第34話 祈れ(4)

 二瓶はリビングにある椅子に座りながら、今日の話し合いを思い返していた。

 (佐藤君が……話し合いに出てこなかったのは、誰かに閉じ込められたからかもしれないんだよね……)


 (だから入室のオート承認は危険で、そもそも誰かが部屋に来るのも誰かの部屋に行くのも危険……)

 そこまで考えたところで彼女はある事実を見つけてしまった。

 (私……、入室申請をオートで承認するようにしている……)

 正確には既に知っていたが、単に目を背けていただけのことであった。この事実と先の事実を結び付けて考えようとしていなかった。


 二瓶は首筋に嫌な汗が沸き上がるのを感じた。

 (それに……)

 彼女はつい先ほど自分が何をしたのか思い出した。笠原の部屋に全員で集まった後、なかなか動けない小学生3人をそれぞれの部屋まで送った。

 (あの子たちも……)


 (もしかしたら……もしかしたら……)

 二瓶は短く呼吸を繰り返し、何とか平静を保とうとする。

 (あの中に……いるかもしれないんだよね……)

 部屋の中にはバニラと桃のような甘い香りが漂っている。その香りを何度も吸い込むうちに、彼女はようやく落ち着いて、自らの考えを否定した。


 (そんなことする子はいないと思うけど……)

 しかし、一方で二瓶はいてもおかしくないと思ってしまっていた。なぜならば小学生たちも自分が生き残るために誰かに投票しているのである。


 目を部屋の端々向けて耳を澄ませる。何の音もしない。そのことが却って何かが潜んでいるような不気味さをもたらしている。彼女は大きく深呼吸をしてゆっくり立ち上がるとそっとリビングを後にした。


 足音がタン、タンと鳴る。あまりにも静かな場所にいたためか、一度気にしてしまったためか、彼女は自分の他にもう1つ足音が聞こえているように思えてしまった。

 (でもあくまで可能性……、あくまで可能性の話……)

 二瓶は寝室のドアに手をかけると止めて、放した。


 彼女はスマホを口元に持っていくとしばらく逡巡し……「鍵」とはっきり呟いた。寝室のドアに彼女の求めるものがいつの間にか取り付けられていた。二瓶は数歩進むと自身の通り過ぎた方を振り返り、ドアを閉めて――カチャリ、と音が鳴った。





 君島たちとのミーティングを終えた後、鷲尾は松葉たちとともに若林の部屋に集まっていた。彼らは円状に並べられたパイプ椅子に座り、第2のミーティング、つまり共有すべきメンバーとだけ情報を共有するミーティングを行っていた。ただし、基本的に松葉の指示に合わせて発言するだけにすぎない。


 「明日の投票先は基本的に君島さんたちと合わせましょう」

 松葉が薄っぺらい笑いを浮かべたまま司会を進行する。

 「まあ、明日の新情報次第ですね。昼過ぎに最終調整のミーティングをすることにしましょう」


 鷲尾は目の端で慎重に松葉を観察しながら話を聞いていた。

 (彼は、信用してよいと思えないけれども……)

 鷲尾は松葉のグループに属していることになっている。だからこそ、この場にいるわけであるのだが、しかし、信頼関係を築いてはいない。


 「さて――」


 (表面上はこのゲームに普通に取り組んでいるようで、僕たちにもその顔を見せている……。でも、おかしい)

 鷲尾は本能的な違和感を拭えないでいた。この「透明な殺人鬼ゲーム」では誰も信用しないのが普通である。しかし、グループのメンバーと他の参加者を比べれば前者の方に多少は親しく、グループの中でもさらに内々のグループにはさらに親しく感じ、そう動くのが自然だろう。――鷲尾は松葉の振る舞いにそれを全く感じていなかった。


 しかし、このゲームはたかが50日であり、さらにこのゲームが終わった後には記憶に残るわけではない。その仕組みは分からないが、何をしても今後の日常に尾を引くのは自分の中だけである。

 だからそれが世間に顔向けできないことであっても、自分から話さなければ誰にも知られることはない。

 また、どのような扱いを受けていてもここにいる間だけ耐えればよいだけである。後で強請られることもない。もっともニニィの言うことが本当なら……。確実なことは言えないけれども……。


 (それに半分、支配されている……)

 鷲尾は他のメンバーを左回りに見た。別宮も長堂も若林も、松葉にある程度の信用をしているように見える。

 (理由は松葉のカリスマ性もあるけれども……)

 若林が緊張気味に話しているのを松葉はじっと見つめている。そこからは真剣さや緊張というものを見て取ることができない。

 (やっぱり、今、僕たちの中から死者が出ていないからだろう。言うことを聞けば、ついていけば、死ぬことはないと証明している。運なのか実力なのかは関係ないことだ)


 「次は長堂さん、お願いします」


 「今日、元野口くんたちのグループは徳田さんに票を集中させていたよ。で、時田たちの方は藤田さんに票をまとめていたらしいね」

 長堂が先ほどのミーティングでは伝えなかった情報を簡潔に述べていく。珍しいことではないが、わずかな緊張が部屋に走る。


 「なるほど」

 松葉の表情は変わらない。

 「それなら投票先を変える必要はないでしょう」


 (違う……。やっぱり、おかしい)

 鷲尾は思わず深く息を吸い込んでしまったが何とか表情を取り繕った。ついに彼の中で認識が一線を越えた。

 (今の話通りに考えればそうはならない。藤田さんに票を集めていれば……)

 そう考えたくなくとも、生き残るためには最も合理的な選択であった。

 (何より、松葉自身が前に言っていたことだ)


 鷲尾は長堂の方を見た。背筋をまっすぐ伸ばし、足元をパイプ椅子の内に曲げ込んでいる。その顔はまっすぐ松葉の方を向いており、微笑みを浮かべている。

 (長堂さんは嘘をついている可能性があるけれども、よく分からない。ただ、松葉はそれを見抜くことができている)


 (彼は他人の嘘を見抜く能力は高いはずだ。それでも、投票先を変える必要はないと素早く見抜いてすぐさま判断できるほどなのか?)

 既に鷲尾はそう思えなかった。

 (ということは……彼は別のソースを持っている? 僕たちには教えていないソース……)


 「では、次は鷲尾さん。お願いします」

 松葉のねばついた目が鷲尾を見据える。鷲尾は小さく咳払いをした。

 「ええ」




**



 野焼き


 僻地に行くとモクモクモクモクと当たり前のように野外焼却が行われている。法的には例外で認められているからって、何をしてもいいと思っているのか、少しくらいいと思っているのか、やりたい放題。警察や消防がグルだと目も開けられない。工場が同じ感覚で排水垂れ流したら大問題なのに。甘過ぎると思う。コスト云々言ってもそれが時代の流れなのだから、不平不満を口にするだけで新しい機器や手法を導入せず、社会に適応しないというのなら廃業するのが世の倣い。

 あるいは電話やスマホが使えないから狼煙で通信しているのかも。猿並みだね。自分たちで自分たちの質を下げているのに相応の扱いには文句を垂れる辺りの低劣っぷりは理解できない。

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