第33話 祈るな(2)
「ホント、男ってどうしてすぐつまらないことを分かった気になって言うのかしらねぇ? うちの旦那だけ?」
室賀はティーカップを回しながらぼやいた。徳田と福本も真似をするように自分たちのカップを指でなぞった。
彼女たちは元木の部屋でお茶会に参加していた。そこには落ち着いたモノトーンの調度品で揃えられており、その1つ1つが鏡面のように磨かれている。テーブルは白黒のチェック模様で、白い壁紙に黒一色で動物の切り絵が貼り付けられている。カップや皿は新雪のように白く、レプリカの観賞植物は濃淡のばらついた灰色であり、唯一柔らかそうなのは彼女たちが座っている黒い椅子だけである。
「ねえ? 政所さん、そう思わない? そういうことあるでしょ?」
紅茶を回す手を止めた室賀が口数の少ない政所に話を振ると、「ええ、そうね」と答えが返ってきた。しかし何かエピソードを話すわけでもない。
元木がすかさず「ねえあれは何なの? オスの習性?」と口を挿むと、「なになに?」と室賀が促した。
「どうしてまさにやろうと思っているときに『まだか?』って聞いてくるの? 言わなくてもやるのに、言われるだけでやりたくなくなるわ。出かけるときも、掃除のときも……」
ぶつぶつと彼女が不満を語るのに合わせて「そうよネー」「ほんとにねぇ」と合いの手が入る。それは彼女たちにとって共通の問題であるようであった。
元木はお茶請けのショートブレッドをサクリ、と噛んだ。滑らかで甘いバターの風味が鼻を抜けていき、少しばかりの塩気が小麦の甘みを分かりやすく目立たせている。紅茶とよく合っている。残りのメンバーも次々にショートブレッドを手に取ると、しばらく会話がなくなった。部屋の中には軽やかで明るいピアノの音が流れている。
「あれはどうなの?」
一足先に小腹を満たした福本が投げかけた。
「逆に、言われないと動かないのは? 何から何まで全部言わないと。私、あなたのお母さんじゃないのよ、って思わない?」
その言葉に元木は大きく目を開くとティーカップをソーサーに置いた。
「そうよそうよ、使った食器に水を張って、洗濯物はきちんと出して、ごみは分別して、私が当番の時にやっているのにどうしてあなたはしないの? って」
そのうんざりした顔、正確にはうんざりしたように見えるが諦めた顔をして相槌を打つ元木と同じように室賀も合いの手を入れる。
「もうあれよね。そういう生き物なのよ。ガサツで好きなことだけやって、たまに料理をしたと思えば散らかしっぱなしだし、何もなければ居間で横になってテレビ……いびきもうるさいし……」
「ほんと、意味分からないわ」
福本はティーカップの取っ手に指をかけた。
「最近なんかうちの子も似てきたのよ。外に遊びに行ったら泥だらけになって帰ってきて、変な虫いっぱい捕まえてくるし……」
「うちは変な石を拾っていたわねぇ。大きくなるとまた大変よ。やれ小遣いやれ食べ物、やれ部活部活って……」
室賀はそう言うとほんの一瞬、テーブル越しにどこか遠くを見つめた。白い面にも黒い面にも彼女たちの姿しか映っていなかった。
「家の男もそうだけれど、職場にいる男なんてそれはもうひどいわよ。もうほんっとに」
やおら徳田が鼻を高くして、したり顔を取った。室賀が「ええっ? どんなの?」と興味を示すと徳田はそれに飛びついた。
「いつも仕事が始まる前にクルマの話をずーっとしているし、別にいいのよ。いいんだけど、そのついでに仕事の話をするのよ。いつの間にか全員それを知っている前提になっているし、何が面白くてそんな興味のないことに耳を傾けていないといけないのって話。公私分けられないの?」
「大変ねぇ、家に帰っても休まらないでしょ?」
元木がしみじみと同情する横で福本は小さく頷く。徳田は再び口を開いた。
「だって野球に詳しいってだけで出世するじゃない? そんなに大事? 何とかって選手の名前や昔のプレイのことばかり。そんなの覚える暇があったらもっと他に覚えることないの、って。やっぱり大変よね、共働きって。男女平等は職場でも家でも建前で、結局その歪みを全部アタシたちが受けているわけでしょ?」
徳田は結論を捻じ曲げてそこに着地させると満足げに紅茶を飲み干し、最後に目元を細めて室賀と政所を一瞥した。
(別に働いたことがないわけじゃないけれどもね。今は主婦だからってずっと主婦やっていたわけじゃないし)
政所は心の中で密かに呟いた。
(それに、徳田さんの事情はよく知らないけれども、そういう職場を選んでそういう人と結婚したのは本人よね)
「アタシ本当はサバサバしているから、本当は言ってやりたいんだけど、そうすると職場の空気が悪くなるから我慢してあげているのよ。男ってそうやって動かしていかないとなのよねぇ」
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