聖女誕生そして私とクリス

第47話 オーウェンのお母さん

 私は聖女フローリアに連れられて、オーウェンの家に向かっていた。

 フローリアが聖なる力の使い道を教えてくれるというのだ。

 道すがら、フローリアが私に話しかけてきた。

 意外な話題だった。


「ねえ、アナスタシア、あなた恋人がいるの?」


「えっ?」

 一瞬、クリスの姿が浮かんできた。

 でも、違う。

 私は、クリスの恋人になる資格などない女なんだ。クリスはキレイな人で、対する私は汚れてしまっているし……。

 それに私は決めたはず。

 もう男なんていらないと。

 一人で生きていくために魔法の世界に戻ってきたんだから。


「恋人などいません」


「そう」

 フローリアは満足そうな顔で言った。

「それは良かった。聖女に男性など必要ありませんから」


 確か前にも、フローリア様はそんなことを言っていた。

 結界を張るために、自分はすべてを犠牲にしてきたと。

 男にうつつを抜かしている暇などないし、ましてや結婚など考えられないとも言っていた。

 ということは、聖女というのは、一人で生きていくと決心している私にピッタリの仕事ではあるまいか。

 まあ、聖女などになれる力はないのだろうけど……。


 そんな私に、聖女フローリアは思いがけないことを言ってきた。

「私は順番に各地へ赴き、聖女候補に会っています。その中でアナスタシア、実はあなたが次の聖女の最有力候補なのよ」


「私が、最有力候補?」


「そうよ。大学の講堂で皆を生き返らせた話を聞いているわ。そんなこと、現聖女の私でもできないことよ。あなたは神がかり的な能力を持っているわ」


 そういえば私、あの講堂で自分のことが怖くなるくらいの力を発揮したんだ。

 今思い出しても震えてくる。あの時、自分が自分でなくなった瞬間があった。

 何者かに取りつかれてしまったかのような自分。あの回復術は本当に自分の力だと言えるのだろうか? 誰かの力を借りて行えたことではないのか。


「だからアナスタシア、あなたにはその聖なる力を真っ当なことに使うようにしてほしいのよ。決して美容ポーションを作ることで満足などしてほしくないの」


 やっぱり聖女様は美容ポーションがお嫌いなんだ。

 あんな、男に媚びるような薬が売れていることに嫌悪感を感じておられるのだろうか。

 男などには興味がないと言うフローリア様にとって、美容ポーションは一時的な効果しかもたらさない理解し難い有害なものなのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、貧民街にあるオーウェンの部屋に到着した。


「あ、アナ姉!」

 王子のおかげで無事に露天商に戻れたオーウェンが、私に飛びついてきた。

 ほんと、この時分の子供はかわいい。

 けれど、もう少ししたら、オーウェンも思春期になって何も話さなくなってしまうんだろうな。


「これ、オーウェン、今日は聖女フローリア様も来ているんだよ。大人しくしていなさい」

 ベッドで横たわるオーウェンの母親がなんとか上体を起こしながら声を出す。


「どうかお母様、無理せず横になっていてください」

 私はいつものセリフを言う。


「今日は私なんかのために、フローリア様が直々に何かをしていただけるそうで」


「ええ、今日はあなたの病気について何か手助けできないかと思って来たのです」

 フローリアは続けた。

「ここにいるアナスタシアは薬草をよみがえらせる特殊な能力を持っています。その力を、あなたの治療に役立たせたいと私は思っています」


「私の治療に?」


「はい。アナスタシアは聖なる力を美容ポーションなどという馬鹿げたものに注いでしまっていますが、そんな能力を正しいことに使えば、本当の意味で多くの人の力になれるはずなのです。それを今からあなたの病気を使って実践させていただこうと思います。よろしいですか?」


「私なんかでよろしければ」


「では、アナスタシア、はじめなさい」

 聖女フローリアは私に顔を向けた。

「オーウェンのお母さんの薬に、今すぐ聖なる力を加えなさい」


 私は前もって言われていた通り、いつもお母さんが飲んでいるという薬を台紙に広げ、それに回復術を施した。


「ストラスファクター!」

「ブリザード!」


 この薬も元は薬草。

 さあ、よみがえって!

 私は心のなかで叫ぶ。


 すると台紙の上に広がる薬の粉たちがぶるぶると震えだし、白い光を発しはじめた。


「うわっ すごい!」

 オーウェンが驚きの声をあげる。


 しばらく揺れ続けた薬たちは、すっと落ち着きを取り戻す。


「完成ね」

 フローリアは満足げな様子で言った。

「さあ、お母さん、この薬を飲んでみてください」


「だ、大丈夫なんですか?」

 私は思わず横から口を出した。

 薬に回復術をかけたため、効果が変わってしまっているんじゃないかと心配したのだ。


「アナスタシア、心配しなくても大丈夫よ」

 フローリアは私の気持ちを見越したように言う。

「王宮医師団からも安全性の確認はとれているの」


 そうなんだ。

 安全なんだ。

 だったら、自分で言うのもおかしいけど、この薬の効果は結構すごいかもしれない。美容ポーションがあれだけのものになっているんだから。

 うまくいけばいいんだけど……。


「さあ、オーウェンのお母さん、アナスタシアの手を加えたこの薬を飲んでみてください」


「はい」

 オーウェンの母親はそう答えると、特に躊躇することなく薬を口に運んだ。


「えっ!」

 しばらくすると、母親が声をあげる。

「今までずっと力が入らなかった体が、重りが取れたように軽くなっています!」

 そう言いながら、母親はすっとベッドから立ち上がった。


「お母さん、大丈夫? 聖女様の前だからといって無理しなくてもいいからね」

 オーウェンが思わず母に言う。


「オーウェン大丈夫だよ。大丈夫なんだよ」

 母親の表情は明らかに変わっていた。

 今までどことなく漂っていた苦しそうな顔つきが完全に消えてしまっている。

「頭の中にかかっていた深い霧が、一気に晴れたような気分だよ。昔の私、元気だった頃の私に戻っているわ!」


「お母さん、本当に? 本当に大丈夫なの? 本当に昔みたいに元気になったの?」


「これなら大丈夫よ。これならお母さん、昔みたいに動けるし、働くことだってできるわよ。もうお前に苦労なんかかけないからね」


「よかった、お母さんが元気になった。よかった……」

 オーウェンの声は震えてしまっている。

「……ありがとう、アナ姉。……ありがとうございます、聖女フローリア様」


 うれしい。

 私はうれしくて仕方がなかった。

 いつも苦しそうにしていたオーウェンの母親がこんなに晴れ晴れとした表情をしている。

 その姿を見ているオーウェンの今にも泣き出しそうな顔。涙を流すまいと必死にがまんしている。

 そうだよね。男の子はそんなに簡単に泣いたらいけないんだもんね。

 でもね、今はいいんだよ。

 素直に思いっきり泣いて、お母さんに甘えていいんだよ。

 私は心の中でそんな言葉をつぶやいていた。


 そんな私に聖女フローリアが声をかけてきた。

「アナスタシア、わかった? あなたの聖なる力はこういうことに使うものだからね。決して美容ポーションなんかに使うものではないんだからね」


 その通りだと思う。

 こうやって、私の白魔法が誰かの役に立つ事実を知ると、本当にフローリア様の言葉は正しいと思う。

 けれど、フローリア様。

 フローリア様は、よほど美容ポーションがお嫌いなんですね……。


 美容ポーションをいつも目の敵のように言うフローリア様のことが、なぜか少しいとおしく感じられたのだった。

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