第44話 王子と会う

 パルナール王子ってどんな人なんだろう。

 優しい人ならいいな。

 でも。

 嫌な予感がする。

 だって、私、呼び出されているんだもの。

 美容ポーションのことで、聖女フローリア様にも注意されたところだし。


 ものすごく怒られるのかな。

 怒られるだけですめばいいけど……。


 そんなことを考え、長い廊下を歩いていた。

 赤い絨毯がまっすぐ伸びた一番奥の部屋に私は通された。


 さあ、どうしよう。

 平民の私は、礼儀がわからない。

 多分、王子と会う時は、どういう礼をしなければいけないかなど、いろいろ決まりがあるんだろうな。

 でも、わからないものは仕方がない。

 下調べする暇もなく連れてこられたのだから。


 扉が開くと、立派なテーブルが目に入ってきた。

 乳白色に輝いている。

 大理石で出来ているのかな。

 その奥に椅子があり、一人の若者が座っている。

 間違いない。あの人がパルナール王子だろう。

 恐れ多くて目を合わすことができない。


「は、はじめまして、パルナール王子。お目にかかれて光栄です」

 わけも分からず、とりあえずそう挨拶をした。


「君が、アナスタシアだね」


「……はい」

 蚊が鳴くような声になってきた。


 そんな様子を見た王子が声を出して笑いだした。

「そんなに緊張しなくていいよ。まあ、そこに座って」


 へ?

 なんか親近感ある話し方だ。

 でも、覚悟しておかなきゃ。

 美容ポーションの件で、王子はかなり怒っているはずだから。


「さっそくだけどアナスタシア、オーウェン君の店で出している高級美容ポーションのことを聞きたいんだけど」


 きた。

 もうこうするしかない。

「す、すみませんでした!」

 私はテーブルに頭を打ちつけるくらいに頭を下げてそう言った。


 フローリア様にも言われたし。

 聖女候補たる私が、聖なる力をあんなものに使ったら駄目だと注意されたし。


 そんな私にパルナール王子はこんな言葉をかけてきた。

「何を謝っているんだい? 君は謝るようなことをしてたのかい?」


「……い、いえ」


「じゃあ、謝る必要なんてないよ」


「でも、パルナール王子は美容ポーションのことを良くない商品だと思っているんじゃないのですか」


「まあ、確かに人の心を惑わす危険な物だとは思っているよ」


「じゃあ、それを作っている私は、王子にとって気に入らない人物になるのでは?」


「美容ポーションに関わっているすべての人が悪だなんて思っていないよ。ただ、中にはひどいことをしている者もいるね」


 ひどいことをしている者……。

 私の頭の中にミカエルの顔が浮かんできた。


「オーウェン君から、いろいろ事情は聞いている。実はアナスタシアをここに呼んだのは、オーウェン君のことが気になってのことなんだ。どうしてあんな小さな子供があの店で働くことになったのか、君は詳しい事情を知っているだろ。僕に知っていることを教えてくれないか」


 私の知っていること。

 正直に、素直に思っていることを言えばいい。

 私は、王子にこんなことを話した。

 オーウェンのお母さんが病気で、薬代が必要なこと。

 彼のお父さんはなぜかいないこと。

 粗悪品の美容ポーションをつかまされて、助けてあげたこと。

 私の作った美容ポーションが評判になり、ミカエルが近寄ってきたこと。

 オーウェンがミカエルから借金を背負わされ、今もこき使われて働かされていること。

 私も脅されて美容ポーションを作り続けていること。


 パルナール王子は黙って私の話を聞いてくれた。

 聞き終えると、静かにこう言った。


「よくわかったよアナスタシア。君は何も間違ったことはしていないよ。だから安心してくれていいよ」


 間違ったことはしていない?

 明日からも美容ポーションを作り続けていいということなのだろうか?

 頭の中に、疑問符が浮かんでいた。

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