第31話 頼るな(3)

 (まあ、流石にやっていないか……)

 鷲尾は昼前に広間を訪れた。そこには普段よりもやや多めに参加者が来ていた。彼らは普段通り本を読み、音楽を聞き、隣の誰かとヒソヒソと話している。

 しかしフリースペースはがらんどうであった。つまり、昨日野口が提案したパーティーを開こうとする者はいなかった。


 (長堂さんがフリースペースを使い終わった後は誰も近寄っていないようだ。別宮さんの報告通りだ。疑っていたわけじゃないけど)

 彼は広間を見渡すと、比較的空いている壁の傍を探した。半分ほどはフリースペースの側にあるが、今は誰も使っていないとはいえ、そこに座ったら非常に目立つ。結果として今まで壁際に座っていた人たちが残りの半分ほどに偏っており、ちょうどよい広さの場所は1ヶ所しか空いていなかった。


 鷲尾はそこにゆっくりと向かった。足音が近づくと、近寄られた人たちは顔を上げてじっと彼を見た。それはパーソナルスペースに侵入されたくないと警戒しているものである。鷲尾が通り過ぎると彼らは安心して先ほどまでやっていたことを再開した。


 (この時間にしてはいつもより多く来ているのは……僕と同じように、パーティーがどうなったのか確認しに来ている人と、あとは内心、参加したいと思っていた人だ……)

 目的の壁際に辿り着くと彼は腰を下ろして壁を背もたれにした。それからタブレットを手に取って栄養学の本を開いた。カラフルな写真とともに成分やお勧めの食べ方が載せられている。

 鷲尾はそれを視界に入れながら、意識をタブレットの枠の外側に向ける。


 (珍しいな……。高邑がいる。あのグループは用事がなければ広間に来ないことが多いのに)

 鷲尾から見て左の壁際にいる高邑はイヤホンを耳に着けて何かを聞いていた。

 (野口がいなくなってもバランスが変わるとは思えないけれども……、そんなに影響力があったのだろうか)


 鷲尾は目を細めた。

 (聞いているのは……音楽だ。コードの伸びる先にあるのはプレイヤーだ。集音機じゃない。スマホに繋いで聞いていれば疑われやすい。計算づくだろうか)

 彼の視線に気が付いたのか、高邑が顔を上げた。鷲尾は寸で察知して目を逸らした。

 (念のためメンバーに知らせておこう)


 誤魔化すように彼は数分間本を読んでいる振りをしてから、今度は白いブロック群の方に目をやった。

 (今日は大川と中津が当番か……)

 その2人はお互いに小声で会話をしながら広い範囲を観察していた。どちらもメイクをやや濃い目に決めて、学生服に合わないブレスレットやネックレスをこれ見よがしに着けている。服も服で、きっちりと着用していないというか、肌の見える範囲が広がっている。

 (水鳥はまだ彼女たちの享楽主義を制御できていないのか……。今ならあのグループが狙い目かもしれない)

 耳を澄ますとその会話は聞こえてきた。


 「この前飲んだあれ、美味しかったよねー」

 「あれね! タピオカがちょーモチモチしてたやつ」

 「なんかすごい甘くてー」

 「ねー。ね、てかさ、太りそうじゃね?」


 (ただの雑談だ。暗号らしい単語は今まで報告されていない)


 「いや、あのあれ、痩せるやつ、薬? あるじゃん。あれ使うとさ、全然体に付かない感じだし、イケるでしょ」

 「まあ結構色々食べられる……、って私、大食いじゃなくてー」

 「いやウチ全然そんなつもりじゃないから。お昼一緒にどう?」

 「うん。広恵ちゃんの部屋? 私の部屋?」

 「どっちでもありだけど、どうするー?」


 (これ以上聞いていても役に立つ情報はないだろう。そろそろ藤田さんが来るころだ……)

 鷲尾はすくっと立ち上がると、スマホを素早く操作して広間から姿を消した。用もなく広間に留まるものではない。違うグループに所属している者からもそうでない者からも、疑われる。





 広間の中央にある円状に並べられた大小さまざまな白いブロックに「透明な殺人鬼ゲーム」の参加者は腰を掛け、あるいは近くに椅子を出して座って、時間が来るのを待っていた。

 ある者は黙って身を縮ませ、ある者は隣とこそこそ話し、ある者はスマホに目を落とし、ある者は誰かを観察し、じっと見つめている。そして――。


 「彼がどうしているか知りませんか!」

 「僕……あまり話したことないし……」

 笠原が表情を険しくして有松に詰め寄っている。そのすぐ傍で半泣きの目を大きく見開いた二瓶がスマホをせわしなく動かしている。小学生たちがその様子に怯え身を縮ませていた。

 わざわざ理由を聞きに行く者はいない。しかし、話し声を聞いて少し観察すれば何が起きているのか推し測ることができた。

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