なりすまし白書
悟房 勢
第1話
上越新幹線は関東から越後平野に抜ける際に、幾つもの長いトンネルを抜ける。車窓からの風景は、稲が刈り取られ、紅葉も終わった閑散とした野山。それが一時間続いたかと思うと窓の外はトンネルで真っ暗となり、窓ガラスが乗客達を映し出す。
望みもしないのに僕は、生気のない、
いつもならこの単調な繰り返しに眠気に誘われ、気付かぬ内に眠りに落ちていく。だが、今回はそうはならない。いつもの様に眠りに落ちるべく、僕はビール一缶とハイボール二缶を買ってきていた。酔う気配さえ全くなく、やはり眠気は襲って来ない。
缶はすでに二本空けられていて、座席の背面テーブルには、一口ほど残っている最後のハイボールが置かれていた。そしてその横には、赤い折り鶴。
今、僕は環境関連の仕事についている。調査とか学術的なことではなく、エンジニアリングだ。ごみを燃やして発電したり、風力で発電したりする施設を建設している。会社はその他にも下水処理もやっていて、福島向けの汚水槽も作っている。
海外勤務は入社十年目で派遣されるのが慣例なのだが、僕の場合は帰国子女であるために入社五年ほどで派遣された。技師としてはまだまだであったが、企業にとって言葉を話せるのは大きなメリットなのだろう。
ともかく、僕は東南アジアのある国に転勤した。過去、十一歳から十八歳まで海外にいたと
とはいえ、息抜きは必要だ。それでツイッターを始めることにした。いつでも手元にあるスマホだったなら空いた時間に利用できるし、日本の情報もそこそこ入る。大学時代のトラウマは言い過ぎかもしれないが、浦島太郎にならなくて済む。
ツイッターを始めて直ぐに僕は『なりすまし』を体験した。正直、驚いたってもんじゃぁない。ツイッターでのトラブルは色々と聞いていた。まさか自分にはないだろうと面白半分で、アカウント名を取得する前に自分の名前を検索してみた。するとどうだろう、僕の名を
どこの誰か、それを突き止めなければならない。どういう理由で僕の名を語っているかも気になる。僕は『なりすまし』のツイートを過去に
指先でスマホの画面を上へ上へと送っていく。『なりすまし』のツイート、リツイートが高速に駆け抜け、僕の指が早すぎるのか通信が追い付かず画面が止まる。受信するためのほんの少しの時間をキリキリして待っているとスマホの下に新たに画面が現れる。イライラを晴らすように、また勢いよく画面を上へと滑らせる。それを何度が繰り返し、目一杯行ったところで今度は、『なりすまし』のツイート、リツイートを下へゆっくり送っていく。
そもそも、僕の生まれた日と場所が分かっている人は、そうはいない。その気になって調べたとして、分かりそうなのは会社の人間。そうでないとすれば、学生時代の友人か。
僕は小学校三年生まで山梨県にいた。それから埼玉県に一年ほど居て、東南アジアの一国、東アジアの一国を経て、日本の私立大学に入った。あるいは、僕の親族が『なりすまし』だとも考えられる。その可能性は捨てきれない。
ツイート、リツイートをざっと見ると、旅行で行った名所、グルメや美味しいスイーツの店、コスメに美容、アクセサリー。あるいはアニメや小説、映画の紹介や感想。癒される動物の動画や画像もあり、総じて言うと幅広くジャンルが網羅されている。
フォローは1,358、フォロワーは1,289。おそらくは積極的にフォローしていってフォロワーを獲得しているのであろう。声を掛けられてもリプライに
その一方で、『なりすまし』の生活圏も推測する。日光に行ったツイートやディズニーランドのツイート、グルメ系のツイートは全て関東に限定されていて、おそらく犯人は関東人であろう。それからして外国の同級生という可能性はなくなった。
といっても、始めっからその可能性はほぼ考えてなかった。彼らにとって僕が生まれた所はどこかの都市でなく日本なのだ。それに海外生活で、生まれた場所はどこかと問われれば富士山の近くと言った方が通りがいい。事実、細かい地名を言った覚えはない。外国人が流ちょうな日本語でやり取りすることは考えられなくもないが、生まれた場所をプロフィールにわざわざ入れるというあざとさから、『なりすまし』が僕の知る外国人とは結び付けずらかった。
それからして
当然、日光やらディズニーランドどころではない。と、するならば、山梨か、埼玉か、東京の友人か。
呟きが面白かったので、思わず笑ってしまった二つのツイートがある。
『並走していたママチャリのおばちゃん、車が走っていないことをいい事に道路を横切る。わたし、横断歩道に向かってペダルを踏む。歩道の信号、青が点滅。タッチの差、わたし、渡り切り、おばちゃんを追う。追い付いて、後ろまで来たら減速、涼しげに追い抜き、わたし、振り向いてどや顔』
『渋滞、合流、車を入れてもらえない。それどころか中年の夫婦、わたしを入れないようにブロック。わたし、満面の笑みで中年のおやじに向けて手を振る。そして投げキッス。おばさん、運転しているおやじの胸倉を激しく掴み、怒鳴ってる』
間違いなく『なりすまし』は女。幼馴染か、大学の友人かに絞られた。しかし、こういうキャラの子、僕の身の回りにいただろうか。少なくとも大学時代にはいなかった。幼馴染か。確かに、このようなことをしそうな子を身に覚えがないとはいえない。
ともかくも、ツイートをあらかた見終えた僕は考えた。この子は悪い子ではない。もうちょっと様子を見よう。ツイート自体もバラエティーに富んで面白いし、何よりもこの子のキャラに好感を持った。僕は、『異邦の騎士』という自分自身のアカウント名を取り、この『なりすまし』の子をフォローした。
それから一年ほど経ち、東南アジアの勤務も終わり、新潟のごみ処理施設建設に配属された。その頃のことだった。
『なりすまし』のツイートがめっきり減っていた。それまではツイート、リツイートを引っ切り無しに行っていて、フォローは2,820、フォロワーは2,457だった。それがどういうわけか、十七時から十八時の間に限定されるようになっていた。
新潟は、一足早く雪が降り、雪景色が見られるようになる。そろそろ関東でも雪が見られるのだろう。寒さが身にこたえた。『なりすまし』は体調でも崩したのではないだろうか。
そんな僕の心配も解消されることもなく、それから『なりすまし』のツイートはあったりなかったり不定期となっていく。時間だけは十七時から十八時の間に変わりはないのだが、スマホからの通知が寂しいのに僕はいたたまれなくなっていた。
ある時、一つのツイートが僕の目を引いた。なにげない空の画像。見上げたようなアングルの右端に、木立の小枝がさりげなく映っていた。
『ここは久しぶり。わたしはここから見る空が好き』
そう言葉が添えられたツイートに僕は、はっとした。やっぱり凛(りん)、保坂凛だ。
僕は小学四年生のたった一年だったが、大宮から埼京線を乗って三駅ほど先の指扇というところに住んでいた。山梨にいた時分から友達を作るのが下手で、というよりも一人で空想したり、本を読んだりすることが好きな子だった。寂しいわけでもなく、進んで友達を作ることはなかった。
そんなわけだから、指扇で友達が出来るはずがない。いつもぽつんといるところを、最初に声を掛けてくれたのは彼女だった。
凜は、指扇からも富士山が見えることを教えてくれた。ずっと遠い三重県の二見ヶ浦からでも富士山は見えるんだ。今から思えば埼玉県からの富士山がそんなに驚くことではなかった。僕はいつも下を向いて歩いていたんだろう、それに気付けていなかった。
富士山を見たときは嬉しかった。霞かかった向こうにうっすらとその稜線、そして、綿帽子をかぶった姿。そもそも富士山は一目見たら忘れられない存在感がある。その姿を頭の中に描くとまたその目で実物を見たくなってしまう。
山梨にいた頃、毎日というほど富士山を見ていた。指扇に引っ越しても富士山が見えた喜びは今でも忘れられない。
彼女との思い出はそれだけではない。空を映した画像の場所、それは彼女とよく遊んだ公園のベンチから見上げた空。
僕は、彼女に逆上がりを教わっていた。相当情けなかったのだろう。山梨県民は自然の中で育ったのだから皆、野生児だというのは偏見だ。僕みたいに外へ出ず、本ばかり読んでいた子も大勢いるはずだ。
友達は凛だけだった。逆上がりに関して言えば、あの頃の僕は彼女を全面的に信頼していた、と思える。出来ると彼女が言えば、出来るような気がした。とはいえ、相手は小学四年生だ。逆上がりを理論的に指導できるわけがない。
彼女は僕に、「がんばれ」と「ソウタくんならできる」を繰り返すばかりだった。他にやることと言えば手本を見せるだけ。
ずっと忘れていたことだけに、思い出すと笑えた。僕は彼女に応えようと必死だったが、彼女は僕以上に真剣だった。その証拠に、逆上がりが出来た時の彼女の喜びよう、僕の手を持って奇声を上げてぴょんぴょん飛び跳ねていた。
僕らはいつも一緒だった。学校では、僕は凛の子分という扱いだったが構わない。二人で下校し、公園を走り回り、帰り際にはベンチに座って何か取り留めのない話をするのが恒例だった。
そのベンチから見上げた空。それが何の変哲もないツイートの画像と僕の脳裏で重なった。
確証がある、と言ったら嘘になる。これは、画像から受けた印象でしかない。それに凛が僕に会いたがっているとは思えない。彼女は快活で前向きなタイプだ。僕のように弱くはない。
それでも、たまにツイッターにあげられる空の画像に僕は心を揺さぶられた。一年以上、『なりすまし』のツイートを欠かさず見てきた。それが、限られた時間のツイートとなり、さらには不定期になった。そして空の画像。
新潟現地の上司に、横浜本社の会議に出ろと言われた時、僕は意を決した。
会議はというと、午前中に終わった。偉いさんに付き合って昼飯を食べた僕は、これ以上引っ張られるのはかなわないと隙を見て退社し、十七時までの丁度いい頃に指扇につくため横浜で時間を調整し、京浜東北線に乗り、山の手線に乗り換え大崎へ、それから埼京線で指扇に向かった。
指扇駅には十七時前に着くことが出来た。天気予報は最悪だった。夕方から雪。僕自身は慣れっこだったが、心配だったのが今日、『なりすまし』がツイートをするのかどうかだった。そもそも空の画像だって確証ではなく、一個人の印象でしかない。凜は快活で前向きだ。僕に会いたいとは到底思えない。これはただ単に、僕の願望じゃないか。かといって、凛が『なりすまし』であるかどうかを直接本人に聞くほど僕には勇気がなかった。
果たして予報通り、雪が降ってきた。バスが止まり大勢の学生が大はしゃぎで駅に駆け込んでいく。指扇を最寄駅としている高校は確か、二三あったように覚えている。バスが来るたび学生は皆、同じ反応をして僕の前を横切っていく。雪を嫌がっているようで実は喜んでいる。多くの弾ける声が僕の耳に飛び込んで来た。
僕はずっとスマホを眺めていた。ツイッターのお気に入り通知機能を使っているので、画面を見ていてもしょうがないのだが、その画面に水滴が滲(にじ)む度にイラついて、僕は画面をズボンに何度も擦って、水滴をふきっとっていた。
やはり今日はないか。すでに時刻は十七時四十分だった。時間を分単位で確認する僕は、そもそもなぜここにいるのだろうかとそんな気持ちになっていた。駅にバスがしっきりなしにやってくる。この冬初めての雪に学生たちは大はしゃぎだった。
新潟で仕事をしていれば、雪は“苦”でしかない。雪に埋まった資材を見つけなければならないし、仕事のスタートは雪かきからだ。搬入車両がスリップしないよう凍結防止剤も
仕事以外にやることだらけだ。時刻は四十五分となっていた。今日のツイートはもうないだろう。なりすまし犯を見つけるには現行犯しかないと分かっていたが、今更ながら思ってしまう。捕まえてなんの意味があるのだろうかと。
別に迷惑しているわけでもなし、そもそも凛が『なりすまし』の犯人の訳がない。これではっきりした。もう満足しただろ? と、そう僕は自分自身に踏ん切りをつけさせた、丁度その時だった。スマホに通知が入った。『なりすまし』がツイートをしたのだ。
雪が舞い降りる空の画像。そして『初雪(#^^#)』。
来たっ! 僕はロータリーに並ぶタクシーに慌てて飛び乗った。
それから五分ほどで目的地に到着した。
凛はベンチの前で立っていた。日に焼けた浅黒な凛ではなかった。フェイクムートンのダッフルコートにブーツ、髪はショートカットではなくブラウンのセミロングだった。
足を止めた。
「凛?」
彼女はうなずいた。
それから僕らは少しばかり、立ち話をした。転校してから外国を二か国回ったこと、日本の大学を卒業して環境の仕事に就いたこと、海外で凛のツイートを見つけたこと、今は新潟にいることなど僕はかいつまんで話をした。凛はというと、高校を卒業してOLになったと話した。
しかし、なぜ『なりすまし』をしたのか、それは問わなかった。彼女も言わなかった。ただ凛が、僕に会ってすごく嬉しそうなのは分かった。とても綺麗な笑顔をしていた。
僕は、ラインのアドレス交換を申し出た。こうして会ったんだ、『なりすまし』はもう必要がない。
ライン交換を済ませると彼女は駅に車で送っていくと言った。新潟は雪深い。遅くなるのを心配してのことだろう。僕としても、はじめっからグイグイいくつもりは毛頭ない。ラインを交換出来たんだ。これからはいつでも会える。
とはいえ、僕は駅まで来るなり、なごり惜しくなってしまった。正直、もっと話をしたかった。時刻は十八時三十分を回っていた。車を降りたところで僕は、ラインして、と凛に念押しをした。
凜は笑顔でうなずくと言った。
「これ」
彼女の手のひらには赤い折り鶴があった。
あっと、僕は思った。
父の海外転勤が決まった時、折り紙の白地に大きなハートを書き、それを表に鶴を折った。結果は白地に胴だけが真っ赤な鶴になってしまった。が、それでも凛に渡した。ラブレターのつもりだった。当時の僕としては気の利いた告白だと思っていた。今となっては恥ずかしい思い出だ。
まるで謎かけのような告白。凛が気付かなかったのがせめてもの救いだと思っていた。だが、気付いていた。もしかして、彼女はあの時の答えを返すために『なりすまし』をした?
僕は、凜が折った赤い折り鶴を手に取った。
この出会いから僕らはいくつかのラインのやり取りをし、東武動物公園でデートをした。新潟に遊びに来るようにとも誘ったが遠出は出来ないと断られた。これから付き合っていくんだろうなと僕は勝手に思い込んでいただけに正直、戸惑った自分がいた。
その一方で、親がうるさいのかと冷静に考える自分もいた。性分が能動的でないのも相まって、腹が立つというよりは彼女の言葉を自然に受け入れていた。そんなわけで横浜に用がある度に指扇に寄り、少しばかりの時間で僕らはデートを重ねていった。
彼女は、昔とは全く違っていた。女の子らしくなったのはおいとくとして、喋っていても一歩下がった感じがいつもあった。子供の時と違い、自分から話を振ることはなく、僕の話を聞くばかりだった。ただ、笑顔は昔のまんまであった。自慢ではないが、僕は外国生活もあってネタの宝庫だ。普段はウケ狙いなんてほとんどしないが、凜の笑顔を見たいがために柄にもなく、この時ばかりは喋りたくった。
凜の前では僕は変わる。気持ちがたかぶるのか、要するに僕はこの凜を好きになっていた。そのことはいつか凜に改めて話そう、場合によっては親の承諾を得ようとも思っていた。
必然、連絡は続けられ、そんな三月初旬の夜、凛からラインが入った。
『一昨日の四日未明、凛は逝去いたしました。通夜は本日午後六時に済ませ、葬儀は明日の午前十時となります。生前のご交誼(こうぎ)を感謝し、お知らせが遅れましたことを深くお詫び申し上げます』
今、僕は葬儀を終えて帰路についている。凛は、一度がんの手術を受け、治ったと思ったら再発したそうだ。それが昨年の十二月。『なりすまし』は、一度目の手術を受けてから始められたようだった。そして二度目のがん告知の時、あの空の画像をツイートした。一つ付け加えるなら、最後のラインは悲しむ親を振り切って、妹さんが凛の亡骸でスマホを指紋認証し、僕とのやり取りを発見して案内文を送った。
車窓に水滴が走っていた。雪に覆われた越後平野は色を失い、セピア色の風景が広がっていた。僕は凛の折った赤い折り鶴を手に取った。
この赤い折り鶴は僕のラブレターへの返事ではない。僕が別れに折り鶴を渡したように彼女もまた、僕に別れを告げるためにそれを手渡したのではなかろうか。今となってはそう思える。
赤い折り鶴は、今日の朝まで僕の部屋のテーブルの上に置かれていた。部屋を出るときに僕は、それを無意識に手に取っていた。そして、そのままポケットにしまい込んでいた。
ふと、隣の乗客が席を立った。すると風がおこったのか、折り鶴がするりと手のひらから滑っていき、席を離れた乗客を追うようにして通路に落ちていった。
ああっ、と僕は慌てて通路に身を乗り出した。が、別の乗客が通り掛かり、その折り鶴を踏みつけて行ってしまった。
ひしゃげた折り鶴。
二週間前に会った凜は、たった小一時間だったが喋るのも辛かったのではないだろうか。僕はというと、公園の吹きっさらしでくだらない話を延々としていた。子供の頃の外国での体験談。外国には変な習慣がある、みたいなしょうもない話だ。
彼女は笑っていた。綺麗な笑顔だった。葬儀の後に見た彼女の眠る顔も、生きていた時と同じように綺麗な笑顔だった。
ひしゃげた折り鶴を拾い上げる。感情がどっと押し寄せてきた。僕は、込み上げて来るのを必死に押さえ、慎重にひしゃげた翼をたたんで鶴を平面にした。太ももの上で押し付けてみたり、座席の背面テーブルの上で擦ってみたり。
再び翼を広げてみる。くしゃくしゃで元の姿には到底及ばない。
失ったものは帰らない。そんなことは分かり切っていた。それでも僕は折り鶴を元に戻さずにはいられなかった。意地になっていたこともある。鶴を一旦折り紙に戻し、アイロンか何かで皺を伸ばし、もう一度折り直そうと思った。
こぼれ出ようとする涙を押さえつつ、丁寧に折り鶴を四角い紙に戻していく。そこで僕は、はっとした。赤い折り紙の裏に何か書いてある。高鳴る鼓動と震える指先。心がせくの押さえつけ、僕はゆっくりと折り目を広げていく。
凛は、僕が作った滑稽な折り鶴にハートが書いてあることを知っていた。胴だけが真っ赤なやつ。よくよく考えてみれば、なんだろうと思うはずだ。どう見ても不格好だし、背中だけ赤いのは可笑しい。
凜は僕に何かを伝えたかった。折り紙に書かれた文、それに目を通した僕は言葉を失った。
新幹線は新潟駅のホームに滑り込んでいた。折り紙をたたみ胸ポケットに入れた僕は、新幹線を降り、ホームを足早に抜け、新潟駅の外へ出た。ロータリーは一面雪景色だった。スノータイヤがアスファルトを削る音も、舞い降りる雪にかき消されてしまったのだろうか、静かすぎて駅前は時間が止まったようだった。僕は、折り紙がしまわれた胸に手を当てる。
何を言ってるんだ、凛。僕の頑張りなんて君に比べればどうってこともない、たかが鉄棒じゃないか。本当はそういうことじゃなかったんだろ? それとも凛、僕に迷惑でも掛かると思ったのか。で、僕はとんだ大馬鹿者だった。もっと会いに行ったのに! 想いを伝えられたのに! 再会した時に折り鶴は渡されたんだ。なんで僕はもっと早くこれに気付かなかったんだ!
これから僕はタクシーに乗り換え、レオパレスの生活感のない部屋に戻らなければならない。だけど僕は、こんな状態でタクシーに乗る勇気はない。折り鶴に書かれた凜の言葉を思うと体は震え、涙が止まらなかった。
『鉄棒をがんばっている
( 了 )
なりすまし白書 悟房 勢 @so6itscd
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