第34話 祈れ(1)
「ねえ由香里ちゃん」
「何、彩々ちゃん?」
2人はソファに隣同士に座り、お互いに見つめ合っていた。睫毛の数も数えられる。相手の瞳に自分が映っている。一方は参加者の中でもトップクラスの可愛さを誇る岩倉、もう一方は子供らしい可愛さの白川、陳腐な表現ではあるが一方は鑑賞用の薔薇、もう一方は野に咲くタンポポと言えば両者の可愛さの違いが分かるだろう。
2人は白川の部屋にいた。岩倉がそこを訪れたのはミーティングを終えた直後のことである。他のメンバーが自分の部屋に戻っていく横で白川はよろよろと立ち上がることしかできず蒼白な顔でふらついているところに、岩倉が「大丈夫?」と声をかけた、ということであった。
「あのね、ありがとう……。今日、あんなことがあったから……怖くて……」
白川は頬を薄紅色に染めて視線を逸らそうとした。その肩を岩倉は優しく掴む。
「ううん。私も怖かったよ……。彩々ちゃんがお部屋に入れてくれて、すごく安心したよ。それに、最初に話しかけてくれたのは彩々ちゃんの方からだよ。彩々ちゃんのおかげだよ」
数日前から彼女たちは少しずつ話すようになっていた。自己紹介やグループ内の仕事に関するやりとりだけではなく、今や好きな食べ物や趣味などのプライベートな話をするまでに親しくなっている。
それは白川にとって新鮮すぎるものであった。単に都会の生活が真新しいだけではなく、上級国民の暮らしというものは彼女の想像を超えていた。そして、それは岩倉にとっても同じであった。
「由香里ちゃん……」
再び両者は目を合わせた。初めに踏み込んだ会話をする前から白川は岩倉に憧れを抱いている。犬塚が死んだ、というよりも再びメンバーの誰かが死んだことにより白川に訪れた恐怖はその想いをさらに高めていった。
「彩々ちゃん、羨ましいな」
その相手から思いもよらない言葉が聞こえてくる。彼女が首を傾けるとその髪がサラリと流れ、甘い香りが白川に届いた。
「えっ、私のどこが?」
白川は口をぽかんと開けて大きく目を広げた。
「だって、こんなに可愛くて、それで、自由で……」
岩倉はゆっくりと瞬きをしながら白川の肩に置いた手をスルリと肘まで滑らせた。学生服の上からでもその掌の熱は素肌にまで伝わり皮膚の上に温もりを残していく。
「柔らかくて……」
岩倉は手をそのまま滑らせ続け、白川の掌までたどり着くと、指を絡ませた。その瞳はいつも以上に艶があり、粘ついているように見えなくもない。
「そ、そんなことないよ……」
眉を下げ、頬の赤みを増し、白川は目の前の相手から離れようと頭のどこかで考えるも体を大きく動かすことはできなかった。2人の距離が徐々に近づく。
「ずるい……、こんなに素敵なのに」
岩倉は絡めた指をするりと放した。
「あっ……」
白川は思わず小声を漏らした。名残惜し気な声を聞いた岩倉は微笑むと白川のセーラー服のリボンに手を伸ばした。そこから鎖骨をかすめて首筋を辿り、顎のラインを撫でた。
「可愛い……」
白川は顔一面が紅く、小さく震えたまま目線をキョロキョロと動かしていたが、ついに岩倉と目線を合わせると目を閉じようと――。
岩倉はくすっ、と微笑むと手を引っ込めた。
「ごめんね、冗談だよ」
白川は胸に手を当てながら「も、もうっ……」と形式的な非難を行った。しかし、心臓は激しく鼓動し続けていたし、背中にじっとりと汗をかいていた。もしかしたら、お友達同士の仲良しの程度が少しだけオーバーするかもしれないと考えてしまっていた。
やがて落ち着いた白川は話題を何とか変えようと、なおも見つめ続ける岩倉に尋ねた。
「あのね……究君が言っていた……真妃ちゃんと比べて優先したのって……誰なのかな、って。もしかしたら由香里ちゃんかな? だって……」
しかし未だにおぼつかない口調であったため、岩倉にあっさりとイニシアチブを取られしまった。
「ううん、もしかしたら彩々ちゃんかもしれないよ。だって可愛いんだし」
(別の、別の話……)
可愛い、可愛いと目の前の少女から至近距離で連呼されて、白川は瞬きを繰り返し声を上ずらせながら思いつくがままの言葉を引っ張っていく。
「でもね、でもね、究君も大変だよね。……真紀ちゃんと誰かのどちらか1人しか助けられなかったって……」
「うん、そうだね……」
岩倉はわずかに目線を逸らすとソファにもたれかかった。白川もまた真似をしながら肩の力が抜けていくのを感じた。
「それが誰なのかみんなに教えないの、優しいよね。だって、もし、みんなが知っちゃったら、その人が……その……いじめられるかもしれないし……」
彼女はそう言いながらほんの一瞬、水鳥に心酔しているメンバーの顔を脳裏に浮かべた。しかしすぐにその数人だけに限った話ではないと気が付いた。犬塚よりも優先された人物ということは、つまり、その人を優先順位が自分よりも上かもしれないと思っても不思議ではないということである。
「うん」
「究君はみんなのことを考えて、仕事の出来で判断したって言っていたけれど、やっぱり、少しだけ見た目とかが……あるのかなって……」
もじもじと俯く白川に岩倉は再び近寄るとそっと尋ねた。
「今日、狙われていたのは自分だったのかなって不安にならない?」
「うん……。究君はもう大丈夫って、守ってくれるって言っていたけれど……」
「それなら……」
岩倉は小首をかしげると微笑み、手を前に差し出した。
「それなら、私、彩々ちゃんのことを守ってあげる」
「えっ……」
白川は再び顔を赤くした。同い年の、憧れの女の子から、グループを裏切るリスクを背負ってまで護ると言われたのである。
(やっぱり、由香里ちゃん、すごい。私と違ってしっかりしていて、それなのに私のことを守ってくれるなんて……)
「その代わり、その代わりね……」
岩倉は眉を下げると目を潤ませて頬を染め、そこに両拳を添えた。
「私のことも守ってほしいな……」
白石はオーバーヒートを起こし、ただコクコクと頷き続けることしかできなかった。つい先ほどまで自分を守ってくれると言っていた凛々しい騎士様が一転、庇護欲をそそるお姫様になって、その子から頼まれているのである。甘い匂いがガンガンと彼女の脳に直接流れ込んだ。守らないという選択肢はない。
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