第49話 クリスを舞踏会に誘う

 朝、大学に向かうと、いつものようにクリスが近寄ってきた。

「おはよう」

 私たちは挨拶をかわす。

 そして、そこからが気まずくなる。

 前にクリスはこんなことを言ってきた。

「アナスタシアは俺を避けているの?」と。

 正直に告白すると、その通りだった。私はクリスを避けている。

 クリスの気持ちは嬉しかった。

 間違いなく私を大切に思ってくれていることはよくわかる。

 けれど、そういう真っ直ぐな気持ちが私を苦しめていることも事実だった。


 私はクリスと付き合う資格などない女だし。

 魔法の世界で、一人で生きていくと決めているんだし。

 それに、もし聖女になれたら、男性と結婚などできないんだし。


 私とクリスの間に沈黙が流れた。

 でも話さなければいけないな、王宮舞踏会のことを。

 付き合ってもいないのに、付き合っているふりをしてくれとお願いしなくてはいけない。


「クリス、実は相談に乗ってほしいことがあるの」

 なかなか言葉が出なかった私だが、もうこれ以上黙っていると大学に着いてしまう。私は思い切ってクリスに話しかけた。


「なに?」

 クリスはうれしそうな顔をした。


「私と王宮舞踏会に出てほしいのよ」


「王宮舞踏会? あの貴族しか入れない王宮舞踏会に?」


「ええ、その王宮舞踏会に」

 私はそう言いながらこれまでの経緯を説明した。


 オーウェンがミカエルに借金を背負わされ働かされていたこと。

 パルナール王子がそのことを知り、ミカエルを罰したこと。

 王子から王宮舞踏会に誘われたこと。


「でもどうして王子はアナスタシアを舞踏会に誘ったのだろう」


「それは……」

 嘘だと思われても言うしかなかった。

「それは、王子が私のことを気に入ってくれているからよ。私に『お付き合いしている男性はいますか』と聞かれたのよ」


「それで何と答えたの」


「王子に好意を持たれてしまっているのなら、あきらめてもらいたいと思ったので、思わず『います』と言ってしまったの。そしたら、その人を王宮舞踏会に連れてきてくれって」


「思わず?」


「ええ、だからクリス、またオーウェンのときのようにパルナール王子の前で私と付き合っている演技をしてほしいのよ」


「演技ねえ……。わかった、そういうことならお安いことだよ」


「でも」

 私は心配で仕方がないことをそのまま口にした。

「相手は一国の王子よ。クリスに迷惑がかからないかな」


「迷惑? 大丈夫だよ」


「パルナール王子、会った感じは良い人そうだったんだけど、それでもクリスのことを目の敵にしたりしないかな」


「まあ、恋敵だと思われたら、ひどい仕打ちがあるのかもしれないね」


 クリスの言う通りだ。

 いくら人間が出来ているパルナール王子だって人の子である。良いところもあれば欠点だって持っているはず。

 あれだけの権力者、クリスを排除することくらい簡単なことだ。


 私、とんでもないことをクリスにお願いしているんじゃ……。


「ごめんクリス。やっぱりこの相談はなかったことにして。あなたを王宮舞踏会には連れていけないわ」


「どうしてだい?」


「危険すぎるわよ。あなたをパルナール王子に会わせるなんて危険すぎるわ」


「そうかい。でも、俺は舞踏会に参加したいな。王子の前でアナスタシアと付き合っているのは俺ですと言いたいけど」


「駄目だよ。付き合ってもいないのにそんなことさせられない」


 クリスは私に視線を向けて言った。

「俺たち、付き合っていないのかな」


「付き合っていない」

 私は反射的にそう答える。


「だったら俺は、アナスタシアと正式に付き合いたいと思っているんだけど」


「クリス……」

 私はいつかはっきりと言わなければと思っていたことをこの場で述べた。

「私は、一人で生きていくと決めたの。男なんていらないと決めているの。それに、私はクリスと付き合う資格などない女なのよ」

 あと聖女フローリア様にも言われたし。

 聖女になるんだったら結婚はあきらめろと。


「そうなんだ……」

 クリスはそうつぶやき、言葉を続けた。

「でも、舞踏会には行くからね。パルナール王子にアナスタシアのことをしっかりとあきらめてもらう役をさせてもらうから」

 クリスはそう言うと、いつもの優しそうな笑顔を向けてきたのだった。

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