第38話 帰せよ(4)

 「台本と違うじゃねえですか」

 妹尾が眉を吊り上げて座っている椅子を回転させ、その拍子に机にぶつかって大きな音を出した。睨みつける先にいたのは松葉だった。


 「アドリブですよ。結果的に上手くいきましたでしょう?」

 松葉は表情を変えることなく単調な声で言った。フォローするように若林が小さく手を挙げる。

 「……あのとき時田さんや中川さんに話を持っていかれたら今日の結果は難しかった、と思います」


 「まあ、それはそうですが……。これまで通りもう少し他のメンバーを待つべきだったし……、スタンドプレーは危険だからやらないことになっていたんじゃねぇですか?」

 妹尾は吊り上げた眉をややなだらかにはしたが、それでも態度を軟化させることはなかった。


 「ああ、あれですか」

 わざとらしく松葉が視線を上に向ける。

 「あれは影山さんと君島さん、お2人との約束ですよね? 残念ながらお2人とも亡くなってしまいましたから、もう守る必要もありませんよね?」


 「なっ……」

 妹尾は言葉に詰まった。猪鹿倉が頬をピクリと動かす。竹島と東、鈴木がさっと松葉……の後方の壁を見た。


 「僕も今までのようにこのグループで協力してやっていきたいですから、積極的にそうする、ということではありませんよ。ただ最早署名の効力はない、ということだけお伝えしておきたいと思いましてね」

 松葉は当たり前の絶対的な事実のように告げた。その言外に伝えるところを他のメンバーは容易に分かった。


 「それなら……いいですけど」

 ただ、意味が分かっても表面上は丸く収めなければならない。変に対立すれば輪を不用意に乱したとしてつるし上げる格好のきっかけを与えてしまう。妹尾は努めて平静を装って身を引いた。

 逆に前のめりになっているのは藤田だった。彼はいつ発言する機会が与えられるかとうずうずしていたが、誰も話を振ることはなかった。結局自分から口を開いた。

 「それでは今日の話し合いは結果として上手くいきましたし」


 「明日の投票先を決めましょう。先ほど共有した情報の通り、手薄になるのは水鳥たちのグループですね」

 上手いこと司会を進行しようとする藤田を松葉が細い目で見つめ、猪鹿倉が減点するように観察するが、両者とも妨害することはない。少なくとも最低限の機能は果たすと考えられているようだ。


 猪鹿倉は腕を組むと、素早く口を開いた。

 「水鳥は守られているでしょう。それに今日、松葉さんが説明した論理からすると子供たちに票を集中させるのは中々難しいところです。つまり狙いは成人ですね」


 藤田が顎に手を当てて考え込むようなそぶりを見せた。

 「水鳥さんのグループの成人を参加者全員が把握しているでしょうか? 可能性は低くありませんか?」

 即座に松葉が答える。

 「それでも学生服を着ているかどうかで大方判断できますよ。明らかに小さい加藤さんは除くとして」


 「なるほど」

 藤田は相手の意見を取り入れる言葉を使ったが、ポーズを変えることはなかった。

 「一番仕事ができるのは鳥居さんですよね? 話し合いの場で発言することも多いですし」

 彼は一応の可能性を述べた。松葉から予想していた答えが返ってくる。

 「守られているでしょう。水鳥さんは頭が回りますから、特に今日の話し合いの後なら、優秀な人に守りの票を集めているはずです」


 藤田が猪鹿倉に目線を向けると彼女は重く口を開いた。

 「北舛や仁多見は狙ってもよさそうですが、あれらは残しておいても大して役に立たないでしょう。むしろ向こうのグループの足を引っ張りますから、残していた方がこちらとしては有利に事を運べます」

 そして、冷たく言い放ち、藤田に進行を戻した。


 「あとは、須貝さんと住本さんですね」

 ターゲットは絞られていく。

 「2人とも残念ながら優秀には見えませんが、決して愚かでもないですし、水鳥さんのグループにある程度の打撃を与えられると思われます。概ねこれまで話した通りです」


 「20日以降の流れを考えるとどちらが適当でしょう?」

 松葉は、答えは大方決まっているが、あえてそれを言わずに目だけを動かして全員を見回した。そこには顔を上げてミーティングに積極的に加わっている者もいれば、俯いて耳だけを向けている者もいる。どちらの態度が正しいのか誰にも分からないが、松葉はそこから得られる何かしらの情報に片頬を小さく持ち上げた。


 その間を埋めるように藤田はすでにこの場にいる全員が分かりきっていることを説明し始めた。

 「まず前提として、このゲームでは頭の切れる人というのは一握りいれば十分なんです。中途半端に賢くても、まあ、現実ではそれに応じたポジションに収まればよい話ですが、ここでは別にいなくてもよいんですよね。船頭多くして船山に上る、ということです。だから私たちと、あと、多くて数人がいればいいんですよね」

 「代わりに、力仕事のできる人は基本的に何人いてもいいですね。いくら機械化が進んでいるといってもすぐに最適化できるわけではないし、人力の方が融通が利きますから」

 一旦そこまで話すと、彼は沈黙を作らないように「ああ」と適当な音を投げながら一度呼吸してさらに続けた。

 「子供や老人は人数が多いですし、物理的な弱者を庇うことは絶対的に正しいという刷り込みが日本にははびこっていますから。そこに理由を与えればわざわざ反対するわけにはいかなくなるということです」



**



 いじめ


 「いじめ」と言う言葉は「半殺し」に置き換えても良いだろう。つまり、犯罪である。そうすると、「いじめていた子がかわいそう」、「いじめ? ただのじゃれあいですよ。勘違い」、「いじめは生徒間の問題。警察? ふざけるな!」、「いじめられた? お前が悪い、根性がないからだ!」、「昔チョットいじめやっててさあ」などなど。ね。分かりやすいでしょ。何が怖いって、分かりやすさ欲しさに「半殺し」を使ったけれども、いじめはその程度じゃすまないことがあるんだよ。その人の人格、精神を死ぬまでのあらゆるタイミングで苛み、ともすれば死なせることもあるんだよ。それでも、放置されるの? 放置するの?

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