第37話 帰するな(2)

 橋爪たちは彼の部屋に集まり、しかしそれぞれが好き勝手に過ごしていた。橋爪と小嶋は血生臭い3DシューティングゲームをCPU相手にやっていて、竹崎は隅の方に座ってスマホで食い入るようにサスペンスアニメを見ており、森本はソファの背にもたれてヒーロー物の漫画を読み、三石は寝そべりながら音楽を聞いている。ただ、その重低音はヘッドフォンから漏れていた。


 (音、大きい……)

 森本は音源の方をなるべく見ないようにしながらページをスクロールする。ストーリーは特に複雑ということもないのだが、先ほどから話の流れを途切れ途切れにしか理解できなくなっていた。その度に前のページまで戻るものだから、全く話は進んでいなかった。


 一進一退しながら森本が2巻を読み終えて3巻目の序盤を読んでいた時、何の脈絡もなく、それまで耳に入ってきていたやかましい音が途切れた。

 メンバーの視線がそこに集まる。ヘッドフォンを肩にかけた三石が「なあ」と言った。

 「俺らでさ、残りの30人くらい、殺せば終わるんじゃね?」


 (えっ?)

 森本は目を大きく見開き、つい今しがた聞いた言葉が聞き違いであってほしいと一瞬期待するふりをした。しかし、頭ではすでに、聞いたとおりであると理解していた。心臓がバク、バクと無理矢理強く拍動し始める。

 他のメンバーも似たリアクションを取っていた。橋爪は「えっ?」と声を出したきりそのまま口を閉じることを忘れている。その後ろにはGAME OVERの文字が表示されていた。

 しかし三石はそれらの反応を意に介さなかった。

 「パチンコとか出せるし」


 「そうなん?」

 小嶋の問いかけに三石は「ににぉろふ」を起動すると「パチンコ」と指示した。一瞬のうちに、スリングショットが現れた。

 「ほら、こうやって鉄球はめてさ、伸ばすと――」

 ゴムと球を押さえる右手がすっと後退し、止まり、小刻みに振動する。その手を離すと、橋爪の部屋にバチンと強烈な音が響いた。誰かがテーブルの上に置いていた空き缶が吹っ飛んだ。


 一番近くにいた竹崎がそれを拾った。穴こそ開いていなかったが、くの字に変形して亀裂が入っている。彼はその衝撃痕を無言で全員のいる方に向けた。


 「あ、別にロープで首絞めてもいけるし、銃とか刀とか出さなくても意外とワンパン余裕よ」

 三石はゴムを引っ張りながらパシパシと鳴らしている。

 「俺ら5人だから1人、6キル?」


 (三石クン、本気?)

 森本は膝を抱えながら他のメンバーが三石の案に反対するのを待った。まず自身が頭数に入っている時点でうまくいくはずもないと思った。小学生が大人6人を限られた手段で手にかけることは物理的に無理だと考えていた。


 橋爪が頭に汗を滲ませながら控えめに「いやいや、1人で6人って……多分キツいんじゃね? フツーに喧嘩しても1対2で結構ヤバいし」と言ったが、三石はゴムを弾く手を止めただけであった。三石はその手で頬を掻くとためらいなく口を開いた。

 「ま、でも、弱いところ狙えばいけんじゃね? それか時田たちも巻き込めば1人2キルだし、いけそうじゃね? 君島もいなくなったし」


 誰も賛成しない。その理由は全員同じであった。十中八九失敗する。失敗すれば、死ぬ。

 橋爪は全員の顔を伺うと代弁した。

 「ほら、ワンチャンミスったら即死じゃん? 近藤とかそうだったし」


 小嶋も慌てて追従し「やっぱ、ワンチャンはキツくね? 的な?」と念を押す。竹崎も同じように「時田、絶対裏切るって。この計画、話し合いの時、バラすんじゃね? そしたら俺ら全員死ぬじゃん」となだめ、森本は何度も頷いた。

 三石はそのオブラートに包まれているのかいないのか分かりにくい反対に抵抗することもなく、特に表情を変えることもなく、「だよなあ。ワンチャン死ぬのはやっぱキツいよな」と言うとスリングショットを傍らに置き、再び音楽を聞き始めた。


 (あ、よかった……)

 森本はその空気が緩んでいくのを感じ、追うようにぎこちない笑みを浮かべて足元のタブレットを拾った。

 他のメンバーもそれぞれの活動に戻った。時間を潰しているわけではない。そうやって時間を埋めていないと死の恐怖が蘇ってくる。


 森本は漫画の続きに戻ったが、あまりにも強烈な出来事ゆえに話の流れを忘れてしまった。まして、自分の命がかかった出来事であったのだから仕方がなかった。彼の意識は自然と直前の会話に向いていった。

 (うまくいくわけないのに、どうして……)

 ただこれが最終日手前であったらどうするべきなのか、森本は考えないようにした。直接手を下すことと「透明な殺人鬼ゲーム」で投票することに何の違いがあるのかも分からなかった。


 漫然とスクロールして画面が切り替わるのを眺めながら、森本が思い浮かべたのはここの外で行われている事実であった。違いが分からなかった。

 より幸せに生きるために人は誰かを犠牲にする。その中には何分の1殺しかに相当するものもあるが、それは直接手を下すことと何が違うのだろうか。n分の1殺しをn+1人に行っている人などざらである。しかし、それが殺人と扱われることはない。


 (だって上級の人じゃなくても、フツーにやってるし……。上級の人は殺してもフツーに捕まらないし……)

 森本は背中を丸めた。ちょうど止まったページには漫画の主人公が大勢の敵をなぎ倒す場面が描かれていた。

 (この敵の人たちも生活があるし生きているはずのに……誰かの活躍のために……捨て駒……。フィクションだけど、さ……)

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