第50話 ミミが本当に好きな人とは

 今日の授業はまったく頭に入らなかった。

 もともと勉強は苦手な方だし。

 それに王宮舞踏会へ招待されたことがずっと頭に残っているし。


 心配だった。

 王子の前でクリスと付き合っているフリをしなければならないなんて。


「どうしたの?」

 そんな私にミミが声をかけてきた。


「うん」


「なんか元気ないわね。いつものアナスタシアらしくないわよ」


「ちょっとね」

 そう言いながら、私はあることをひらめいた。

 そうだ、ミミにも協力してもらおう。友達を連れてきてもいいと王子も言っていたし。


「ねえ、ミミ、ダブルデートのことなんだけど」


「ついにやる気になってくれたの!」


「う、うん」

 びっくりするだろうな。

 私はそう思いながら言葉を続けた。

「ダブルデートで王宮舞踏会に参加しない?」


「ええ? 王宮舞踏会?」

 予想通り、ミミは目を丸くしている。

「王宮舞踏会って、私たち一般庶民は入れない場所じゃないの?」


「うん、実はパルナール王子に招待されたんだ」


「王子に招待?」

 ミミはますます訳がわからないといった顔をしている。


 そりゃそうだ。

 いろいろなことをミミには相談したかったが、何も話せないままでいたんだもの。


 私はかいつまんでこれまでの経緯をミミに話した。

 美容ポーションのこと。

 王子が私たちを救ってくれたこと。

 舞踏会に誘われ、そこで付き合っている人を紹介しなければいけなくなったこと。


「それで、付き合っているクリスを王子に会わすことになったのね」

 興味深そうにミミは言う。


「付き合っているというか。付き合っているふりをして王子に会うことになったの」


「ふりって、前にも聞いたけど、アナスタシアはクリスと付き合ってないの?」


「付き合ってない。私は一人で生きていくって決めてるんだから。それに私、クリスと付き合う資格なんてないのよ」


「ふーん。よくわからない。要はクリスのこと好きじゃないってことね?」


「そんなことない」

 私は即座に返事をする。

「クリスのことは好き……。けれど、汚れた私がクリスと付き合っていいはずがないの」


「汚れた? そこのところを詳しく教えてくれない?」

 ミミは真剣な眼差しでそう言ってきた。


 ミミなら信用できる。

 言ってしまおう。

 ミミに話を聞いてもらおう。

 そんな思いが湧いてきた。

 一人で抱えているには重すぎる問題だった。


 私は思い切ってミカエルのことを話し始めた。

 ミミに話すのはもちろん初めてだ。

 ミカエルと結婚の約束をしたこと。

 その日、一緒に夜を過ごしたこと。

 ミカエルから婚約破棄されたこと。


 ミミはいつもの明るさで笑い飛ばすのかと思ったが、じっと静かに私の話を聞いてくれていた。


「それで、アナスタシアは自分が汚れてしまっていると思っているのね。クリスと付き合う資格がないと思っているのね」


「そうなの」


「あなたがそんなふうに考えていること、クリスに話してみたら?」


「そんなこと話せるわけないよ」


「だったら……」

 ミミは続けた。

「だったら、話せないことは、ずっと一生隠し続けていればいいのよ。クリスになんでも話す必要なんてないんだから。その方がクリスのためになることだってあるよ」


「隠したほうが、クリスのためになる……」


「そう。隠した上で、クリスと付き合っていけばいいだけのことよ」


 ミミはそう言うと、明るい笑顔を見せた。


  ※ ※ ※


(ミミside)


 ミミは驚いた。

 アナスタシアがミカエルという貴族と婚約までしていたなんて。

 クリスはそのことを知っているらしい。けれど、アナスタシアがミカエルと一線を超えた関係だったことまでは知らないようだ。


 クリスがその事実を知ればどうなるのだろう。

 ミミの持論はこうだ。


 男は、そういうところにどうしてもこだわってしまう生き物なはず。

 真剣に付き合う女性には、清らかであってほしい。ほとんどの男はそう思っている。


 だったら、アナスタシアが隠していることをクリスが知ればどうなるのだろう。

 誰が見ても、クリスはアナスタシアのことを好きで好きで仕方がないことは明らかだ。

 でも、事実を知れば、そんな熱も冷めてしまうのだろうか。


 ミミはアナスタシアにウソをついていることがある。


 アナスタシアには、私が好きな人はダンだと伝えている。

 嘘だった。

 私の好きな人は他にいる。

 ずっと陰ながら見続けていた人。

 クリス・リネカー。私が本当に好きな人の名前だった。


 今なら、クリスをアナスタシアから遠ざけることができるかも。

 今、クリスに近づけば、二人の仲を遠ざけ、自分がそのポジションに成りかわれるかもしれない。

 いけないとは思いながらも、そんな思いが自然と湧いてきた。


 アナスタシアとの話がすんだミミは、一人で大学の中を歩き回った。


 いた。

 ずっと見続けていた人だから、放課後になれば大体どこにいるのかは見当がつく。


 ミミは探していた人物に近づいていった。

 そして、その人物に声をかけた。


「クリス!」


「やあミミ、どうしたんだい?」

 クリスがこちらを向いた。


「クリス、あなたにどうしても話しておきたいことがあるの」

 ミミはそう言いながらクリスに向かい足を進めたのだった。

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