第38話 そのころミカエルは5
(ミカエルside)
ミカエルは満足だった。
アナスタシアに高級美容ポーションを作らせる約束を取り付けたからだ。
やはり俺の考えは間違っていなかった。
あのガキ、オーウェンに借金を背負わせれば、アナスタシアは協力しないわけにはいかなくなる。
それに俺はアナスタシアの弱みを握っている。
俺とアナスタシアは一線を超えた関係だ。
そのことを新しい男にバラすと脅せば、あの女は俺の言いなりになる。
簡単に言えば、俺は聖女候補のアナスタシアを自分の手の中に入れているということだ。これからもどんどん利用して、俺様の出世に役立たせればいいのだ。
「おいオーウェン、今日は出店初日だぞ。気合いを入れてしっかり売るんだぞ!」
ミカエルは店の準備に走り回っているオーウェンに対して声を荒らげた。
この店の実質的オーナーはこの俺様だ。
オーウェンはアナスタシアに高級美容ポーションを作らせる道具でしかない。
「どれだけ高く売るかが勝負だ。商品は間違いなく最高級品だ。あとはお前がしっかりと利益の出るように売ればいいだけだ」
「……はい」
オーウェンが力なく返事をする。
最近やっとこのガキは自分が俺様の手下であることを理解しはじめた。
俺様の気持ち一つで母親の治療費が工面できなくなることが分かってきたのだ。
治療費が必要なガキには、これからも借金を背負わせ続ければいい。
そうすれば、アナスタシアは永遠に俺様のために美容ポーションを作り続けることになるのだ。
ミカエルは自然と自分の顔から笑みがこぼれてくるのを抑えきれずにいた。
「いらっしゃいませ!」
オーウェンは露天での経験を活かし、大きな声で客を出迎える。
そんな姿を見てミカエルは思う。
子供が母の治療費を稼ぐために健気に商売をしている。
これを売りにしたら、いくらでも客足は伸びるはずだ。
どんどん値を釣り上げればいい。
その結果、俺様には莫大な金が入ってくるのだ。
「坊や、美容ポーションを三つくれるかい」
「はい、ありがとうございます」
オーウェンは手際よく商品を手渡し金を受け取る。
「こっちは五つだ、五つ売ってくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
開店から次々に客が訪れ、あっという間に店の前には長い列が連なった。
客のほとんどは貴族の使用人たちである。
俺様の目に狂いはない。
エヴァのように美に目がくらんだ金持ちたちの使用人がどんどんと押し寄せてくる。
そんな中、町人風の男性客が年配の女性を連れて店に入ってきた。
ちぇっ、貧乏人がやってきやがった。
ミカエルは心のなかで舌打ちをする。
「こんにちは、この店は坊やがやっているのかい?」
男性客はオーウェンに声をかけてきた。
「ええ、まあ……」
オーウェンは言葉をにごした。
あたり前だ。
オーウェンはあくまで仮の店長だ。
実質的には俺様がやっている店なんだから。
「それにしても、このポーションはちょっと高すぎはしないかい?」
「……ええ、まあ、でも、品質はとても良いものなんです。そこは胸を張って自慢できる商品です」
「そうか、物がいいんだね」
男性がそうつぶやいていると、隣に立つ年配の女性が声を出した。
「この美容ポーション、誰かが手を加えているわね。どうしてこんな商品がここで売られているのか、坊や私に教えてくれないかい?」
「えっ? それは……」
オーウェンと二人のやり取りを聞いていたミカエルが、すかさず横から口をはさんだ。
「ちょっとお客さんたち、うちの商品にケチをつけてもらっては困るね。ここは金持ち相手の店なんだ。あんたらみたいな町人が来るところではないんだよ。商売の邪魔だから、さっさと帰ってくれないか」
ミカエルにそんなことを言われても、年配女性は物怖じせずに話し続けた。
「この美容ポーションには何かからくりがありそうね。この商品には手を加えている人がいるはずよ。私にその人と会わせてちょうだい」
「おいおい、俺の話が聞こえなかったのか?」
ミカエルは声を荒らげた。
こういう客が一番困るんだ。
貧乏人のくせに商品にいちゃもんをつけてくる輩が。
「金を持ってないやつはさっさと帰ってくれないか! こっちは商売をしているんだ。あんたらと世間話をしているヒマなんかないんだよ!」
「失礼な男だな。お前がここの店主か?」
若い男性がミカエルに言う。
「ああ、実際の店主は俺様だ。わかったなら帰ってくれ! 金のないやつに用はないんだよ!」
ミカエルがそう怒鳴りつけると、その若い男性と年配の女性の二人組は無言で店を後にした。
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