第15話 みいことおとや(5)

 放課後の聖ダイアモンド学園。

 旧校舎二階の応接室。

 そこには古びたソファがあって、これが案外寝心地がいい。

 中学の頃、そこはオレのお気に入りの場所だった。


 当時からオレはいろんな部活の助っ人に引っ張りだこだった。だけどあの頃は今ほど器用じゃなくて、部員と揉めたり上級生に絡まれたりすることも多かった。


 だから一人になりたいときは、こっそり旧校舎に忍び込んでそこで昼寝をしていた。


 しかしそこには、想定外の雑音があった。


「あーえーいーうーえーおーあーおー」


 演劇部かどこかの真面目な女子が毎日、下の中庭に発声練習をしに来るのだ。


 これが案外、心地よかった。


 オレに向けられたのではない、愚直な努力を重ねるその声はオレの心に強く響いた。その声を聞くと、プレッシャーや慢心でいっぱいの心が軽くなった。



 いつしかオレはその声に、その女子生徒に恋をしていた。

 窓から見える髪の長い女の子。


 それがだなんて、思いもせずに。





「いい声だな」


 初めてかけた言葉は、たしかそんな感じだった。驚いてあたりを見回す彼女に、こっちこっち、と続ける。上を向いたその顔にニッと笑いかける。

 女の子は顔を真っ赤にして逃げ出した。


 呼び止めたところできっと止まってくれない。そう察したオレの体は考えるより前に動いていた。

 窓枠に手をかけ部屋から飛びだす。衝撃を殺して着地し、そのまま追いかけた。


「待って!」


 彼女は驚いた顔で振り向いた。さっきまで二階にいたじゃん!とでも言いたげな顔だ。へへ、すごいだろ。




「待ってよ、オレ、君の声すごい好きだ」




 何を話すか考えていなかったオレの口から出たのは、そんな小っ恥ずかしい台詞。

 女の子も面食らった顔をする。


「毎日自主練してて、ほんとに尊敬する」


「そんなの、当たり前よ」

「当たり前じゃない。すごいことだよ」


 オレなんて才能にあぐらかいて、そのくせ嫌になったりしてるのに。



「当たり前よ。私は、みんなの期待に応えなきゃいけないんだから」



 彼女が言った。潤んだ目がオレをまっすぐに見る。その力強い瞳を見て思い出す。

 人形のように綺麗な顔立ち。そうだ、この子は『学園の姫』だ。たしか彼女は演劇部のエースでもあったはず。




 ……この子も、生来の恵みに苦しんでいるのだろうか。あの声は、この子の悲鳴なのだろうか。




 だったら、その痛みがわかる人間として、オレはこの子の隣にいたい。




「ねぇ、オレと友達になってよ」




 オレとみいこの関係は、そんなふうに始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る