第35話 動くな(3)

 (意外と大した話じゃなかったじゃん)

 橋爪はメンバーとともに自分の部屋で昼食を食べながら、新しく発表された情報が自分の死ぬ確率をそう高めないことに安堵していた。


 誰かの一番大事な人は誰になるかと問い尋ねられれば、多くの人が彼らと同じ苗字の人物を思い浮かべるだろう。つまり、同じ苗字の一番大事な人とは大抵血縁の誰かのことである。そう推測するのは、少なくとも日本では自然なことであろう。

 当然、参加者の中には一番大事な人と自身の苗字が異なっている者もいる。


 「つうかさ」

 一足先に食べ終えた三石が口を開いた。

 「一番大事な人が身内じゃない奴って、何なん?」

 彼はペットボトルに入ったコーラをゴクゴクと飲むと、誰も返事をしないのをいいことにまたもや思ったままのことを口にした。

 「普通の家で暮らしていれば親が一番大事な人になるんじゃね?」


 恐ろしいのは、一番大事な人が血縁者ではないというだけで、ある種のレッテルを貼る人間がいるということである。つまり、家族とさえもまともな人間関係を築けない社会不適合者というレッテルである。


 「いや、もしかしたら普通じゃない家かもしれなくね。的な?」

 やんわりと否定したのは小嶋だった。昼食の塩ラーメンは丼に麺が半分ほど残っているが、彼は箸を一旦止めていた。


 三石はその言葉に表情を変えることはなかったが、口を付けようとしたペットボトルを床に置くと首の筋を伸ばした。

 「逆に尊敬できないほどの親から生まれたわけじゃね? それで、そんなところで育ったってことは、ヤバい奴なんじゃね?」


 さらにはその人間の資質自体に問題があると邪推することが可能である。


 「実際、颯真クンそうだったし。血は水よりも濃いって」

 そして、彼はどこかで偶然聞いた、無学にしてはそれらしい言葉、しかし、まったく当てはまらない言葉を使った。


 「いや、いろいろあるんじゃね? 普通に超お世話になった人とか、苗字の違う親戚とか、そっちを親よりも尊敬してるとか。あと、親の苗字、違うことだってありえるんじゃね?」

 小嶋の口調はやや険のあるものへと変わっている。


 三石の細い目がゆっくりと小嶋を捉えた。対する小嶋は無意識のうちに顎に力を入れ、掌を丸めている。「でもさ」――両者の間に割って入ったのは橋爪であった。

 「虎王クンのは同じ苗字だから家族だろ。まあ例外はあるんじゃね? 逆に血は水よりも濃い、的な? 苗字が同じでも、違っていても、アレな奴はアレだし、そうじゃないパターンもあるし、まあ、微妙なところじゃね?」


 「的な?」

 三石が目線を上に逸らしてそう繰り返した。橋爪が「そうそう的なっ」と上ずった声で相槌を打ち、「祐二クンもそれでいい感じ?」と早口で言う。


 「ん、まあ、そうじゃね? 怜誠クンの言うことも割とあるし」

 小嶋はそう答えると箸を掴み、麺を小口ですすった。


 (あっぶね!)

 橋爪は緊張を隠そうとしていたが、坊主頭に湧き出た汗のせいで露であった。両者とも後腐れを起こすこともなさそうだが、もう一度同じことが起きれば何が起こるのか彼でも分かるというものであった。

 (仲間割れ、殺し合い、つか、その隙に殺されてたかも)

 最悪の結末から気を逸らすために橋爪は「つうか、それよりさ、これ……」と明るい声を出した。そして、スマホの画面を拡大すると、全員から自身のスマホが見えるようテーブルの中央に置いた。

 「こいつの……ヤバくね? 俺でもニュースで名前、聞いたことあるし」

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