第38話 帰せよ(2)
栗林は暗闇の中、ベッドの上で膝を抱え縮こまっていた。瞼は力なく下がっており、わずかに開いた隙間からただぼんやりと掛布団を目にしている。彼女は時折震える唇を弱々しく噛み、その軽い痛みに眉を下げながらも瞳の中に生の悦びを仄めかせていた。
(今日、私たちが選ばれなかったのは……発想力がある、かもしれないと思われた、から……)
それは栗林を含む子供、未成年たちにとって一見都合のよい文言である。しかし、彼女にとってそれは全く安心できるようなものではなかった。
(でも……、でも、そんなに頭がよくないってバレたら……)
室内の闇に溶け込もうと彼女は胸を膝頭に押し付け、一層縮こまる。
(だって私、学校のテスト、平均くらいだし、それに、偏差値の高い学校じゃないし、それに、そんなに簡単に思いつかないよ……。子供だからって言っても……そんな、お話みたいに上手くいかないよ……)
頭の中で最近見た様々なフィクションが駆け巡る。漫画の中で警察も舌を巻くほどの推理力を見せる高校生、絵本の中であどけない質問をして国王の虚栄を暴く子供、小説の中で異常なまでにピンポイントで蘊蓄を語る中学生……。
(バレたら……嘘、ついていたことになって……選ばれる……)
栗林は目をぎゅっと瞑り、過呼吸気味になりそうな自分をか弱い全力で制しながらなんとか物音を立てないように肺に空気を取り込んでいく。
他の人たちが勝手に言っていたという理屈は通用しない。それが嘘であるとすれば、誰かが件の話をしたときに否定しないのは何故かと問われてしまえば、反論することはできない。自分に都合がよいから間違っていても黙認するなどと振舞ってしまえば他の参加者から疎まれることは疑いようもない。
(同じメンバーの……高校生の人たちは私より頭いいし、同じ中学生たちも私より……。それに、小学生の子たちも……多分、発想とか、すごそうだし……)
つい先ほど笠原の部屋で顔を合わせた面々が何か実力を隠しているようにしか見えない。何かの実力があるのに爪を隠しているように思えて仕方がない。栗林は全身に鳥肌が立つのを感じた。下半身に触れるシーツの感触が途端に細かく伝わり、さらに身に纏っているものと体の間のわずかな隙間が擦れ合う感触が妙にむず痒く感じてしまう。彼女はもぞもぞと体を動かした。
(怖いよ……)
張り詰めた感覚が暗闇の中にいるかもしれないナニかを想像してしまい、栗林は耳を尖らせた。直視することができない。見てしまえばいる。見なければいない、かもしれない。いるはずのないもののはずなのにもしかしたらいるかもしれない。
「もう、嫌だよ……」
思わず口から出たその音は本人が思っていたものよりも大きく、それ以前に音を出してしまったことに栗林は驚いた。彼女は素早く首を左右に振った。――誰もいない。いないものはいるはずがない。
(もう嫌だよ……。どうして私がこんなことしなくちゃいけないの……。別に何かがすごくできることもないし、超能力とか変身とかできるわけもないし……、そうして私なの?)
栗林は当然、散らばったカードを集めるのにいろいろな魔法を使っているなどということもないし、妖精と一緒に悪の力と戦っているなどということもない。
まして、非現実的な力の存在を考えなくとも、栗林は大金持ちでも脳外科医でもなく、有名な俳優でもスポーツ選手でもなかったし、Team.何とかの人でも強盗犯でも臓器ブローカーでもなく、不倫で托卵、ということも当然ない。
(どうして私が、こんなゲームに参加しなきゃいけないの? どうして私が選ばれたの……)
思い当たることのない理由を考えることでいくらでも逃避することはできる。そうすることで精神が安定するのであれば、ある程度意味のある行動であろう。しかし、そうしたところで全く何も前進しないし、他の参加者から大きく後れを取ることになる。ずっとそうし続けていればどうなるのか、分かりそうなものだが、栗林はそれを考えることができないほど悲観的になっていた。
(隠さないと……隠さないと……)
彼女は掛布団を自身の下から慌てて引っ張りだすと押し付けるようにして頭にかぶった。掛布団とシーツからなる暗い隙間が目の前に現れる。栗林はそこに潜り込むことでようやく体の震えを止めることができた。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
しかし、掛布団からスカートがはみ出していることに彼女は気付いていなかった。呼吸に合わせて膨らんだ布団と尻が上下する。その動きはだんだん緩やかになっていき、やがて、微かな呼吸音が聞こえるだけとなった。
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