第36話 動け(2)
藤田の部屋がモデルハウスのような画一的な内装であったのは昨日までのことで、今は事務机や事務椅子、ホワイトボードが調和を乱すように置かれていた。そこには数名の男女が集まっている。私服の面々はともかく、黒いスーツ姿のメンバーたちの姿は誰かの喪に服しているようであった。
松葉が貼り付けられた表情のまま口を開いた。
「君島さんが死んでしまいました」
その事実を改めて突き付けられたメンバーたちが示したリアクションに目もくれず、彼は部屋の隅に置かれた大量の紙束をちらりと見た。
「まあ、前のミーティングの時点で既に分かっていたことですけれどもね。初めのうちに話してくれていれば対処のしようもあったと思いますが」
鈴木にはその声がどこか1枚薄膜を通しているように朧気に聞こえた。
(私たちは全員同罪です。自分が生きていくためにはこうする他なかった)
そう思っていても決して無関心でいることはできなかった。2週間以上も命の危険を共にしていれば親近感を覚えるのは無理もない。第一、元々似た気質の相手であった。
「私たちは生きていくためにこれからも同じようにし続けなくてはなりません」
ミーティングは進行する。誰かが止めるタイミングもない。
「それでは、まず、長堂さん」
松葉が隣に座っている人物を指名すると、彼女は胸を張って前方に傾いた。
「うん。さっきも言ったけれど、朝、広間に監視カメラやICレコーダーは仕掛けられていなかったよ」
「今日ならあってもおかしくなさそうでしたね」
藤田が頭を高く上げて口を挿んだ。彼の座る椅子だけは柔らかい革張りの肘掛け付きのものである。その材質を楽しむように指先が肘掛けを撫でた。
「ニニィが何を発表するのかも分からなかったわけですし、記録していればこれから生き残りやすくなると考えても不思議ではないですよね」
「ええそうですね」
返ってきたのは松葉の簡単な相槌だけであった。彼は再び隣の席に目配せをした。
「それから、時田のグループは君島さんがいなくなることを露骨に喜んでいた。ってのは言わなくても分かることだけど、元野口くんたちのところも同じだったね。結構笑っていたよ」
長堂はそのセリフを最後にして椅子の背もたれに体を預けた。
「次は別宮さん」
松葉がその隣に順番を回す。名前を呼ばれた少女は肩をわずかに動かすと、小さく口を開けた。
「はい。水鳥さんのところは……昨日とあんまり変わらなかったです」
松葉は薄っぺらい笑いを浮かべたまま彼女の方を向いたが、彼女にはそれ以上の情報を得ることができなかったと判断したのか、それともこれ以上の情報を必要としていないのか、詳細を求めなかった。
「笠原さんのところはどうでした?」
その代わり、松葉は若林に話を振った。
「あそこは……基本的に怯えていましたが、笠原さんはたまに君島さんを睨んでいました。阿伊居の事件のせいだと思いますが……」
「何かありましたか?」
松葉が素早く切り込む。若林は喉をさすって「ァ……」と発生してから質問に答えた。
「ゲームが始まる前、笠原さんはずっと俯いていました。二瓶さんや高校生たちは気にかけていないで、どちらかというと距離を取っているよう、でした」
その声は段々とすぼんでいく。それに合わせるように松葉や長堂の目が細くなった。
「今日の発表のせいですね」
猪鹿倉が淡々と述べる。
「誰かの一番大事な人に子供のような名前がありました。それを意識していたのでしょう」
「えっと」
竹島が遠慮がちに口を開いた。
「彼の場合子供を優先する考えがありますから、そういう人のことも選び辛くなる、ということですね……」
猪鹿倉が竹島の方を向いて「そうです」とシンプルに答えた。
「投票先が制限されると思います?」
藤田は顎に手を当てると天井に目を向けた。彼の脳内でYesとNoが点滅するが、そのどちらでストップをかけることもない。
「いや」
返事は素早く返ってきた。松葉だ。
「今までの投票先にも同じケースがあったはずです。無意識では分かっていたことかもしれませんが、不透明だったものが顕在化した。だからと言って今から考えを変える人物ではないでしょう?」
藤田が「確かにその辺りが妥当ですね」と微妙にずれた答えを返したが特に反論する者もいない。これまでの調査で笠原の性格は掴んであったのだから、意味もなく争う必要はない。
話は進んでいく。松葉が首だけを動かして次の発表者の方を向いた。
「それでは、吉野さんのところはどうでしたか?」
猪鹿倉は机の陰で拳を握ると視線を鋭くし、口を開いた。
「あそこは基本的に吉野さんと同じで君島さんに敵対の視線を向けていました。しかし大半は阿伊居の名前が出るたびに怯えていました。結局、ただのパフォーマンスにすぎません」
「その他のどこにも所属していない参加者はどうでしょうか?」
藤田の部屋に沈黙が生じた。誰も答えない。やや遅れて鈴木が「特にはありませんね」と一言呟いた。
藤田と松葉の視線がメンバーの顔を一周した。
「他の方も……特にないようですね」
「ふむ……」
藤田はやや声を張った独り言を漏らした。
「君島さんに対する態度ですが……大まかに私たちのグループに対する態度と同じ、と考えてもよいではないでしょうか?」
「そうすると時田と中川のところが危ないんじゃねえですか? 理屈で動くわけじゃねえですし」
妹尾が目を細くして腕を組む。藤田が訳知り顔で頷く。
「あのグループはある意味人数もあやふやですからね」
鷲尾も眉間に皺を寄せて俯いていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「それに吉野さんたちも危険です。明らかに敵意を向けていましたし。本人は守られていて、人を動かすのにも長けています」
ミーティングの流れは昨日までとそう変わらなかった。お互いに収集した情報を伝えあい、そこから今まで決めていた流れを調整し、翌日の投票先を決めて、台本を作る。しかし、今日は君島の死という予想外の出来事により、するべきことも多ければ、処理速度も速くない。
(君島さんと影山さんがいないと……彼らがリーダーシップを発揮する……。しかし、私たちはこれから一体……)
鈴木はちらりと親指の爪を見た。年相応に歪んだ形は人生の縮図であるように見える。
(あと……29日。生き残るためにすることは、今までのような失敗をしないことですね……)
ミーティングは止まらない。様々な考えが交錯していく。不意に松葉が左腕を動かした。
腕時計がカチッと音を立てた。注目が集まる。
「とりあえず明日の投票先はどうします? 守りの票は今まで通りにするとして、これからの方針も決めた方がいいですね。どうします?」
とっさに返事をできる者はもういない。
「ないなら私が提案しますね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます