第33話 ミカエルの影が

「こ、この人かい?」

 オーウェンは私の後ろにいるクリスを見て緊張した面持ちになった。


「そうよ」


「この人がアナ姉の恋人なんだね」


「ああそうだよ。オーウェン君だね、はじめまして」

 クリスは打ち合わせ通り、やさしいお兄さんを演じている。

 まあ、本当にやさしいんだけどね。

「私がアナスタシアの恋人、クリスです」


「お兄ちゃん、アナ姉は僕の恩人です。借金まみれの僕たちを救ってくれました」

 オーウェンは真剣な表情で話している。

「そんなアナ姉には絶対に幸せになってほしいんだ。お兄ちゃんは、アナ姉を幸せにすると誓いますか?」


 オーウェン、言いにくいことを直球勝負で言ってくる。

 私は、ちょっとその姿に感動してしまった。


「うん、約束する」

 クリスも真面目な顔で答える。


「二人は結婚するんだね」


「ああ、そのつもりだよ」


 何をクリスは言っている?

 そんな話し、してないよね。

 緊張で固まってしまったじゃない。


 じっとクリスを見つめるオーウェン。

 クリスも黙ってオーウェンと向かい合っている。

 大人どうしの話し合いのような空気が流れはじめた。


「わかった」

 しばらくするとオーウェンが口を開いた。

「このお兄ちゃんなら信用できる。僕も安心した」


「ほんとに申し訳ありません。子供の勝手な話に付き合っていただいて」

 やり取りを聞いていたお母さんがベッドから起き上がろうとしている。


「どうぞお母さん、お休みになっていてください」

 またも私はあわててお母さんに言った。

「オーウェンには将来きっと素敵な女性が現れますわ。これだけしっかりとした性格をしているのですから」


「そうですかね。この子には苦労ばかりかけていて、子供らしいことを何もさせてあげられていないので心配しています」


「いい子ですよ。絶対に優しくてたくましい大人になると思います」


 そんな話をしているとオーウェンが照れたように話をさえぎってきた。

「もうそんな話はいいよ」

 そしてあらためて私の顔を見て話しはじめた。

「ところでアナ姉、この前から僕に良い話を持ちかけてくれる人がいるんだ」


「良い話?」


「そう。露天ではなくて、ちゃんとした店を出さないかって。そのための資金を貸してくれるって言うんだよ」


「それ、どういうこと? くわしく聞かせてくれる?」


 オーウェンの話はこうだった。

 いつもどおり美容ポーションを売っていると、貴族の男が近づいてきていろいろ話しかけてきたそうだ。

 そして、こう言ったらしい。

「君には商売の才能がある。露天でやるなんてもったいない。もっと立地の良い場所で、貴族相手に商売をすればきっと大成功するよ」


 それを聞いたクリスがつぶやいた。

「なんだかうさんくさい話だな」


「でもお兄ちゃん、これは僕にとって大きなチャンスかもしれないんだ。ここから抜けられるチャンスなんだ」


 そうだった。

 オーウェンは私に告白してくれた時、大金持ちになってみせると言ってたんだ。

 そんな気持ちにつけ込んでくる悪い大人もいるので、だまされなきゃいいんだけど。


「でも、私の協力は、借金を返すまでの約束だよ」


「わかってる。アナ姉には迷惑かけないよ。アナ姉にこれだけ助けてもらったら、あとは信頼できる仲買人から良質美容ポーションを普通に仕入れて商売していくつもりだよ。その時に、いい立地で店を持てるなら最高だなって思っているんだよ」


「その男の人は信用できるのかい?」

 横になっているお母さんが心配そうにたずねた。


「うん、とても立派でやさしそうな貴族の人だったよ」


「なんて名前の人なんだい?」


「名前はミカエルって言っていた」


 ミカエル?

 私の中に引っかかるものがあった。


「ちょっとオーウェン、そのミカエルのフルネームはわかる?」

 私は恐る恐るたずねる。


「うん、たしか、ドルー家って言っていた。ミカエル・ドルーて名前だよ」


 ミカエル・ドルー!


 間違いない。


 甘い言葉で私に近づき、必要なくなったら簡単に婚約破棄して私を捨てた男。

 あのミカエルに間違いなかった。


 私は目の前が真っ暗になってしまった。

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