第36話 ミカエルが言い寄ってくる

 オーウェンの家を出た私は、何も話すことが出来ないくらいに気持ちが落ち込んでいた。

 あんな男に会うなんて……。

 あの男は、結婚を約束しながら簡単に私を捨ててしまった……。

 今、人生で最も会いたくない男、それがミカエルだった。


「大丈夫かいアナスタシア」

 隣りで歩くクリスが心配そうに声をかけてきた。


「ええ」


「気晴らしに、どこかに遊びに行くかい?」


 ありがとうクリス。

 私の気を紛らわそうとしてくれているのね。

 けれど……。


「ごめんクリス、今はちょっと一人になりたい気分なの。一人になってゆっくり休みたいの」


「そうだね。一人でゆっくりと気持ちを落ち着かせるのもいいかもね」


 一人で……。

 本当は……。

 本当は、色々なことをクリスに話したかった。話して楽になりたかった。

 でも、私を好きだと言ってくれているクリス……。そんなクリスに、曲がりなりにも私と婚約していたミカエルの話をするなんて失礼に決まっている。

 こんな時、ミミがいてくれたらいろいろ相談に乗ってくれるかもしれないけど。

 でも、今日は一人でいよう。

 一人で部屋でも掃除して、何もかもを忘れよう。


「じゃあ、クリス、ここからは私、一人で帰るから」


「うん」

 クリスは優しい顔をして頷いてくれる。

 そんなクリスを残して、私は自分の家に戻った。


 さあ、掃除しよ。

 いろんなホコリをとって、部屋も心もきれいにしよっと。


 そう思っていた時だった。


「こんにちは、アナスタシア」

 玄関先からこんな声が聞こえてきた。


 嫌な予感がした。

 間違いなく聞いたことのある声だ。


「こんにちは、アナスタシア、入り口のドアを開けてくれないか?」


 帰ってください。

 そう言おうとしたが、なぜか体が自然に動き、私は入口のドアを開けていた。


「やあ、アナスタシア。ゆっくり君と話をしたくて来てしまったよ」

 ウソで塗り固めたような笑顔でドアの向こうに立っていたのはミカエルだった。

 ミカエルは、よどんだ顔を向けてくる。


「ミカエルさんと話をすることなど、もう何もないと思いますけど。正直、私はあなたの顔を見たくもないのです」

 私はあえて丁寧で冷たい言葉づかいをする。


「いや、アナスタシア、君は誤解しているよ。私は君のことをまだ愛しているんだ」


 まだ愛している?

 私は開いた口がふさがらなかった。


「私はまだ、君のことを愛している。本当なんだ。だから少しでもいいから私といろいろなことを話し合わないか? まずは、君の部屋に私を入れてくれ」


 そんな信じられない言葉を話すミカエルを、なぜか私は部屋に通してしまう。

 こんなやつ、二度と話したくないのに、付き合っていた事実が私をしばりつけ、体が勝手に動いてしまう。

 悔しかった。


「今、オーウェン君から聞いてきた。アナスタシアは魔法を使えるんだね?」


「子供をたぶらかしていろいろな情報を得ているのですね」

 私は嫌味っぽく言う。


「オーウェン君とは仕事のパートナーになる予定だ。話を聞くのは当然だ」

 ミカエルは勧めてもいないのに部屋にあった椅子に座り話を続けた。

「話を戻すけど、君は魔法を使えるのか?」


「ええ、まあほんの少しですが」


「少しくらいだって? 駄目になった美容ポーションをよみがえらせる魔法を使えるのだろう。そんなすごいことができるなんて、聖女様くらいなものだよ」


 聖女様?

 知っているのだ。

 この男は私が聖女候補であることを知っているのだ。

 知っていて、私に近づいてきているのだ。

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