第45話 そのころミカエルは6

(ミカエルside)


「このバカ野郎! 何度言ったらわかるんだ!」

 ミカエルは店で働くオーウェンを怒鳴りつけた。

「また、釣り銭の金額が合わねえじゃないか! お前はろくに計算もできないのか!」


「申し訳ありません」

 オーウェンは下を向き、力なく言った。


 ミカエルは思った。

 こんなガキ、甘やかす必要はない。

 こいつはろくに小学校にも行っていないから、基本的なことが全くできていない。

 厳しく指導して、実地で学ばせる必要がある。

 ただ、このガキが根をあげて店から逃げ出すなんてことがあっても困る。

 そんなことになれば、アナスタシアが作る高級美容ポーションが手に入らなくなるからだ。

 まあオーウェンは俺が借金でしばりつけているので、簡単に辞めるなどとは言えないだろうがな。


「今度、釣り銭を間違えたら、お前の給料を減額するからな! 覚悟しておけよ! これは脅しではないぞ! お前の給料が減れば無駄な経費が下がるんだからな!」


 オーウェンはじっと下を向き、ミカエルの怒声を浴び続けている。


 ふん、ガキのくせにいっちょ前に泣きそうになってやがる。

 所詮はガキだ。

 今後も貴族の俺様が貧民街のガキを厳しく指導してやらねばな。


 そんなことを考えていると、商品の納入に来ていたアナスタシアが声をあげた。

「ミカエルさん、さっきから聞いていれば、まだ小さな子供相手にちょっと厳しすぎる言い方ではないですか」


 こいつも俺様に意見するつもりだ。

 がつんとわからせておく必要がある。貴族の俺様に対して、平民の娘が意見することなど許されないことを。


「黙れアナスタシア! 俺様のやり方にいちいち口を出すな! お前は黙って高級美容ポーションを持ってくればそれでいいんだ! 覚えておけよ! お前が商品を持ってこなかったら、借金を背負ったこのガキの将来はもうないんだからな! そこをよく考えて、これからも良い商品をしっかりと納入しろ! それがお前の役割だ!」


 このぐらいの言葉では物足らない気がしたが、アナスタシアも大事な商品を生み出す道具だ。辞めさせるわけにはいかないので、この辺で止めておいてやる。


 そんな時、新しい客が入ってきた。

 ……またこいつらが来やがった。


 ミカエルは店の扉を開けた客を見てうんざりした気持ちになった。

 そして、客にこう言ったのだった。


「おい、ここは貧乏人の町人が来るところではないと言っただろうが! 何度説明したらわかるんだ!」


 店に入ってきたのは、先日にも姿を見せた男女二人組だった。

 一人は若い男で、もう一人は年配の女性だ。

 前に来たときも、二人は訳のわからない言いがかりをつけて、結局何も買わなかった。


 そんな二人はミカエルの言葉を無視して、店の中の商品を見て歩いている。


「おい、聞こえなかったのか! ここはお前たち貧乏人が入れる店ではないんだよ! 町人のお前たちが、偉そうに貴族様相手の店に入ってくるんじゃねえ!」


 その言葉を聞いた若い男性が、ようやくミカエルの方に顔を向け口を開いた。


「この店では、こんな小さな子供を働かせているんだね」


 こいつもそうだ。

 町人のくせに貴族の俺様に意見しやがる。

 こいつにも世の中というものをしっかりと教えておく必要がある。


「おい、言いがかりをつけるのもいい加減にしろよ!」

 ミカエルは男に対しても声を荒らげた。

「俺はな、こいつを助けるために働かせているんだ。病気の母親しかいないこの子供を助けるために仕事を与えてやっているんだ。事情を分かっていないやつが、偉そうなことを言うな! これは人助けだ。法律違反なんかではないんだからな!」


「ほう、子供を働かすことが法律に違反していることは知っているようだな」

 若い男は冷静に返す。


「てめえ、俺の話を聞いてなかったのか! これは人助けなんだよ! 変な言いがかりをつけると、その命、いくつあっても足りねえぞ! お前のような町人を殺しても、貴族の俺様は罰を受けなくていい法律があるのを知らないのか!」


「そんな法律は、ないはずだが」


「本当に何も知らないんだな、バカが。まあいい、何度も言わせるな、貧乏人に用はないんだ、さっさと帰れ!」


「あなた、法律には詳しいようね」

 今度は年配の女が話しかけてきた。

「だったら、聖女を守る法律は知っているわよね」


「ああ、聖女は魔界との結界を張る大切な役割があるから、それを邪魔するやつは厳しく罰せられるというあれだろ。それがどうした?」


「その法律、これから聖女になろうとしている聖女候補にも適用されるのよ」


 ああ、この女が言いたいことはわかった。

 聖女候補のアナスタシアを働かせていることが違法だと言いたいんだ。

 ふん、こいつもあの男と同じただのバカだ。


「おい、ここにいるアナスタシアと俺は、ただの知り合いではないんだよ。詳しくは言えないが、もっともっと深い深い間柄なんだ。この女は、自分からすすんで美容ポーションを作らせてほしいと言ってきているだけだ。俺は仕方なく、それを受け入れているだけなんだ。さあ、話はもう終わりだ! 分かったのならさっさと帰ってくれ! これ以上商売の邪魔をしないでくれるか!」


 ミカエルがドブネズミを追い払うように、二人に対し手を外に向けて振る。

 二人は、無言で店を出ていったのだった。


  ※ ※ ※


 数日後、ミカエルがセギュール家の屋敷に戻ると、婚約者のエヴァが血相を変えてとんできた。


「ミカエル、どういうこと? パルナール王子があなたに会いたいと言ってきているわよ」


 パルナール王子?

 なぜ、王子が俺と会いたいのだ?

 ああ、そうか、わかったぞ。


「エヴァ、おそらく王子は美容ポーションに興味を持っておられるのだろう。俺が売る美容ポーションは恐ろしく質が良いので、それを献上してほしいという話ではないだろうか」


「献上なんて、とても名誉なことよ!」


 その通りだった。

 そんなことになれば、俺様の地位はますます上がっていくことになる。


 ミカエルは急いで身支度を済ませると、王子のいる王宮へと向かった。

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