞こえた。
そちらを向くと、手を組んでもじもじしながらこちらを見つめる小柄な少年が立っていた。
新入生らしい少し大きめのサイズのブレザーを着ており、身長同様の小さな手が、控えめに袖口から出ていた。所謂、萌え袖というやつだろう。
(少年…でいいんだよな?少女みたいに見えるが、青色のネクタイをしている。青のネクタイは男性用だった気がするし…)
俺は、鈍色の髪の毛を肩口まで伸ばし、女性のようなフォルムをした目の前の人物の性別について思考をこらしていた。
それが良くなかったのだろう。
気付けば、彼に関する情報を集めようと、彼の心の奥底を見透かすようにじっと彼を見つめていた。氷のように冷たい目が無意識のうちに彼を貫いてしまっていた。
「あ、あの、突然話しかけてしまってすみません、僕、安城奏って言います」
俺の視線におびえたように彼、安城奏と名乗った少年は自己紹介をしてくれた。手をもじもじしながら、伏し目がちに話す奏君に、――初対面の人に不躾な視線を向けてしまった気まずさもあって――俺は優しい声音を返す。
「俺は、香川天彦。よろしくな」
俺の言葉に、奏君は怯えて凝り固まってしまっていた表情を崩し、天使の微笑を携えて俺の差し伸ばした手を両手で優しく包んでくれる。
「それで、アラビスカ通りから来たのが意外そうに見えたけど、あの道以外にこの学園に入る方法ってあるの?」
「うん、というか扉が普通にあったと思うんだけど…」
「いやいや、数日前に俺が来た時はなかったぞ」
「そりゃあ休日だからでしょ?」
奏君は、その優し気な口調を幾分か呆れたものにかえる。
「…もしかして、生徒手帳とかこの学園のパンフレットとか読んでいないの?」
某天才にいきなり連れてこられたから、パンフレットとかは読んでない。生徒手帳の方も奴隷のルールとかを読むので精一杯だった。
「ああ、だがそれがどうした?」
門と生徒手帳がどういう風に関わりがあるっていうんだ?検討もつかん。
「あのね、この学園はセキュリティーのために休日は門が壁に変換されているんだよ」
「門が壁に変換されている?」
俺は、オウム返しで聞き返す。
「うん、流石は日本一の学園だよね。形状変換が一瞬でなされるようになっているんだ」
形状変換つまりは、門が一瞬で先日見た白亜の壁となるということか。つくづくこの学園はデタラメだな。
「じゃあ、土日は入れないのか?」
「いや、学長に要件を言って、入りたい時間を指定しておけば入れてくれるはずだよ」
あの白髪頭の野郎。門くらい作っておけよ。なめ腐りやがって。
「というか、じゃあホントにアラビスカ通りから来たの?」
「ああ」
「だって、あそこ、この島の面積よりも大きい地下通路って言われている地獄の迷路だよ」
マジでか?でも、地下にそんだけ通路を作っていたら地盤沈下とかしちゃわない?天才は地盤沈下すらどうにかしちゃうの?
…マジかよ!
「そうなんだぁ」
俺は、遠い目をして返事をした。
俺の朝の苦労はいったい…。
「で、でもあそこから学校に来ることができるってことは相当な体力・知力がいるっていうし、天彦君は凄いんだね」
奏君は、俺に向かって
「そ、それよりもこれからよろしくね。僕、高校編入組だし、不安だったんだぁ」
そして、話題を強引に変えてきた。
「俺も実は高校編入組なんだけど、この学校の設備は凄いよな」
あまり落ち込んでいても仕方がない。これから関わっていくかもしれない奏君に対して、警戒心を与えないように当たり障りのない会話をしようと努力した。
さしあたっては、教室の特異性を物語るのが妥当だと思い、自分の椅子である、すりおろしたばかりの黒墨のように染まったゲーミングチェアを人差し指で指し示しながら、彼の青い瞳を見つめる。
「うーん、僕は思っていたよりも普通だなって思った。奴隷制度とか、スプリーム4だとかの噂を聞いていたものだから」
けれど、奏君は俺の話には乗ってこない。
自分では気が弱いと言っていたが、自分の意見はしっかりと言うタイプなのかもしれない。
「じゃあ、奏君はどういうものを想像していたんだ?」
「えっとね。ぶわーって感じのファンタジーな感じ。魔法とかも自由に使えて雲の上に浮きながら授業をするの!それで、あま~い雲を食べながらふわふわ~って感じで」
擬音語の多い奏君の言葉に圧倒されていた。目の前の少年は中々にファジーな感覚を持っているようだ。
「雲はただの水だ。甘くないぞ」
俺は味気ない事実を口にする。
「もう!僕だってそれくらい知っているよ。けど、いいじゃん夢くらい見たって」
頬を膨らませながら、俺に向かって文句を垂れる。自分の子供じみた発言を指摘されたのが恥ずかしいのか、マシュマロみたいに柔らかそうな頬は、ほんのり紅に染まっていた。
「夢って言っても高校生だぞ、俺たち。もうちょっと現実的な夢を見ようぜ」
俺は呆れたようなとぼけた声音を出しながらも、内心では奏君と同じように頬を染めていた。
昨日『世界を変えてやるか』みたいなことを言ったことをひどく後悔していた。
(俺の方が中二病じゃねぇかぁぁぁぁぁ!)
奏君との話に出たように紅葉学園は、設備が普通の学校とは違っていた。
黒板やノートを使わずにタブレット端末を使って授業を聞いたり、机はよくある学校の机の二倍の広さでプラスチック製の軽くて丈夫なものだったり、椅子が超高級ゲーミングチェアであったりと、勉強への効率を極限まで高めた設計だったりする。とはいえ、そこまで最先端と言うほどではない。
タブレットを使う学校もあるし、机もプラスチック製というのも昨今では当たり前になっていると聞いている。
奏君が、思っていたよりも普通と言っていたのも頷けるものだった。
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