第33話 祈るな(4)
広間にはいつもより早く参加者が集まっていた。昨日の今日で、もし、システムにエラーがあって広間に行くことができなかったら……死ぬ。実際、そういうことがあり得るのかは誰にも分からないし、今まで起こってもいない。しかし、確実に起こらないとは言い切れない。10日目にニニィが取り乱してスマホが使えなくなったことがあるのだから。
(死にたくない……。頼みます……)
山田は撚れ気味の服が目立たないように背を丸め、隣の人物と話すこともなく時が来るのを待った。
広間が暗くなり、モニターが上方に現れる。そこにはいつものようにニニィが映っていた。
「はいっ、『透明な殺人鬼ゲーム』、今日は17日目です。全員揃っていますね。投票は10分後に行われます」
人差し指を立てて振りながらニニィは告げた。最後に「では、スタート!」と腕を伸ばしながら言うとモニターとともにその姿を消していった。
真っ先に水鳥が優雅に立ち上がった。自然と参加者の視線はそこに向かう。
「それでは、昨日の続きを話し合いませんか? 『入室申請のオート承認を強要しない』という決まりを作るのはどうでしょう?」
「それ決めて何か意味あんのかよ!」
すかさず時田がやじる。下品な笑いが一瞬だけ続く。水鳥はゆっくりと彼らの方を向くと、柔らかな声で答えた。
「例えば、誰かに腕ずくで脅されそうになった時に効果がありますね。ルールになっているから遠慮したいと伝えられます。それでもダメなら――」
彼はにこやかに微笑んだ。
「ルール違反だ、と話し合いのときに言えばいいだけです」
つまり、強要すれば死ぬということである。
「それって、5日目に決めた『人の嫌がることはしない』と何が違うんだい?」
吉野が口を歪ませて目を細くする。水鳥は素早く答えた。
「それほど嫌に思っていない相手でも、いつでも自室に招きたいわけではない。そういうときに断ることができます」
「へぇ?」
細い両瞼の隙間から瞳が気味悪く光る。水鳥は微笑みを崩さず、柔らかく手を前に伸ばして続けた。
「今僕たちは集団生活をしていて、多少の我慢はお互い必要ですが、その多少という部分は人によって違います。それを入室申請のオート承認に関してはっきりとさせるということです」
吉野はそれ以上追求せず、頷くこともせず、視線を逸らした。それが答えだった。
君島がスッと手を挙げる。
「それでしたらいっそ、『入室の承認を強要しない』でいいのではないでしょうか? 外の世界で他人の家を訪れるのとはわけが違います」
水鳥も吉野も表情を変えない。松葉が薄い笑いを貼り付けて追従する。
「最悪、招いたら殺されかねないですよね?」
その少しばかりラジカルな言葉尻に誰か、というより時田か中川が難癖をつけようと前屈みになるが、君島が見逃さない。
「要は、2人きりの時は何が起こっても不思議ではないかもしれないということです。他者の目がありませんから、そこで誰が何をするのか、確実なことは誰にも分からないでしょう。ですから、自分の部屋に誰かを招くことは外の世界のように単純な話ではありません」
「君島さんの言う通りです。『入室の承認を強要しない』、これをルールにしましょう。投票はトータライザーを使いまsy――」
松葉が途中で言葉を止めたのは彼の視界に新たにゆらりと立ち上がる人影があったからだ。笠原だ。
「待ってください」
その声は硬く、低く、重かった。参加者の間に緊張が走る。松葉は表情を変えずごく普通の人と同じように発言の権利を手渡した。
笠原は円状に並ぶ参加者の顔を端からゆっくりと見ていった。
「誰かを招くことと同じように招かれることもリスクです。『入室の承認も入室も強要しない』の方がより正しい」
(あっ、確かに……)
(でも、どうして急に?)
そうやって納得する者が多数を占めている。しかし、吉野は片頬をピクリと動かした。
(まあ、気付くよねぇ)
何故、それを提案した人物や修正した人物がそうしなかったのか。彼らが気付かないほど無能であるはずがない。ということは、つまり、意図的にそこを伏せていたということである。
「『入室の承認も入室も強要しない』。これで――」
「待t――」
「反対する方はいませんね? 特に理由はないと思いますが、強いて言うなら誰かに強要して――狙いたいからということでしょうか?」
時田が噛みつこうとするも、笠原が一蹴する。
「……」
沈黙が生じた。各々が理想の展開を持っている。しかしこだわれば疑われる。善人としての体裁、他のリーダーとの折衝、メンバーやグループの維持、これら全てを勘案して自分が生き残るために最も適切な選択を取らなくてはならない。さらにその妥協点をすぐに決める必要がある。
水鳥が自分と同じく立ち上がっている笠原に向き直った。
「笠原さん、一応多数決を取りましょう。今までそうやっていましたから」
「考える時間を……3分、設けるのなら」
笠原は感情の読み取りにくい声を出すと白いブロックに腰を下ろした。水鳥は「では3分ですね」と言うとスマホの画面をちらりと見て、同じく座った。
大半の参加者にとって考える必要はまずない。グループのリーダーと同じようにすればよいだけである。それでも隣とひそひそと話し、スマホで誰かとメッセージのやり取りを行う人の姿はいくつかある。ルールについて話し合っているのか、投票先を話し合っているのか、当人たち以外誰にも分からない。
3分後、水鳥が立ち上がった。広間がシンとなった。
「それでは、全員の意見をまとめて、『入室の承認も入室も強要しない』をルールにしたいと思います。賛成の人は手を挙げてください」
その掛け声に我先に手を挙げる同性の年上を恐る恐る見ながら渡辺は思った。
(この話って何の意味があるの……?)
一通り挙手が終わったところで水鳥はざっと全体を見渡し、柔らかく微笑んだ。
「数えなくてもいいですよね。先ほどのルールは採用することに決まりました」
ざわめき、小さな拍手、手を下ろす音がその後に続き、それらに紛れるように水鳥が座る。次に話をする者はいない。そして、モニターが再び現れた。
「はい、それでは投票の時間です」
ニニィの合図で辺りは真っ暗闇に包まれて、それぞれがそれぞれの思いを投票に反映し、そして、光が戻った。
「今日の犠牲者は、犬塚真妃さんです」
*
(助……、助かった……)
山田は吐き出しそうなまでに拍動していた心臓がようやく勢いを収めていくのを感じた。
(大丈夫、気付かれていない。大丈夫……)
しかし、参加者の中央にある透明なケースと、その中に入っている犬塚を見ているうちに再び心臓が気味悪く鼓動を始める。彼は首元に冷たいものを感じた。そこから目を逸らすことができない。ニニィが「始めまーす」と合図を出した。
犬塚は透明なケースの中で膝をつきすでに嘔吐しながら涙を流していたが、急に右足を伸ばすと逆さまに持ち上がって、無理矢理腹筋を使って上体を持ちあげようとするも持ち上がらず、そのまま背丈の3倍近くまで浮き上がり、髪は逆立ち、泣きながら頭を振って、涙が超加速して落ちて、取れたヘアピンが物凄い速さで落下して、床と衝突して割れて、犬塚が身を捩って――ほんの一瞬のうちに、ケースの底に体をぶつけると割れた頭蓋骨から形の崩れた脳がはみ出し、首と右手足はあらぬ方向に曲がって、青いシャツはどす黒く染まっていった。
「今日はこれで終了です」
ニニィが話し終わるとモニターは消え――ない。彼女はいつの間にか手元に持っていたタブレットに目を落としていた。少しするとニニィは顔を挙げた。
「あ、これで20人目だね。明日、10時に広間で新しい情報を発表します。時間があったら来てね。バイバイ」
ニニィの姿が消えると、参加者は思い思いに行動を開始した。すぐさま広間から姿を消す者、つい先ほどの光景に耐え切れず嘔吐する者、早速「ににぅらぐ」を使って話の詳細を聞こうとする者……。
「何を発表するんだよ!」
「秘密だよ」
誰かとニニィの会話を耳にしながら山田はスマホをポケットから取り出そうとして、細い目をわずかに見開いた。目の前で田辺が苦しそうにうつむいている。二瓶は小学生に付きっきりである。山田は手を伸ばそうとして……引っ込めた。
(僕が声をかけたら……またいじめられるよね)
彼はスマホを素早く操作すると広間から姿を消した。
**
今日の犠牲者 犬塚真妃
一番大事な人 母
ニニィにアブられたときはバイト先の某コンビニで廃棄チェックをしている最中だった。何かを思い込んでしまうとそれを完全に真実だとしてしまうタイプで、狸や狐は人を化かすと本気で思っている。他にも、血液型占いを信じて(本当はO型なのに)自分はAB型だということになっていたり、テレビに出ている人が言うことは全て正しいと思っていたり、賞味期限を1秒過ぎた途端に食べ物が腐ると思っている。詐欺集団の新人研修先にもってこいで、成功体験を積ませるのに専ら利用されていた。こういうタイプって独裁政権と相性が良いのかも。
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