第52話 王宮舞踏会に出席する

 王宮舞踏会当日、私たちは馬車に揺られてお城に向かっていた。

 客車に乗っているのは五人。

 私とクリス、ミミとダン、それにオーウェンも連れてきた。

 オーウェンはさすがに子供らしく、馬車の中ではしゃぎ回っている。


「アナ姉、見てよお城が見えてきたよ」


「本当ね」


「それとアナ姉、僕、報告したいことがあるんだ」


「なに?」


「アナ姉のおかげでお母さんが元気になって、お母さん、仕事をすることになったんだよ」


「えっ、そうなの!」


「うん、それでお母さんがこう言うんだ。僕にもう露天商の仕事はやめろって。やめて、ちゃんと学校に行くようにって」


「オーウェン、それがいいよ。学校に行きなさい。行って、友達作って、勉強して、遊びなさい」

 私はうれしさのあまり声のトーンが高くなった。


「友達、できるかな」

 オーウェンは不安げな顔をする。


「大丈夫、お母さん思いのあなただもの。きっと良い友達ができるわよ」


 そんな話をしているうちに、馬車はどんどんお城へと近づいていく。


 私は向かい合う席に座るクリスとダンを見た。

 さっきから気になっているんだけど、この二人、全く何も話さずに座っている。

 やっぱり二人を一緒にするのは間違っていたのかな。


 結局クリスとダンの二人が一言も話さないうちに、馬車は城へと到着した。

 まずは私が降りた。

 お城の案内人らしき人が客車から降りるのに手を貸してくれる。


 お客様扱いだ。

 なにせ私たちはパルナール王子から直々に招待されているんだから。

 でも。

 でも、不安がある。

 私たちはこれから、大芝居をうたなければならないのだから。

 私に好意を寄せてくれている王子に向かって、恋人のふりをしてくれるクリスを紹介しなければならないのだ。


 クリスが本物の恋人ではないとバレたら、王子は怒るだろうな。

 ただ事ではすまないかもしれない。

 いいんだ。

 今日だけは何があっても、私とクリスは愛し合う本当の恋人になればいいんだ。

 今日だけの恋人でも、一日だけの恋人でも、嘘はついていないのだから。


「さあ、こちらです」

 案内人が背の二倍ある高さの扉を開いた。

 扉の中は別世界だった。

 色とりどりの花が咲いているようなドレスに身を包んだ女性たちが部屋に点在している。

 生演奏の穏やかな曲が耳に伝わってきた。

 上品な女性の笑い声と落ち着いた男性たちの声が交錯している。


「私たち、来ては行けない場所に来てしまったのかも」

 ミミがそうつぶやく。

 私はミミの言葉に無言でうなづくしかなかった。


「さあどうぞ」

 案内人は私たちの気持ちなどお構いなしに会場の中へと先導する。


「このテーブルをお使いください」


 テーブルが与えられている。

 どう見ても、特別待遇されているじゃない。

 緊張でカチコチになりながら、私たちは勧められる通り高級感たっぷりの椅子に腰をかけた。


 そんな中、一人の男性が私たちの前に現れた。

「やあ、来たね」


 そう声をかけてきたのはパルナール王子だった。


 王子自ら足を運んで私たちに声をかけに来てくれたのだ。


 誰も王子の言葉に何と返事をしていいのかわからず、あっけにとられ固まるしかなかった。


 それを察してくれたのだろう。

 王子は笑顔でこう言った。

「緊張しなくていいですよ。せっかく招待したんだから楽しんでいってください」

 そして王子はこう言葉を続けた。

「ええっと、アナスタシアの恋人のクリス君はどの人かな?」


 私の心臓が高鳴りだした。

 さあ、女優にならなければ。


 この人です。


 そう私が言おうとした時、隣のクリスが先に口を開いた。


「パルナール王子、お目にかかれて光栄です。私がアナスタシアの婚約者、クリスです」

 クリスはそう言ったのだった。


 婚約者?

 ウソでもそんなこと言っていいの?

 私はクリスの言葉に凍りついてしまった。


「ほう、もう婚約されているんですね。それはおめでたい」

 王子からそんな言葉が出たとき、ある人物が私たちの輪の中に入ってきた。


「アナスタシアこんにちは」

 私たちに近づいてきた人物はそう声をかけてくる。


 クリスやミミたちは、誰だろうという顔でその人を見ている。


 私は違う。

 その人物のことを私はよく知っていた。


 でもこの人が来ると話が複雑になりそうな……。


「聖女フローリア様、またお会いできてうれしく思います」

 とりあえず私はその人物にあわてて挨拶をした。


「アナスタシア、あなたに婚約者などいるとは聞いていませんよ。あなたは私にこう言ったじゃないですか。恋人などいないと。自分は魔法の世界で一人で生きていくんだと」


 そうだった。

 私は聖女フローリア様には本当の気持ちを伝えていたんだ。

 私に男はいらない。

 それに……。

 私はクリスの気持ちには応えられない女だから。

 クリスと付き合う資格なんてないし、ましてや婚約などできるわけがない。


「どういうことだい? 聖女には恋人はいないと伝えているのかい?」

 フローリアの言葉で、パルナール王子が怪訝な顔をして聞いてきた。


 まずい。

 王子にウソをついていることがバレてしまう。

 オーウェンには通用した『恋人いる作戦』が、簡単に偽りだと見破られてしまいそうだ。


「どういうことだろう。アナスタシアに恋人はいないのかい? 私の気持ちをそらすためにこんな芝居をうっているのかい?」


 もう駄目だ。

 ウソはつき続けられない。

 王子が怒り出す前にすべてを正直に話そう。

 王子をだます計画を立てたのは私で、クリスたちはそれに協力してくれているだけなんだから。みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。


「パルナール王子、申し訳ありません。恋人がいるなんてウソなんです。本当に申し訳ありませんでした」

 私はもうこれでもかというくらいに深々と頭をさげてそう言った。


「私をだますつもりだったのかい?」


「つい恋人がいると言ってしまい、後に引けなくなりました」


 もうダメだ。

 私は打首にでもなるのだろうか。

 そう観念しているときだった。


 急に王子は笑いだした。

「アナスタシア、私はそういう感覚的に生きている君に興味を持ったんだよ。そうか、恋人がいないんだね。だったら私にもチャンスがあるってことだね」


 感覚的に生きているって。

 単に何も考えていないバカだってことかしら。

 だったら当たっている気もする。

 そのバカな頭で考えた私の答え、みんなにはっきりと言おう。


「私、決めています。男の人と今後誰ともお付き合いするつもりはありません。ましてや結婚など絶対にするつもりはありません」


 私の突然の宣言に王子やクリス、周囲の人たちはあっけにとられたように静まりかえる。


 そんな中、聖女フローリアが口を開いた。

「アナスタシア、それは、いいことですよ。聖女になろうというあなたに男性など必要ありません。聖女には結界を張るという重大な役目があるのです。すべてを犠牲にして結界を守り続けなくてはならないのですから」


 そんな時だった。


 一人の兵士が舞踏会場に飛び込んできた。

 その兵士は慌てた様子でパルナール王子のもとに駆けつけてきた。


「王子、大変です!」


「どうしたのだ?」


「結界が、結界が破壊されています!」


「なんだって!」


 王子の声が会場中に響いた。

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