第20話 みいことおとや(7)

 やわらかな春風が吹き、桜の木がさわさわと穏やかに揺れる。アモ学の校門から校舎へ続く並木道は、このあたりでも有数の桜の名所だ。


 眠気を誘う甘やかな春の空気を感じながら、みいこは空を見上げた。

「春ねぇ」

 読みかけの本を机に置き、おとやも返す。

「春だなぁ」


 三月の午後。

 在校生代表として午前の卒業式に出席した二人は、その全行程と片づけを終え、ゆったりしたときを過ごしていた。


「来年は私たち、なのね」

 ぼんやりとした目で言うみいこに、おとやは苦笑した。

 演劇部の先輩たちに囲まれ、別れを惜しんで泣いていた姿がよみがえる。

「不安?」

 直接的な言葉で尋ねると、華奢な肩がぴくりと揺れた。

 強がるみいこをなだめよう、おとやはそんな心持ちで返事を待っていたが、みいこは予想外に力なく笑った。


「少しね」


 その背中が、いつになく小さく見える。


「ここに住むのも、あなたと過ごすのも、あと一年。少し寂しいわ」


 演技ではない、自然な声音だった。

 おとやはおもむろに立ち上がりみいこの側にひざまずくと、みいこ、とその名を呼んだ。

「どうしたの?」

 戸惑うみいこをまっすぐに見つめ、その手を取る。



「あと一年なんかじゃないよ。この先も、卒業しても、ずっと一緒にいよう」



 不安げだった瞳に、小さな光が灯る。

 おとやは穏やかにほほえむと、手の甲にそっとキスを落とした。

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