第53話 聖女誕生
結界が壊されている?
もしそれが本当だったら大変なことになる。
結界は魔界からこの世界を守るために必ず必要なもの。
結界がなければ、魔界のモンスターたちがこの世界に自由に入り込んできてしまう。
そんなことになれば、この世界は簡単に滅亡してしまうだろう。
知らせを聞いた私たちは、空がはっきりと見渡せる中庭に集まった。
天空は暗転し、ところどころ黒いホールが現れている。
「まずい、このままでは本当に結界が壊されてしまうぞ」
王子があせりながら言葉を続けた。
「聖女フローリア、たのむ、今すぐ結界を張り直してくれないか」
「わかりました」
聖女フローリアはそう答えると、手を合わせ呪文を唱え始めた。
聖女の足下に魔法陣が現れる。そこから光が湧き上がり、天空に向かい光輪が伸びていった。
「スロランデル・イグライザー!」
聞いたこともない複雑な術式を聖女が言い放つ。
中庭にいる城兵が声をあげた。
「おおっ! さすがは聖女フローリア様だ! 結界が、結界が修復されていくぞ!」
見れば、空にポッカリと空いていた黒いホールがみるみる小さくなっている。
しかし、そう安心したのもつかの間、暗転した空から雷鳴がとどろきはじめた。
黒いホールの周辺に黄色い稲妻が光りだし、やがて小さくなりかけていたホールがまたもやどんどんと大きくなっていく。
「だめだわ。恐ろしいほどに魔界の力が強まっている。私の魔力では結界を修復することができない。このままでは結界は壊されてしまうわ」
力を使い果たしたのだろうか。フローリアがその場に膝をつきながらそう言葉をもらした。
「そんな、そんなことって。結界が壊れてしまったら、いったい俺たちはどうなるんだ?」
「この世界は結界があるから守られているんだ。結界がなければ魔界から自由にモンスターが入り込んでくる。そうなれば、この世界はあっという間にモンスターによって征服されてしまうぞ」
「俺たちに生きる道はないということか?」
城兵たちが騒ぎ始め、城中、いや国中が混乱しはじめていた。
「フローリア、なんとかならないのか?」
パルナール王子が声をあげる。
「だめです。私ではこの強大な力に抵抗することができません」
「どうすれば、どうすればいいんだ……」
「アナスタシア……」
フローリアが思いついたように声を出す。
「アナスタシア! あなたならできるかも。私の代わりに、私の代わりに、この結界を張ってみなさい!」
「えっ?」
私は思わず声をもらす。
「私はまだ聖女候補の身。結界を張る術など知りません」
そう答える私に対し、聖女フローリアは構わずに言葉を続ける。
「結界は生き物よ。あなたが美容ポーションをよみがえらせたように、結界を、生き物である結界を生き返らせてくれればいいのよ」
結界は生き物。
「さあ、時間がないわ。アナスタシア、あなたの魔法でこの世界を救ってちょうだい!」
私の魔法。
結界を張るなんて、そんなことできるの?
できない。
私には無理。そんな力、私にあるわけないじゃない。
そう思っている時だった。
どこからか、男の人の声が聞こえてきた。
クリスだった。
クリスの声だった。
「アナスタシア、君ならできる。自信を持つんだ! あの時、講堂でみんなが死にかけていた時、不思議な力を発揮してすべての人を救った時のことを思い出すんだ!」
そうだった。
あの時は、自分が自分でないような感じになり、理解できないような力で信じられないことが起こったんだ。
何か、自分であって自分でないような、怖い感覚。
そんな力が、私にはある。
「さあ、アナスタシア、君の得意な白魔法で結界を生き返らせるんだ!」
クリスの声が私の背中を押した。
やってみよう。このまま何もしないわけにはいかないじゃない!
私は両手を広げ、世界中に流れている空気を体にため込み始めた。
結界は生き物。
生きようとする力は結界自身が持っているはず。
私は、お手伝いをするだけでいい。
生きようとする結界の力を引き出してあげればいいのよ!
魔法陣を幾重にも張った私は、得意の術式を唱える。
「ストラスファクター!」
体から白い光が放たれ、空に向かっていく。
これだけでは駄目。
黒魔法で白魔法を強めなきゃ。
クリスに教えてもらったとっておきの秘伝術。
「ブリザード!」
私の体から次々と白色の光線が空に向かって伸びていく。
やがて、暗転した空が明るく輝き始めた。
「おおっ! 結界が、ホールの広がりを止めている」
がんばって!
そのまま結界を張り巡らせるまでに成長して!
ホールに出現している雷電が収まり、黒い穴が少しずつ小さくなっていく。
もう少し。
もう少しでホールが閉じるわ!
私がそう感じている時だった。
巨大な魔力が私に抵抗を始めた。
魔界からの逆襲だった。
どうしても結界を破壊したいという魔界の情念が魔力とともに伝わってきた。
だめかもしれない。
私の力ではこれが限界かもしれない。
白魔法に黒魔法。
でも私の黒魔法では弱すぎるのかも。
「アナスタシア、大丈夫だ! 君ならできる!」
クリスの声が聞こえる。
そう、自信をなくした時はいつもこうやって私を励ましてくれたクリス。
いつも、私を肯定してくれて、自信をつけさせてくれたクリス。
でも……。
でも、今回だけはダメかも。
私の力では、結界は張れないよ。
「クリス……、たすけて……」
なぜか私はそんな言葉を口にしていた。
「アナスタシア、がんばれ! 君ならできる!」
「クリス……、私一人ではもう無理よ。助けてほしい……」
フラフラになりながら私の口から自然とこんな言葉が出てきた。
「クリス……一人では無理だわ……、私をコピーして……。高等学校のとき、あなたが枝に花を咲かせた時のように、私をコピーして、もうひとりの私になって、私を助けて……」
その言葉を聞いたクリスがはっとした顔をした。
すぐさま、炎属性の赤い魔法陣を幾重にも張りだした。
「ストラスファクター!」
私と同じ、とっておきの術式をクリスが唱える。
そして、クリスの得意な黒魔法。
あなたの得意な黒魔法で、私をたすけて。
「ホブラスト!」
クリスが炎属性の黒魔法を唱えた。
赤い火炎が空に突き刺さるように伸びていく。
クリスの赤い光が私の白い光波に溶け込んだ。
まざりあった二つの色は、桜の花びらのような薄桃色の光彩となり上空に広がっていく。
「美しい! なんて美しい光なんだ!」
城兵の一人が思わず声をもらす。
「しかも、美しいだけではない。黒いホールがどんどんと閉じられていくぞ」
「ああ、結界が生き返っている。この世界を守る結界が、ちゃんと機能し始めている」
「すごい……、結界をよみがえらせるなんて……。聖女様だ……。こんなことができるのは聖女様しかいない!」
「ああ、ついに新しい聖女様が現れたんだ!」
空をじっと見つめていたフローリアも声を出す。
「アナスタシア、すばらしいわ。ホールが完全に閉じられている。結界が完全に生き返っているわ。あなたが結界を張ったのよ。聖女にしかできないことをあなたがしているのよ。もう私の役目はこの瞬間に終わったわ。これからは私の代わりに新しい聖女として、アナスタシア、あなたがしっかりとこの結界を守り続けてくださいね」
「そんな……、フローリア様。私は一人では何も出来ませんでした。ここにいるクリスが手伝ってくれたおかげで何とか結界を張ることができたのです」
「そのようね。まだまだ未熟な新聖女様ってことね」
フローリアはそういうと、わずかにほほをゆるめた。そしてこんなことを言ってきた。
「聖女に男性など必要ないと思っていたけど、どうやら新しい聖女様には男の人の助けが必要なのかもしれないわね」
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