第6話 三年前の真相

 三年前、あたしは中学三年生。生徒会長。宮口華南。あたしには親友の結ちゃんがいる。あたしは基本結ちゃん以外気を許さない。

 先生からだ。


「おい、宮口」


「何?」


「今日も点数百点お前だけだ」


「そう、で?」


 休み時間。


「華南さん、さすがですね」


「結ちゃん何点だったのー?」


「わたくしは95点ですよ」


「結ちゃんももうちょっとじゃーん!」


「華南さんには敵いませんよ」


「華南ちゃんすごいね」


「そう」


「華南さん、他の人にもわたくしと同じように接したらどうですか?」


「えー、あたしは別に興味ない人にはねぇ」


「わたくしには興味があると」


「そうだよー、結ちゃんにしか興味がない」


 明日は下級生のやつらと遊園地か水族館に行く遠足があるらしい。


「華南さんは遊園地と水族館どちらに行くのですか?」


「うーん、正直どっちでもいいかなー、でも遊園地って結構動いてだるいから水族館がいいねー」


「遊園地は電車で行けますが水族館は歩きですよ?」


「でも距離的に水族館のほうが近いって訳じゃん!」


「素直じゃないですね、水族館に行きたいんですね。素直になったらどうですか?」


「あたしは十分素直だけどねー」


 当日、あたしと結ちゃんと他もろもろは水族館に向かった。

 水族館にはさまざまな魚がいた。あたしはソファーで結ちゃんと寝転がって暇つぶしをしたかっただけだけど結ちゃんは見たかったらしいから見ることにした。


「あたしは海にいる訳じゃないしさー、あんまり見る気がねー」


「なら遊園地が良かったではないですか?」


「外熱いからねー、でも妹は遊園地選んだらしいけど良かったのー?」


「はい、あの子は同学年の友達がいるようなので、高校に上がるとどうなることやら」


 結ちゃんは遊園地を推す癖に魚について紹介したり魚料理を食べて興奮したり、これは魚の日だな。

 下級生陣からはあたしと結ちゃんが有名だったらしく男性にも女性にも話しかけられたけど素っ気無く返した。


「そ、魚好きなんだ、ふーん」


 ていうか誰だよ、あたしの点数言いふらしてるの。結ちゃんは聞いたところ言いふらしてないらしい。


「点数で人を判断する人間にはなりたくないねー」


「いいじゃないですか、慕われるのですから」


「慕われるために点数取ってるわけじゃないしねー」


「慕われたくないのですか?」


「結ちゃんには慕われたいよ、でも他はねー」


「ならいっそのこと、わたくしと話すのと同じ口調で話せば逆に呆れるかもしれませんよ」


「逆の発想ねー、結ちゃんがいない日にでもこっそり試そ」


「そうしてくださいよ」


 今日は頭が回るほど魚を見たな。お土産も魚、飯も魚、見るものも魚。

 実際にあたしが遊園地ではなく水族館を選んだのはジェットコースターやお化け屋敷で悲鳴をあげたくないプライドがあったからだ。そういう意味ではあたしは結ちゃん以外にはクールキャラとして好かれたかったのかもしれない。貪欲なヤツだ。

 帰りは夕方、信号は青、渡ろうとしたときすべてが始まった。

 青になったか、渡るか。


「結ちゃん行っ…」


 ものすごいスピードで大型の車が走ってきて止まらなかった。あたしは飛ばされた。背中を押されたのだ。結ちゃんに。代わりに結ちゃんが轢かれた。

 あたしの油断が結ちゃんを轢かせてしまった。結ちゃんの方からクマのぬいぐるみが飛んでくる。

 あたしは前の席を見た。そこには真面目そうな男があたしを恐れるように見ていた。後にそいつの名前は片岡里区という。

 姫は路上に倒れた。

 もちろん結ちゃんは病院に運ばれる。


 それから一か月近く、あたしは学校を休んだ、ようやく結ちゃんは体調を取り戻した。少しずつ少しずつ、あたしは性格がわからなくなった。それでも結ちゃんはあたしを守ってくれた、今度はあたしが結ちゃんを守って見せる。



 私、空北美鈴は水族館の帰りに忘れもしない事故を間近で見ました。そのころはまだ雫さんと友達ではありませんでした。被害に遭われた方は旗野結さん。助手席に乗っておられたのは確か片岡里区さん。そして私の憧れの存在、宮口華南さんは助かりました。しかし、自我を保てていませんでした。あの日の彼女はクールで特に動揺することなく冗談話もふん、と鼻を鳴らしてフッてしまうタイプの絶対的届かぬ存在。生徒会長で人気を誇る方。

 私は救急車を呼びました。

 あの方はあれを機に壊れてしまった。今では忘れてしまうほど性格も変わってしまった。狂気の笑いは今でも忘れないでしょう。

 私が高校に入学して変な生徒会長がいる、と噂を耳にしました。

 旗野結さんの妹、旗野雫さんと見に行ったことがありますが確かに変でしたね。誰もいない空間にまるで誰かいるように一人で話しているのですから。

 彼女はその人物を旗野結さんではなく姫路結さんと呼んでいました。彼女は架空の人物を現実に作り上げていたのでしょうか。

 そういう意味では私も同じですか。もし、宮口華南さんがあの悲劇に巻き込まれなければ。

 作品名、宮口華南。横断歩道を歩きながらこちらを見つめているクールな少女。その目つきは鋭いですね。

 その隣には雫の作品が。作品名、姉を殺した罪人雫。

 彼女は何を思ってこのタイトルにしたのか。自分のせいだと思い込んでいる雫が遊園地ではなく水族館に行っていれば救われたと思っていたのでしょうか。

 それからというもの里区さんが不良になったり動きのなかった美亜さんが巨大勢力を壊滅させたりと変わったことが次々と起こります。

 ついには私は華南さんと入れ替わってまでしまいます。

 


 私は権力が欲しかった前に華南さんを知りたい。その思いの方が大きかったですね。私は時間が経つたびに華南さんの思考がわかってきてしまいます。

 思えばなぜ私は人質に取られたのに関わらず恐怖感を全く覚えなかったのでしょう?

 それは本来の華南さんは美亜さんほどではないにしても残党に負けるほど弱い存在ではなかったから。

 あの華南さんにも憧れていた人がいたのですね。それは親友ではなく、雄島美亜さんという方が。華南さんは強さが欲しかったのではなく美亜さんの男気に憧れていたのですね。



 私は次第に空北美鈴の憧れの存在が宮口華南だとわかり始めた。

 それと同時に私は中学生から美術部であの宮口華南を描いていた空北美鈴。お淑やかな容姿に青い髪、あの目指すべき存在を描くことができる空北美鈴に憧れていたのか。宮口華南は目指すべき存在。空北美鈴は憧れの存在。

 華南は完璧な存在なのかもしれない、でも私にとってはあの時いらないものも兼ね備えていた。妙に似ている私っぽさだ。

 美鈴はそれがなかったうえに華南という存在を描ける、何といっても容姿もお淑やか。私はあんな姿に生まれ変わりたかったんだろうな。今はその姿だが口調まで真似できる自信はない。

 宮口華南が壊れ始めてから片岡里区に動きがあった。聞いた話によると旗野結を轢いた車の助手席にいたのが里区だったらしい。それを機に金目当てで不良の真似ごとをし始めた。

 着実に力をつけていき片岡勢力が出来上がった。

 私は片岡家が持っていた里区と同じ勢力を潰し片岡を抑える作戦に出たが怯むことなく里区は私と同じような道に進んでしまった。

 里区は旗野家に慰謝料を返したかったのか、華南、または結に想い入れがあったのか。私は現場にいなかった、だから知らない。でも美鈴は現場にいた。美鈴と里区に接点はない。里区の思考は謎に包まれるがあの事故がきっかけで変わった人間がたくさんいるのは事実だな。

 現に空北美鈴も届かない存在を描くことに快感を得てるんだからな。



 あたしは欲しかった。それは武力という強さなんかじゃない。男が持ってる男気でもない。女が持っている男気だ!あたしはクールにみられたかったんだ。例えば美亜ちゃんのように。心を開いた相手以外には平然を取り繕う。女の子は可愛くて男の子はかっこよくないといけないなんてそんな決まりはないんだ!

 あたしは結ちゃんと出会う前まではまるで一匹狼のような存在だった。全く人に興味を示さない。でも心の中ではいつもこんな感じだ。そんな時無数の人に囲まれてる姫のような存在を見つけたんだ。名前は旗野結ちゃんと言うらしい。だからあたしは心の中で標的にしていたんだね。



 この時の話は遊園地と水族館よりも前の修学旅行の遊園地の話。修学旅行で運がいいのか悪いのか結とくじ引きで二人で泊まることになってしまった。夜、消灯時間後。トイレに行きたくなってしまった。でもあたしは怖がりだ。


「結、だったか」


 あたしは興味のないふりをして話しかける。


「はい、寝ようと思っていました。どうしましたか?」


「トイレについてきて…」


「え?ひとりで行けないのですか?」


 なにか馬鹿にされた気がしたと同時に笑われた気がした。


「いや、行けるけどお前一人にしとくのも危険だろ」


「わたくしは大丈夫ですが」


「いいからついてきて…」


「いいですよ、その代わり明日一緒に遊園地を行動しましょう」


「くじ引きは泊まる部屋だけなんだけど…あたしは一人で行動したいんだけど」


 少し結と行動したい気持ちもこの時のあたしにあったのかもしれない。でもあたしのプライドがそう答えさせた。


「大丈夫ですよ、わたくし一人だけです、わたくしは貴方が知りたいのです」


「ふーん、まあ好きにすれば」


「はい」


 嬉しそうにトイレに着いてきてくれてその翌日。


「では華南さん、何に乗りますか?」


 気が乗らなかったあたしは観覧車を選んだ。


「高いのは怖くないのですね?」


「怖くないけど」


 退屈だ、こんなことをしている間に勉強をしている方が効率がいいというのに何が楽しいんだ。


「今度はわたくしが選んでいいですか?」


 なんだ、まだ続くのか。


「まあいいけど」


 結に連れてこられたのはお化け屋敷。あたしは怖がりだ、何とか逃げる口実を作る。


「というか観覧車乗ったからもう十分だけど」


「わたくしは行ってみたかったのですよ、あの華南さんと二人で、ここに」


「一人で行けば?待ってるから」


「怖いんですか?」


「別に怖くないけど…」


「では行きましょう」


 お化け屋敷か、所詮子供を脅かす程度の怖さだろう、と自分に言い聞かせた。

 結とともにお化け屋敷に入ることになった。


「早く進んで」


「せっかく入ったんです、ゆっくりと楽しみましょう」


 あたしは結に隠れるように前に進む。

 結論から言うとあたしは結に無残な姿をさらすことになった。

 お化け屋敷から出た結はなぜか笑っていた気がする。


「あんな姿初めて見ましたよ、いいんですよ、結ちゃんと呼んでも。あと、そろそろ苦しいですもう終わったので抱き着かないでください」


「あっ…」


「わたくしは慕われながらも何者の寄せ付けず点数も運動神経もいい貴方と友達になりたかった。だからわたくしはどんな手段を使ってでもわたくしと同じ立場に立たせたかった」


 この日をきっかけに密かに標的にしていた結に逆に弱みを握られたあたしは結ちゃんと呼ぶようになっていった。

 それ以降噂は広まる。人望が高い結ちゃんと誰も寄せ付けないあたしが当たり前のように話していると。あたしは次第にプライドが消え結ちゃんには心を開くようになる。それでも他の人物が結ちゃんと話しているとあたしはその人物に敵対心が湧いてしまう。


 あたしは結ちゃんには次第に話し方も変わっていった。

 しかし結ちゃんはそんなあたしに言う。


「素直じゃないですねぇ」


 あたしは心の内に秘めている感情をプライドも捨てているつもりで結ちゃんに話しているつもりだったけどまだあたしは素直には慣れていないらしい。それでもあたしは結ちゃんに依存してしまったのかもしれない。そんな時、全ての始まり、交通事故が起きた、起きてしまった。

 水族館で結ちゃんは言っていた。わたくしと話すのと同じ話し方で話せば逆に呆れるかもしれませんよ、と。あたしはその提案にこう答えた。逆の発想ねー、結ちゃんがいない日にでもこっそり試そ、と。



 そうだ、あたしは心のどこかでもう結ちゃんはこの世にいないことに気づいていたんだ。もし本当に気づいていないならあたしはまたクールを気取っていたはずなんだ!あたしは現実を受け止め切れてなおかつクールを気取れる強さはない。だからあたしは美亜ちゃんの心意気により一層憧れたんだ!

 受け入れろ、あたし。旗野結はもうこの世にいない。姫路結はあたしが創り出した幻想だ。結ちゃんはもういない。







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