第31話 そのころミカエルは3
(ミカエルside)
この町に聖女候補の女性がいると聞いたミカエルは、それが誰だか確かめずにはいられなくなっていた。
なにしろ、聖女候補の名前がアナスタシア・イワノフと聞いたからだ。
ミカエルは同姓同名の女性を捨てたことがある。
エヴァと婚約した時に、アナスタシアを粗大ごみのようにして捨てたのだ。
けれど。
けれど、もしあの女が本当に聖女候補だとしたら、俺はとんでもない高級魚を逃してしまったことになる。
聖女と言えば、国王にも劣らない権力を持つ存在だ。
その夫となれば……。
「ミカエル! 何ぼんやりしているの! そんなヒマがあったら美容ポーションを買ってきなさい! 貧民街の露天で恐ろしく質の高い美容ポーションが出回っているそうよ。さっさと行って買ってくるのよ!」
まただ。
ミカエルはうんざりしながらエヴァの怒声を聞いていた。
この女はいつもそうだ。
俺のことをただの使用人と思っているようだ。
今、あの女の頭には、美容ポーションのことしかないのだろう。
我慢するしかない。
俺はまだ、婚約者の身。
まだ、セギュール伯爵家の一員にはなっていないのだ。
ミカエルはエヴァの言われた通り、急いで貧民街に向かった。
少年の営む露天があり、そこで売られている美容ポーションの評判が恐ろしく高いのだ。
しかし、この俺様が貧民街に足を運ばなければいけないなんて。
こんなことは、本来使用人がする仕事のはずだ。
そんなことを考えながら、ミカエルは足を早める。
また買いそびれたら、エヴァに何を言われるかたまったものじゃない。
露天が並ぶ道に到着すると、明らかに一つの店だけに、長蛇の列ができていた。
「噂の美容ポーションが売っているのはあの店なのか?」
ミカエルは、列の最後尾に並ぶ男にたずねた。
「ええ、そうですよ」
男はミカエルの身なりを見て、驚いた様子だった。見るからに平民ではない服装をしていたからだ。
「ただ、もう売り切れるかもしれませんよ。私も一応ここで並んでいるのですが、半分あきらめています」
「そうか。で、ここの美容ポーションはそんなに良い品なのか?」
「ええ、そりゃあもう。若返り効果もすごいのですが、継続期間もすばらしいものです。本来、上質なものでも5日くらいしか効果は続かないのですが、これはその倍の10日間持つのです」
「ほう、それほどまでにすごいのか」
でもどうしてだ?
どうして、そんな質の良い美容ポーションがこんな貧民街の露店で売られているんだ?
これには何かからくりがあるに違いない。
ミカエルがそう考えていた時、並んでいた列がバラバラに崩れはじめた。
「もう売り切れですって」
列を離れる人々からはそんな声が聞こえてくる。
しまった。
このままでは、またエヴァに怒鳴り散らされる。
何とかほんの僅かでも……。
ミカエルは離れていく客たちに逆らい、少年の営む露天に近づいていった。
「お前……、いや君がここの店主かい?」
「はい」
少年が振り向いてこちらを見た。
ふん、まだ子供だ。
こんなやつ、簡単に手名づけられる。
そう思った時、こんな考えが自然と浮かんできた。
こいつを利用すれば、俺は美容ポーションと巨額の富を手に入れられるぞ。
「まだ若いのにがんばっているんだ。露天商をしなければならない事情があるんだね。もしよかったら、私に話をきかせてくれないか? きっと君の力になれると思うよ」
「……」
少年はキョトンとこちらを見ている。
「私の名前はミカエルといいます。君の名前は?」
「オーウェンです」
少年の顔がほんの少し緩んだ。
よし、これでもうこっちのものだ。
少年の表情を見たミカエルはそう思ったのだった。
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