第39話 聞くな(2)

 妹尾は竹島の部屋に招かれていた。落ち着いた色合いで構成された和洋交じりのレイアウトがなされているそこはいかにも竹島らしい、というのが妹尾の率直な感想であった。2人はベージュ色のソファに向かい合って座り、紅茶だけを前にして俯いていた。

 「松葉の力は私たちの手に負えねぇです。抑えきれねぇです」

 妹尾が眉間に皺を寄せながらカップに指をかけた。コースターと触れ合ってカタカタと音を立てる。彼女はハッとして指を離し、ゆっくり深呼吸をして掴み直した。


 「私も、そう思います」

 竹島は顔を上げて同意すると再び目を伏した。

 「影山さんと君島さんのお2人が亡くなるとは想像もつきませんでした」


 2人は紅茶を口に運んだ。カラメルのような甘みが舌の上を軽やかに流れ、すっきりとした後味が上品な気分にさせる。ソーサーに戻すと紅檜皮の液体がわずかに揺れて、そこからまた仄かに甘い香りが漂う。


 妹尾は落ち着きを取り戻すと自分たちが置かれた現状を語り始めた。

 「猪鹿倉さんはそういうのはあまり得意じゃないみたいですし、東さんも鈴木さんも積極的に前に出るタイプじゃないです。藤田と仁木は別にして、あとはみんな松葉の息がかかっていやがります」


 「それでも一応、性質は彼と違うみたいです」

 竹島が淡く微笑んだ。妹尾もつられて照れながら小さく笑みを浮かべる。

 「あんなのが2人もいたら最悪ですよ。それに何考えているのか、普通の人には絶対理解できねえです。ロクなこと考えていないに決まってます」


 2人の胸に嫌なものがざわりと走った。わずかな間でも近くで見てきたからこそわかる邪悪さ、しかしいざその姿を捉えようとしても全く正体を現さず、ともすると善人の皮を被っているように見える奸譎さがいかに危険であるか2人はすでに知ってしまっている。

 竹島はその考えから気を逸らすように目を伏せると、やや小さく声を出した。

 「彼も自分の命が一番だから、命を懸けてまで誰かを破滅させるようなことはしない、はずです」


 「そこはそうだと、思います」

 妹尾はしかめっ面でしぶしぶ認めた。


 竹島はわずかに身を後ろに引きながら続ける。

 「だから、少なくとも彼の意に反しない限り、突然窮地に追い込まれるということはなさそうですが……」

 だんだん尻すぼみになっていく竹島の姿を見て妹尾は慌てて笑顔を形作った。

 「そうですよ。あいつも決して馬鹿ってわけじゃねえですし……」

 ただしすぐに顔をしかめていく。あくまでもただの事実として述べているが、それさえも彼女にとっては不快であった。

 「あんないけ好かない奴に……。でも、生きるためにはしょうがないことです……」


 部屋の空気は重い。


 「この、『透明な殺人鬼ゲーム』……」

 竹島はその言葉を口にしただけで体に生ぬるい気味の悪いものがまとわりつくように感じた。誤魔化すように紅茶に手を伸ばす。


 「ここで生きていくにはああいう人とでも上手くやっていかないといけないんです。やるしかないんです。私たちが生きていくために」

 妹尾は苦虫を噛んだような笑いを浮かべたが、だんだんと真顔になっていく。

 「でも、操り人形になったら終いです。利用されてだけ利用されて、ポイですよ」

 そして静かに目を閉じると斜め下を向いた。竹島も目を閉じると囁いた。

 「そう、ですね」


 「あと1ヶ月です。何とかグループを守らないと」

 妹尾は力強く言い切った。


 「そうです。全員、良い人です」

 竹島も大きく頷いた。

 「私たちは他のグループよりも結構うまくやっている……と思います。だから、もう1人も失いたくないんです」


 妹尾の胸に温かいものが溢れる。言葉にも熱が込められていく。

 「猪鹿倉さんは人をまとめるのや人前で話すのが得意じゃないみたいですが、やってくれてます。鈴木さんは非常に慎重で、私たちが衝突しないように上手にフォローしてくれていますし、東さんはすごく深いところまで考えて、よく周りを見てくれています」

 「もちろん竹島さんも、です。面と向かって言うのは……恥ずかしいんですけど……気を配ってくれてありがとうございます」


 「私も、感謝しています。しっかりしているところ、見習わないといけないと思うし」

 微笑みながら話す竹島に対して、妹尾はどんどん顔を赤くすると視線を左右に動かし、中央に戻ってもなお竹島が自分の方を向いているのを見つけた。


 「って、とにかく、だから、もう1人も失いたくないんです」

 照れ隠しに妹尾はカップを勢い良く掴むと思い切り口元に運んでいった。はずみで少しこぼれたが、その跡は瞬く間に消えていった。んく、んく、と喉が動き、空になったカップをテーブルに戻し、深く息を吐き、吸った。


 「うん。私もそうです」

 竹島も頬をわずかに染めながら同意した。


 「頑張りましょう」「はい」

 2人は強く頷いた。こっ恥ずかしさも生死の前では些事であった。

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