第37話 ミカエルが脅してきた

「はっきりと言わせてもらうよ」

 ミカエルはぞっとする笑みをたたえながら言った。

「私がオーウェンに店を持たせようとしているのは、あの高級美容ポーションがあるからだ。けれど、もうそれが手に入らないとあの子は言っている。それじゃあ、私はあの子に金を貸すつもりなんかない」


「でしたら、店を出さなければいいだけのことですよね」


「ところがそう簡単な話ではないんだよ」


「……」


「もう私はオーウェン君と出店の契約を結んで、新しい店を買い付けているんだ。もしあの子が高級美容ポーションを仕入れられないのなら、あの子はまた多額の借金を私から背負うことになるんだよ」


 なんだかよくわからない。

 よくわからないが、この男、ミカエルは、子供相手に間違いなく酷いことをしている。

 子供に借金させ、自分の下で働かす算段をしているのだ。ミカエルは、やはりただのクズだ。


「ねえ、アナスタシア、さっきも言ったが、私はまだ君を愛しているんだ。私とオーウェン君を助けると思って、これからも高級美容ポーションを作り続けてくれないか」


 こんなことを真顔で言ってくるミカエルって、いったいどんな精神構造をしているのだろうか。

 しかも婚約者がいるご身分で、よくもまあ愛しているなんて平気で言えるものだ。


「はっきりと言わせていただきます。私はもうあなたのことは何とも思っていませんし、できればこれからも一生関わりたくないと思っています。ですから、今後一切、私はあなたに協力するつもりはありません」


 その言葉を聞き、ミカエルの顔つきが険しくなる。

 まさかこの男、私が喜んで協力してくれるとでも思っていたのだろうか?


「それなら、オーウェン君は一生借金を背負って苦しむことになると思うが、それでもいいのだな」


「……!」


「アナスタシア、よく考えるんだ。君はもう私に協力するしか道は残されていないんだよ。オーウェン君の借金はオーウェン君の責任だ。でもそれを招いてしまったのは、アナスタシアが作った高級美容ポーションがあってのことだ。つまり、オーウェン君の借金はアナスタシア、君の責任でもあるんだ」


 ミカエルの勝手な話が続いている。こんな話、無視するのが一番だ。

 けれど。

 このまま、オーウェンを見捨てるわけにはいかなかった。

 確かにミカエルがオーウェンに近づいてきた原因は、私の美容ポーションにあるのだから。


「アナスタシア、よく覚えておくんだ。世の中は、賢い者がいつも上に立つようにできているんだよ。私のような人間が最後は勝つことになっているんだ。だからしっかりと考えたほうがいいよ、聖女候補のお前が誰を味方にしたらいいのかを」

 そう述べるとミカエルはこんなことを付け加えた。

「それに、今君には仲のいい男性がいるようだね。その男に教えてあげないといけないね。私とアナスタシアがどんな関係を持っていたかということを。二人でどんなことをしたのかを。まあ、アナスタシアがちゃんと協力してくれるなら、私から必要のないことは話さずにいるつもりだが」


 脅しているんだ。

 この男は、私をこんな言葉で脅しているんだ。

 そして私を自分の意のままに操ろうとしているんだ。

 こんな男を間違ってでも好きになってしまった自分が今更ながらに恥ずかしい。

 こんな男にもてあそばれた自分はいったい何だったんだろう。

 

 けれど、こんなクズと私が付き合っていた過去はもう変えられない。

 それに……。

 こんな過去を持った私は、クリスに愛される資格などなかったんだ。

 クリスと違って、私はそんな清らかな女ではないのだから。私はもう汚れてしまっているんだ……。


「ミカエル、私はあなたのことは大嫌いだけど、オーウェンを見殺しにすることはできないわ。あの子の借金がなくなるまでという約束で美容ポーションを作ります」

 仕方がないというか、あきらめの気持ちだった。

 私はクリスに協力することを嫌々ながらに同意したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る