第39話 ミミの好きな人

「どうしたんだいアナスタシア、最近俺を遠ざけているように思えるんだけど、気のせいかな」

 登校の途中、横に並ぶクリスが声をかけてきた。


「別にそんなことないよ」

 嘘だった。

 私はクリスと距離を置こうとしている。

 だって、私はクリスのそばにいられる資格などない女なんだから。

 私はクリスとマルシアの関係をあんなに気にしていた。一線を超えた関係なのかどうかを。

 そんな事実はないと知った私は、正直うれしかった。

 けれど。

 けれど、私の方はどうなの?

 ミカエルとの関係、思い出したくもない過去が浮かんでくる。

 私は、クリスにふさわしい女なの?

 私は汚れてしまっている。

 クリスのようにきれいに生きている男性のそばになどいられない……。


「なにか最近浮かない顔をしていることが多いけど、悩みごとがあるのなら遠慮せずに俺に言ってほしい」

 クリスはつぶやくようにそう言った。


「ありがとう。別に悩みなんかないから」

 本当は、いろいろと相談したかった。

 オーウェンがまた借金を背負わされたこと。

 私が美容ポーションを作り続けなくてはならないこと。

 ミカエルが私に近づいてきていること。

 様々なことが頭に浮かび、私を悩ませる。

 けれど、クリスに頼るわけにはいかない。

 私は決めたはずだ。

 男なんていらないと。

 一人で生きていくために、この魔法の世界に戻ってきたのだから。


 校門を抜けると、あの桜の木が私たちを迎えてくれる。

 予想以上に長期間咲き続けていた桜も、今は花びらが舞い散り、木の根に薄桃色のじゅうたんを敷いている。

 桜の花の命は短い。

 時間とともに美しいものは失われていく。


「おはよう、アナスタシア」

 後ろから聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。


「おはようミミ。今日もどことなく楽しそうね」

 ミミは本当にすごい娘だと思う。

 自然にいるときでも笑顔を絶やさない。

 ミミを見ているとこちらまでなんだか嬉しくなってしまう。


「ねえ、アナスタシア、ちょっと相談があるの」

 ミミはそんなことを言ってきた。

 そして、隣りにいるクリスに目を向けた。


 クリスは何かを感じたのだろう。

「あっ、ごめんごめん。女性同士の話なんだね」

 そう言うと、私たちから離れていく。


「何、相談って?」


「実はね、私、好きな人ができてしまったの」

 ミミは直球でそう話してきた。


「えっ?」


「その人のことを想うと体がビリビリとしびれてくるのよ」


「ビリビリとしびれるの?」


「そう、電流を流されたみたいにビリビリくるの」


「ふーん、それで、その好きな人って誰なの?」


「うん、それが、あなたもよく知っている人よ」


 よく知っている人?

 まさか、クリスのことを?


 私の気持ちを察したのだろう。ミミはすぐに言葉を続けた。

「大丈夫だよ、クリスではないから」


「じゃあ、私のよく知っている人って誰?」


「いるでしょ。アナスタシアがよく知っているカッコいい男性が」


 私の知っている人って。

 まだ大学に通いだしてそれほど経っていないから、そんなにはいないよ。

 クリスは昔からの知り合いだし、それ以外で知っている人って……。


 あっ!


「まさか、ダンさんのことが好きなの?」


「ご明答」


「えっ? いつから?」


「うん、マジックライトが終わったくらいから」

 がらになく照れた様子でミミが話す。

「アナスタシアに振られたダンさんを見ていると、私がそばにいてあげたいなと思うようになって……」


「私、別にダンさんを振ってなんかいないけど」


「振ったわよ。みんなの前で『私、クリスと踊ります』と言ったじゃない。そのときのダンさんの表情なんて見ていないでしょ。なんともいえない顔をしていたんだから」


「……」


「ああ、ごめん。別にアナスタシアを責めるつもりはないのよ。そんな話をしたいんじゃなくて、あなたにお願いがあるの」


「お願い?」


「うん。ダンさんとの仲を取り持ってほしいの」


「私が? どうやって?」


「ダブルデートしよ。アナスタシアが誘ったら絶対にダンさんは来ると思うの。私とダンさん、アナスタシアとクリス、四人でダブルデートしよ」


「えー!」


 私、男なんていらないって決めているんだけど。

 それに私、クリスとデートなんてできる女ではないんだから……。

 汚れてしまった私に、そんな資格ないんだから……。

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