第42話 聖女に注意される

「私の名前はフローリア、聖女フローリアです」


 えっ?

 聖女様?

 私は道に立つご年配の女性をあらためて見た。


 もちろんお顔を拝見するのは初めてだった。

 思っていたより小柄な女性。

 髪の毛には白い部分が目立ってきている。

 目は大きくキリッとしていて、厳しい表情をされている。


「アナスタシア、あなたは聖なる力を間違ったことに使っているわね」


 聖女フローリアはいきなりそんなことを言ってきた。


「間違ったこと?」


「そうよ。美容ポーションなんかにせっかくの魔力を注いでいるわよね。いったいどういうつもりなのかしら」


「美容ポーションに魔力を使うことは間違っていることなのでしょうか」


「間違ってます」

 フローリアはきっぱりと言った。

「あなたは、聖女候補の身なのでしょう。そんなあなたが女性を惑わす品物に手を貸してどうするの? 美容ポーションは女性の人生を駄目にしてしまう物なのよ」


「確かに怖い側面もあると聞いています。けれど、きれいになりたい女性の気持ちを満たしてくれる良い面もあるのではないですか?」

 美容ポーションの危険性は最近よく話題になり知っているつもりだ。

 けれど、それを頭ごなしに否定する聖女様の言葉には少し反論したい気持ちになった。

 どんな物も、良い側面と悪い側面があるのでは。


「確かにあなたの言う通り、美容ポーションは女性の気持ちを満たしてくれるようなところもある。けれど、あれを使った女性たちは、その満足感に歯止めが効かなくなるのよ。結局は元の姿に戻ってしまう無意味な商品に、全財産をつぎ込んでしまう人もいるのだから」


「……」


「もう一つの問題は、そういった女性心理につけ込んで大儲けしようとする人たちが群がってくることよ。美容ポーションの値段は恐ろしいほどにつり上がっているわ。ニセモノも横行している。その結果、あなたも知っていると思うけど、オーウェンのようなあんな子供が借金を背負わされて働かされている事態にもなっているのよ」


 聖女様はオーウェンと会っているんだ。


「アナスタシア、あなたはせっかくの恵まれた魔法の才能を、とんでもないことに使ってしまっていることに気づかないの。そんなことでは、聖女候補として失格だわ」


 ああ、早くも失格宣告を受けてしまった。

 まあ、もともと私には聖女になる力なんかないんだし、早めに落としてもらうほうがありがたいんだけど。

 でも、聖女失格となったら、もうカサ魔法大学の特待生ではいられなくなるのでは。

 だったら、クリスやミミたちともお別れになってしまうのだろうか。


「フローリア様、私は魔法の世界で一人で生きていく覚悟でいます。聖女失格は仕方ありませんが、魔法界で生きていく道だけは閉ざさないで残しておいてほしいのです」


 その言葉を聞いたフローリアが少しだけほほをゆるめた。

「まだ、正式に聖女候補を失格になったわけではありません。このままでは失格になると忠告しているだけよ。それに、魔法の世界で一人で生きていくという言葉はとても気に入ったわ。私も、何もかもを犠牲にして一人で聖女として生きてきた身ですから」


「何もかもを犠牲にして、一人で生きてきた……」


「そうです。聖女には、この世界に結界を張ることで魔物から人々を守るという重大な使命があります。そのため、男にうつつをぬかしている暇などもちろんありません。ましてや結婚など考えられない聖職なのです。アナスタシアが一人で生きていきたいという言葉を聞き、その点は私も安心しましたよ」


 そうなんだ。

 聖女って、男などには構わず一人で生きていく仕事なんだ。

 だったら、私の目指している生き方だわ。

 もしかして私、聖女に向いているのかもしれない。

 聖女フローリアの話を聞くと、どことなくそんな気がしてきたのだった。

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